見守る分身達
おはようございます。\(・o・)/
冒険者ギルド総本部。
そこの一角で魔法師や僧侶等数名の冒険者が、怪我を負った同職の冒険者や一般市民達の回復や治療を行っている。
冒険者ギルドというのは、日本で例えるならば各県の市役所だ。冒険者達は全員、『医療保険』というものがあり万が一依頼遂行中に怪我などをすれば無料で治療してもらえる。勿論、定期的に依頼をこなさねばならぬし、その報酬からは『医療保険』の額が引かれているのだ。無論、ギルドに治療を受けるのは一般市民も可能である。1割負担なので、それほどたいした額ではない。
そんな診察場に、あるエルフがベッドに横になった少年の額に手を触れていた。
「……熱は大分下がった、もう大丈夫でしょう」
「ありがとうございます、"翠"さん」
「あ、ありがとぅ、おねーちゃんっ!」
シキの分身の一つ、[森人族]の『翠』が診察をしていたのだ。翠は少年に触れる右手から淡い翡翠色の力[治癒術]で念のために確認をしていく。
「大丈夫だとは思いますが、何かあればまた」
そう言って母親と少年は帰っていく。
「(まさか、異世界でもこの様な事になるとは……"望"の時とそうは変わりませんね、やることは)」
翠は親子を見送った後、漸く落ち着いた診察場で「ん~っ」と身体を伸ばす。
実は、あの事件があってから怪我人や病状を悪化させた人々が多くいた為に翠が自ら志願してこの場で仕事をしている。勿論、給料は貰っているので不満等はない。
翠は冒険者になったのは最近である。勿論、ランクは最下位。だが、元々依頼を受けるのを目的にしている訳ではない。翠は翠で今の環境が気に入っているのだが、そうさせないのが周りの者達である。
「翠さん、お疲れ様です」
「あ……貴女は」
「"セレーナ"です、と申し上げます」
『七大クラン』の一つ【アトラシュ】のリーダー"セレーナ"である。その彼女の後ろには、セレーナ同様美女の付き添い達が三名いたのだ。
セレーナは青髪に青目の聖女の様な容姿と服装だ。彼女は冒険者ランクSSSであり、見た目の通り異名は『聖女』。【アトラシュ】というクランは回復・サポート特化の集団である。しかし【アトラシュ】のSランクとなれば『回復・支援・戦闘』が出来る強者だ。しかし、そのSランク以上はセレーナ含め10名程しかいない。
「なにようで?」
「単刀直入で言います。翠さん、私達───【アトラシュ】に入りませんか?」
【アトラシュ】のリーダー"セレーナ"からのスカウト。
しかも『七大クラン』の一つならば、誰しもが驚きを隠せない。
「お、おい、【アトラシュ】のリーダーが」
「まじかよ、あの人が直々にスカウトなんて……」
「確かに、翠さんの実力なら申し分ないわね」
「あーぁ、狙ってたのになぁ、私」
誰もが羨む光景だ。
『七大クラン』の一つ、そのクランからスカウトでも十分なよだが、そのリーダー直々にスカウトは滅多に見られない。だが、翠の治癒術の力を目撃すれば当然の結果なのだ。その場にいた者達の中には納得する者や前々から目をつけていた冒険者等や他のクランのリーダーやメンバー達も先越されたと思ってしまう。
ならば、先に翠に声を掛ければいいと思ってしまうだろうが、翠という緑髪エルフは中々近寄りがたい雰囲気を持つ人物なのだ。怪我人には柔らかな目なのだが、それ以外はまるで無機物を見るような目をしている。そして仏頂面なのか、それとも機嫌が悪いのか少し目付きが悪い。その為に、中々声を掛けづらかったのだ。
「……ぇ、ぇっと」
だが、実際問題……翠は、意外とシャイな性格であった。
目の前に美女が現れて、童貞丸出しの様なソワソワチラチラと恥ずかしそうにしてしまう。仏頂面ではあるが、頬を染めて恥ずかしそうにする姿は雰囲気のギャップに女性陣は驚きを隠せない。
「どうですか、翠さん」
「(ど、どうしよぅ……断らないと……)」
アセアセとどう断ればいいか悩む翠であったが、そこに助け船が現れる。
「翠、どうした?」
助け船とは、翠と同じくシキの分身のひとつ、赤髪の麗人黒スーツの『レッド』であった。堂々と翠の元まで来たレッドはセレーナに向けて言う。
「私の連れに、何かようか?」
「レッドさん、ですか」
ここでセレーナと同じSSSランクのレッドと会うことになるとは思いも寄らなかっただろう。セレーナは驚きを隠して、微笑みながらレッドへ向くが、彼女は目を少し泳がせていた。そんな様子を周りはざわざわと賑わう。
「おい、あれ『拳王』だよな」
「うっそぉ……男って聞いてたけど、めちゃ綺麗だし」
「……美男子」
「いつ見ても綺麗だよなぁ……女だったらなぁ……」
レッドはそもそもそれほど頻繁にこの本部へは赴いてはいない。だからこそ、レッドを間近で目撃した者は少ない。だが、レッドの姿を見た者は噂を流してしまうのだ。
「ご、ごきげんよう、レッドさん」
「あぁ。で、翠に何か用か?」
「いえ……彼女の実力を見込んで私達のクランへ勧誘を」
「なるほど……だが、すまないな。先も言ったが、翠は私の連れでな」
「そ、そうでしたか。で、でしたら、レッドさんも私達のクランへ───」
「勧誘感謝する。しかし、今はクランへ加入するつもりはない……翠、行くぞ」
「へっ、あっ、ちょ───」
レッドは翠を物を運ぶ様に片手で担ぐ。運ばれている翠の姿は何処か可愛らしい小動物の様であった。
セレーナ達から離れるレッドは、本部から出たかと思うと横にある食事処へ向かったのだ。そこは朝昼晩賑わう人気の店ではあるが、少し仕切りが高い。
そんな店にレッドと翠は共に入っていく。
既に予約は取っており、従業員に案内されて一つの個室へ入った。
「待たせた」
「す、すみません……」
個室には既に先客がいた。
影の傭兵『シャドー』に黒き弓兵『クロ』、売り子姿の『六華』という、全員シキの分身達である。『シャドー』はこの個室に全員が集ってから己の頭のヘルムを外すと、そこから純白の髪を持つ美しい雪女の様な美女『ユキ』の顔が現れる。
『シャドー』=『ユキ』なのだ。
「構いません、早く食事を始めましょう」
「ほら六華、飯だぞ」
「お腹すきました……」
六華はお腹を空かせていたらしく、全員揃った瞬間に机に並べられた料理の数々に目を輝かせていた。そんな今にも暴走しそうな六華を抑えていたクロは漸くその役割をしなくていいと判断して、やれやれと溜め息を着いている。
そして、シキの分身全員が集まって、食事が始まるのであった。
食卓の真上に浮遊するのは、何かを写し出すモニター。
魔法によって展開されたモニターではあったが、そのモニターを見ながら分身達は見守る。
モニターに映し出されていたのは。
真っ暗な空間にただ一人存在する分身達の本体───シキの姿であった。




