高頭夕佳里という人物とは
「<報復者>、だと?」
「高頭、夕佳里……?」
姫希とヘスティアはどちらも困惑した様子であった。
<報復者>という組織はそもそも聞き覚えのない。加えてそのリーダー、高頭夕佳里も同様である。姫希が知らぬのも無理はない話だ。 <報復者>という組織は姫希が異世界へ飛ばされた後、結成された新勢力。更に驚かされたのは <報復者>は四大勢力から新たに加われた五大勢力の一つとして数えられた事である。短期間でそこまで成り上がるその組織は、正しく人外染みた者達が集っているのだろう。そもそも、人間かも怪しくも感じるのだが。
ヘスティアは高頭夕佳里という名前に聞き覚えがあった。いや、ヘスティアだけでなく姫希も同様である。地球に住んでいた、その日本のサブカルチャーを趣味としていればわかるだろう。
「[武人な少女の日常]、の、主人公、名前同じ」
「はい、ヘスティア様。確かに高頭夕佳里という名前はアニメの主人公の名前と同じです。……偶々なのでしょうか?彦乃、その<報復者>のリーダーの外見は?」
「そうですね……。容姿は日本人でしょうか。せーらー服……の上に軍服を纏っていましたね。あと、武器は日本刀と、大きな銃で……えっと、でてかるもなか……?」
「『ディテカル・テ・モルテ』か?」
「え、ええ、それです。確かそう呼んでいましたね。その銃は、銃としての機能を遥かに凌駕する破格の武器でした。他にも"奇妙な力"を使い、私の風の結界を無視してきますからね。あれほど戦いにくく常に想定外な攻撃手段を仕掛けてくる相手は中々いませんよ。恐らく、貴方も苦戦するでしょうね」
「お前がそこまで言うとはな」
「……[超越者]?」
「いいえヘスティア様……と、いいたい処ですが正直彼女はそこまで辿り着くかもしれません。実力的には[神各者]でしょう。今の地球では……彼女を止められるのは他の大勢力の一握り。ですが、何れ、彼女を止められるのも難しくなるのでしょうね。」
「今はまだ発展途上、といったところでありんすか?」
「はい、月読様。加えて『マリス』とも手を組んでいるので脅威は更に跳ね上がるでしょう」
彦乃は、高頭夕佳里率いる<報復者>は地球で最も警戒すべきものだと姫希だけでなく神であるヘスティアと月読命にも発言する。ここまで彦乃が言うのは珍しいことだ。彦乃の視点からしても高頭夕佳里、<報復者>は脅威だと感じている。
「土地神は……誰がやられた?」
「広島と長崎の土地神です」
「……!……そうか」
日本の土地神47柱との交流があった姫希からすれば、仲が良かった土地神の内、2柱が殺害されたのは悲痛な表情になっていた。しかも、広島と長崎の土地神はまだ年端の行かない子供。本来ならば子供に土地神としての役目を任せるのは有り得ないのだが、その子以外に土地神の継承者がいなかったのだ。その子しかできない役目であり、他の土地神が代わりにすることはできない。姫希が地球にやってきた時には幼いながらも立派に務めを果たしていた。勿論、姫希は彼等と相談相手や遊び相手にもなったりしてきたのだ。
その子達が、『マリス』の手によって殺害されたのだ。
何も思わない訳がないだろう。
「あぁ、言い忘れていましたが……姫希、『真序列』一位『深淵』である貴方は< WAO >から脱退し、『第八軍』へ異動が決定しました」
「……なんだと?」
唐突な発言に姫希は少々困惑してしまう。彦乃がふざけているのではと思ってしまうが今思えば、前々からそうなるかもしれないという可能性はあったのだ。それが、何時上からその様な決定が下されるのかはわからない。何時その様な事になってもおかしくはなかった。
「……わかった」
「あら、潔いのですね」
「仕方がないだろう。今の俺では『深淵』てして動くことも出来ないのだから。居ないのと同じだ」
今の姫希は地球に居ないので、ここで反論したりしても意味がない。そもそも地球に居ない時点でこうなるのは当たり前なのだ。居ない相手に地球を守れというのはあまりにも酷である。しかし、姫希にとって地球から離れる事は決定してしまった。地球を守るのは、他の『真序列』達と姫希や総本部長等が育て上げた弟子達である。しかし、潔く仕方がないと言い切った姫希であったが、その裏では後悔の念があった。
「『第八軍』に異動ですか……。ふふっ、私の後輩となるのですね?」
「……は?後輩?」
「あら、私『第八軍』の『中将』ですよ?貴女は異動後階級が下がって『准将』となるのです。」
「いや待て彦乃。その言い方は俺はお前の部下になるような……」
「そうですよ?元帥からその様な指名を受けましてね」
「……まじかよ」
まさかの驚愕の事実。
姫希は彦乃の部下になるということになってしまった。
そもそも彦乃は『第八軍』の前は『第二軍』海軍の中将だったので、何時の魔に異動していたのかはわからない。だが、本来は異動すると彦乃の言う通り階級は前より二階級下がるのだ。
何故彦乃は姫希を部下にしたのか。
そしてそれを姫希は何故嫌がらないのか。
理由は簡単である。
両者共に仲が悪い。だが、互いの実力は認めているのだ。
彦乃は姫希という優秀な人物を部下にするのは有難い。そして姫希も彦乃という上司は問題ないとは思っていたりする。だが、やはり姫希にとってよりによって彦乃の部下だとは思いもよらなかっただろう。それに『第八軍』の元帥からの命であれば仕方がない。
「……二人、仲良い?」
「正直よくわからないでありんすね。仲が良いのか悪いのか」
聞こえない声でヘスティアと月読は姫希と彦乃に関してこう感じていた。しかし、今回は状況が状況だろう。今の二人の会話は大体連絡事項を述べている様なものである。
すると姫希は、彦乃に対してある事を言う。
「……彦乃、お前の"船"を一隻貸してくれないか?」
「なに?そんなの……あぁ、そういうことですね」
「勿論、タダとは言わない。俺の[箱庭]の力の一つをお前に渡す」
「……っ!!!わかりました。私の"船"一隻を……差し上げましょう。貴方ならば私の"船"を扱えるでしょうね」
「……感謝する」
「ええ、こちらとしても良い取引ですから」
そう言うと姫希の手から水晶の様な透明な球体が現れる。その透明な中から緑が広がる草原や湖が見えてくる。これは姫希やヘスティア達が住まう[箱庭]よりか幼い。そう、この球体は新たに生み出した[箱庭]なのだ。生れたてだからこそ、まだ未成熟ではあるが広さと豊かさはよくわかるだろう。[箱庭]を宿した透明な球体から細く薄い糸が数十彦乃に向けて伸びていく。それを彦乃は手を差し出してその糸を優しく包み込む様に掴んだ。するとその糸を辿ってゆっくりと[箱庭]の力を宿した球体は彦乃の方へと向かっていき、指に触れた瞬間吸収されたかの様に溶けて消えていった。次も先程の同じ様に、彦乃の"船"を宿した球体が姫希へと吸収されていく。
「感謝する彦乃。お前の"船"ならば安全に地球へ戻れるだろう」
「やはりそうでしたか。貴方は兎も角、他の一般人であれば危険がありますからね」
他の一般人、というのは姫希以外に召喚された『勇者』であるクラスメイト達やその他の高校生と教師達である。姫希だけであれば異世界から地球へ戻るのは難しくはないだろう。問題は『勇者』として召喚された一般人だ。恐らく彼等に関してはそのまま地球に戻ろうとすると肉体が崩壊してしまう可能性があるのだ。加えてその異世界の女神の加護もある。地球に戻ると異世界の女神の加護は、地球では管轄外になるので戻る途中で精神的にも支障が出る可能性もあるのだ。それを防ぐために彦乃が所有する"船"が必要であった。
「姫希、主以外に召喚された人間はどうなんでありんすか?」
「はい。彼等の件についてなのですが……」




