☆最も警戒すべき勢力③
「おーぃ、大丈夫~~~?」
「アイタタタ……あの美人ちょーーーつえーにゃ!蹴られた事も今わかったにゃぉ!」
彦乃の無意識の蹴りに吹き飛ばされていた赤の道化は仮面の下からポタッポタッと血が流れていた。しかし、元気そうな様子からタフな事を窺える。青の道化はいつの間にか赤の道化が吹きとばされたビルの傍に移動していた。
そんな様子を横目で見ていた彦乃であったが、『混沌』はある疑問を投げ掛けた。
「ねぇねぇ君は、『あっち』の世界の住人でしょ?なーんで、この世界の事情に関わるの?ぶっちゃけ赤の他人じゃない?」
「……さぁ、何故でしょうね」
その言葉を交わした瞬間、彦乃の『破邪の御太刀』と、『混沌』の黒き大鎌『アダマス』が衝突する。どちらの武器も、そしてその保有者の力は凄まじくぶつかる度に五感を拒絶してしまう嫌な音を放っていた。
『混沌』はニヤニヤしながら彦乃から離れるような動きをしていく。その動きは自分は相手はするけど戦う気はありませんと表している様だ。そんな疑問を抱いていた彦乃であったが、それを答える様に『混沌』は青の道化に向けて言う。
「ねーーーっ、青次女ちゃんっ!そろそろ~~~?」
「んー……ちょいまちっ」
青次女……青の道化は彦乃によって吹き飛ばされて激突したビル近くで何かを調べていた。両手を拳にしてアスファルトの地面をコッコッと叩いていた。その様子を赤の道化は何処から取り出したのか赤いポンポンを両手に持ってフレーッフレーッと応援していた。何をやっているのだろうかこの二人は。
「……?いえ、まさか……!」
端から見ればこんな戦いの中で何頭おかしい事をしているのか、と思うだろう。しかし、青の道化の行動にまさか、と戦慄する彦乃。その彦乃の反応により楽しそうに『混沌』は笑う。
「この都市、というかこの世界中の都市はさぁ。都市開発とかで地盤が脆いんだよね。開発してる人らはちゃんと設計とか土台がしっかりしているからそんな事は言ってるけどさ……。何時どんな事が起こってもおかしくはないんだよねっ。そんな脆い地盤の、その核を壊せば……どうなるかは大体予想できるよね?」
「……!」
『混沌』、<悪戯>の次の狙いが分かった彦乃は、はやくあの青の道化を止めなければならないと判断するのだがそれを易々とはそこへ行くのが阻止されてしまう。
「ーーーっ!」
「させるわけ、ないよねぇ?」
『混沌』は、今まで見たことがない程の力の片鱗を見せていた。それは一瞬、彦乃の動きを止めてしまう程の力。流石の彦乃も本気を出して青の道化を止めようとするのだが、既に時は遅かった。
「えーいっ☆」
青の道化は先程コッコッとアスファルトを叩いていたかと思うと軽い掛け声で両手の拳を地面にメリ込ませていたのだ。ズコッ!と鈍い音を立てていた。応援していた赤の道化はやったやったとぴょんぴょん嬉しそうにしている。
そして……。
「ふん……ぬっ!」
両手の拳をアスファルトにメリ込ませたまま、身体中の力を込めて撃ち込む様に放つとズンッ!と軽い地響きが起こる。青の道化は両手の拳を抜くと「ふぅっ!」と一仕事終えたかの様に清清しい声で一息着くと赤の道化と共にその場から離れた。
青の道化が撃ち込んだアスファルトの拳の跡から広がる様に大地に罅が入っていく。それはこの都市全体に広がってき長い道路に地割れが起き、高層ビルは沈むように崩れていく。場所によってさ大穴がパックリ空いており、そこにあった建物や車等はブラックホールの様に吸い込まれていく。そこは地獄の底にでも繋がっているかの様な深さがあり、暗黒で包まれていた。
だが、それだけでは終わらない。
その大穴は幾つもこの都市に出現しており、再び地響きがするかと思うと何か水の音が聞こえていく。ゴポッゴポッと音が徐々に大きくなるとその大穴から吐き出される様に莫大な水が吹き出されたのだ。その吹き出された水の量は尋常ではなくこの都市を覆い尽くしそうな程。いや比喩ではなく実際にこの都市全体が吹き出された洪水によって沈んでいく。
「……やってくれましたね」
辺りは洪水によって沈められた都市だった場所。水の上から高層ビルだったものや木々の頭、そして建物の屋根が申し訳程度に見えている。自ら顔を出していた崩れ斜め向いた高層ビルの上に避難していた彦乃は辺りを見回していた。ゴウキとミラも既に彦乃と同様に何処か足場のある場所に避難している。
<理想>も同様に一時的に避難していたが、<粛清>は『永久』が空中に張った三角円錐の結界内に余裕を持って入って凌いでいた。
<悪戯>はというと、水面に立って洪水になったこの都市を面白そうに眺めている。やはり<悪戯>は『深淵』、姫希が最も危険視していた組織。一人一人の実力が桁外れだ。あれほど短時間で適格に核を見つけ、破壊したのは並外れた才能である。
都市を沈めただけでは飽きたらず、『混沌』は口笛を吹いた。また何かするかと警戒する彦乃達や敵側である<理想>と<粛清>。同じく赤の道化と青の道化も同じく口笛を吹いていた。
その口笛で、空から、湖から、沈んだ大地から大型のモンスターが現れたのだ。そのモンスターはこの地球にいる者達からすれば必ず一目見たことがあるか、テレビの緊急速報で観たことがあるだろう。
そのモンスターとは、『海大蛇』、『地大猪』、『飛大竜』である。しかし、ただの『海大蛇』、『地大猪』、『飛大竜』ではない。似てはいるが大きさや姿形が多少異なっているのだ。その数は30体程。通常よりも強力な個体達であり独自に進化、そして『海之神』、『陸之神』、『空之神』からの支配から完全に解かれているのであの三つ巴の戦いには参戦も関わってもいない。
「これは……」
「あぁ、この子達はボク達の友達だよっ!」
『混沌』の発言に事実だと証明するかの様に『海大蛇』、『地大猪』、『飛大竜』達は咆哮する。
彦乃にとってまさかモンスターを呼び出すとは想定外であった。しかもここで暴れればこの都市だけでなく下手すれば他の州、或いは国に甚大な被害を受ける可能性は非常に高い。
しかし、この状況に手が無いわけではない。
彦乃の足元から魔方陣の様なものが現れると、何処かにいる『何か』に向けて声をかけた。
「そろそろいい加減働いてもらいますよ。お三方っ!」
その声と共に彦乃の後ろにエンブレムの様な形をした土色の大盾とレイピアの様な細く突くために特化した白銀の細剣、尖端が大剣の如く大きくそして太陽の様に明るい槍が浮遊していた。
『……ねむぃ』
『もう少し、ゆっくりさせていただけないでしょうか』
『貴様ッ!このワレの意思に関係なく外に出すとは……不敬者が!!!』
「私の客室でグータラし過ぎです。無償で快適な場所を提供し魔力まで喰らっていくのですから、そろそろ働いていただいても文句は言えないと思いますが……?」
三つの武器は光ながら彦乃へ愚痴を言っているのだが彦乃からすれば無償で場所を提供し、食事も与えているのだ。たまには協力しても文句は言えないはずである。それは人間からすれば当たり前だが。こんな事を言われて文句を言う筈であったが、彦乃は目が笑っていない微笑みを見せてくるのだからさあ大変。大家である彼を怒らすとどうなるかは大体わかっているのだ。ならば最初から大人しく聞けばいいのに。三つの武器は彦乃に協力する事に大人しく了承するともう一つの姿に変身する。
この武器の名を知れば『あちらの世界』の住人ならば知っているだろう。
その武器の正体こそ、あの偉大なる龍の片割れである『茶土龍グラチアム』・『銀氷龍フギナラ』・『金光龍サラアス』なのだから。




