晩御飯までに帰ってきてね
大きな振動。
先ほどの“冷鳥”よりも大きい音だ。
今度はどんな化け物が出てくるんだと俺は思いつつ、振り返ると出入り口はまだ封鎖されたままだ。
これはもしかしてゲームの様に中にいる敵を全員倒すのではなく、中にいた俺達が全員倒されたら開く仕様なのかと思い当たる。
その可能性に俺が気付かなかったのは、“ゲーム脳”だからだろうか?
舌打ちをしたい気持ちになっていると、先ほどの“冷鳥”の入ってきた壁が再びひび割れて、先ほどの数倍の大きさの“冷鳥”が現れる。
まだこんなのがいたのかと俺が思いつつ、周りを見ると茫然とそれを見上げる冒険者たちの姿が見える。
ことわざの一つに、“逃げるが勝ち”というものがある。
今それを実行するべきと思って俺は、事前に作っておいた先ほどの物よりは威力が劣るカードをとりだして入口に向ける。
そのまま一気に炎の魔法を放出した。
だがその炎をさえぎる様に、天井から次々と氷の槍が落ちてくる。
それはもう、一片たりとも入り口付近に炎を触れさせまいとでもいうかのように。
先ほど周りにいた魔物を一掃する魔法を使うべきだったかと今更ながら俺は後悔をするが、それでも出口付近までは炎は届いたらしかった。
気付けばここの入口になりそうな場所を閉じていた氷には穴があき、数人が逃げられる程度の大きさに変っている。
けれどその穴に少しずつ氷が垂れて集まり、自然とその穴をふさいでいるようだった。
気持ちが悪い。
不快感を珍しく覚えた俺は、先ほど使った紙のカードに炎の魔法を附すべく選択画面が現れる様に思い浮かべる。
それと同時に背後で咆哮が上がる。
振り返るとまっすぐにその魔物は俺を見ていた。
何故俺がターゲットになった、そう思ったのもつかの間、即座に先ほど……よりも強力な魔法を選択する。
「“火炎線”」
それと同時にカードにふわりと赤い魔法陣が浮かび上がる。
その時にはすぐ傍まで“冷鳥”は来ていて、けれど俺はそれがまるで夢の中の出来事のように感じられてしまう。
怖いはずなのに。
恐ろしいはずなのに。
俺はその敵の存在をただただ、大きい何か敵がいるとしか認識できなかった。
そして俺は、そのカードを掲げて一言。
「“発動”」
炎の渦が生まれると同時に、そこから一直線にその“冷鳥”に向かって放出される。
だがその炎に向かって“冷鳥”が冷気の様なものをふきだす。
俺の目の前は炎に隠れてほとんどが見れないが、俺の炎に向かって放出された冷気が飛び散っているのが分かる。
とりあえずストックとして、もう一枚魔法を作っておこうと俺は、冷静に、事務的に、カードを取り出して片手で魔法を選択してカードを作りあげていく。
だがそれは無駄になってしまったようだ。
丁度そのカードが出来た辺りで、その冷気を炎で押し出して倒してしまう。
とりあえずは倒せてよかったよかったと思っていると、丁度その“冷鳥”を倒した所で何か人影が飛んではいってきていた。
正確には俺自身がその人物……彼女がいる事を認識したくなかっただけなのだけれど……。
そもそも彼女は、どうしてこんな場所でこんな格好で存在しているのか。
「あーあー、折角誰かがピンチになっている気がしたから助けに来たのに、倒しちゃったんだ。うーん、次に行くか。……あれ?」
そこで俺は、何処かに隠れられるような柱がないか探した。
だが当り前の事だがそんな物は無かった。
そしてその視線を避ける様に俺はすぐ傍にいた火瑠璃と氷子の背後に隠れようとするが……。
「あー、お兄ちゃん。やっぱりこの世界に来ていたんだ」
「……人違いだ。多分」
「いや、この私がアキトお兄ちゃんを見間違えるはずないもん」
その会話を聞きながらそういえば、妹のファンである同級生に、どうしてお前は妹に名前ではなく“お兄ちゃん”と呼ばれているんだと涙ながらに言われたのを思い出す。
そんなの兄弟だからだろうとその時は言い返したが、それは置いておくとして。
「なんで美架がいるんだ?」
「ん? 私は色々な世界で、“超アイドル☆ミカちゃん”という正義の味方をやっているのよ!」
ドヤ顔の妹を見ながら俺は、我が家の恥部をこんな所で大勢の人間に見られてしまうなんてと思った。
そもそももう少し格好のいいネーミングもあると思うのに、何でこうなのか。
しかも何処かで歌っていた時の衣装みたいな服を着ているし。
もしや魔法少女のつもりなのだろうか?
そういえば美架はいま何歳……いやよそう、女性の年齢は考えるべきではない。
そう俺が思っているとそこで美架がはっとしたように、
「! 私の助けを呼ぶ声が聞こえるわ! お兄ちゃん、ちょっといってくるね!」
「頑張ってな。気を付けて」
「うん。そうそう晩御飯までには帰ってきてね。今日は由理香姉さん特製のスパイスカレーだよ!」
「ああ分かった」
俺はそう普通に返して、手を振って去っていく美架を見ながら俺は何かを忘れている様な気がした。
それは一体何だったのだろうと真剣に考えて、次に晩御飯と思って、気付いた。
「俺、まだここから戻れないんだが」
けれどその時には、俺の妹の姿は何処にもなかったのだった。




