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嵐の前はいつも

なんでわざわざ、オムレットがそんなことを知らせてくれたかといえば、魔王の部下の用事がこの執務室にあるからだった。

部屋を汚してないか確認して、オムレットに返事をする。


「どうぞ〜」


入ってきた魔王の部下は、何回か塔で会ったことがある人物だった。


キャラメリゼしたリンゴみたいなオレンジ掛かった茶色の長い髪は、ハデさはないものの細かい模様が彫られた筒状をした銀の髪留めでまとめられている。

瞳の色は褐色で、涼しげな一重。

それなりに長身で、スラッとした細身を魔王たちがまとうのと同じローブを身に付けている。

魔王とは違って、全体的に優男風だ。

でも同じ優男風のホットとも違って、のほほんとした空気は一切ない。

ほっそりした輪郭の横には、モンブランと同じ長く先の尖った耳が付いている。

同族のエルフだけど、ただ彼女とは性別が違うため、雰囲気は若干異なっていた。

金髪碧眼の如何にもな色は持ってないけど、“王子様”というイメージが頭に浮かぶ。

ただし、頭に“氷の”と付く見た目だ。

でも、本当は違う。

王子は王子でも、このエルフの青年は。


「…フン、貧相な姿がますますみずぼらしいな」


毒ばかり吐く、毒リンゴ王子である。

名前がタタンなだけに、リンゴだ。

目が合った瞬間、恋に落ちるなんてことはないけどこれはない。

鼻で笑った挙げ句、小バカにしたこちらを物理的にも精神的にも見下す目。


ひっ、ひどい…そりゃ、見た目だけなら王子様みたいなタタンに比べれば貧相かもしれないけど、みずぼらしいって。


「服を乱して肌を晒して男を誘うにしろ、相手と場所を考えたらどうだ?」


へっ?どーいう意味?

誘うって、誰が誰をどこに?

こちらが理解出来てないのを察したタタンは、イライラした様子でオムレットに声を荒げる。


「ここの使用人は、主人(あるじ)の客人の服を整えないのかっ!!」


その言葉にハッとして、視線を下へとずらした。

さっきお菓子のことに悩んでるとき、なんだか息苦しい気がして上までしっかり留まってたブラウスのボタンを外したんだっけ。

確かにお客さんが見たら見苦しいかもしれないけど、だけど開けてるのは二つだけだよ?

タタンとは知らない仲じゃないんだから、別にいいじゃんか。


「タタン様、ボタンが少し開いているだけですよ」


ほらー、オムレットも苦笑しながら言ってるよ。

だけどタタンは、冷たい目でオムレットとこちらを順に見る。


「長の屋敷には、ふしだらな女しかいないのか」


そんな、おおげさな。

ジト目で睨み付けてやると、タタンはこちらの様子なんて気にしないで深いタメ息を吐きながら、毒をまだまだ垂れ流す。


「長は魔力が頭にまで回って、判断が鈍くなってるな。こんなののために、よくもまあ余計な仕事を増やしたものだ」


「えっ…、やっぱりまお…じゃなくて、師団長が忙しいのは私の」


『せいですか』とわかり切ったことを聞こうとした瞬間。


「俺が忙しいんだっ!!」


怒鳴られた。

えぇー…。


「来る日も来る日も、やれ魔石の生産だ、やれ道具との調整だ。魔石の量が足りないだとか、込める魔力を調整しろだとか、移動させたら動かなくなっただとか。挙げ句の果てには、南まで行って調整し直して来いだとかっ!」


あー…、それは申し訳ない。


タタンはもちろん魔術師なんだけど、得意なのは魔石に魔力を込めることなんだって。

ホットもオーブン用に作ってたけど、調節が難しいらしくてしょっちゅう粉々にしてた。

だからカカオの加工用の装置に使う魔石は、タタンが担当することになったのそれ自体は不思議じゃない。

不思議じゃないんだけど、本人としてはか・な・り、不本意みたいだ。


「向こうに行くだけでも時間が掛かるのに、調節なんてしてたらどれだけ滞在するはめになることやら。俺がいない間、アレがなにをしでかすか考えるだけでも頭が痛い」


“アレ”?

オムレットを見詰めるけど、彼女も知らないらしく首を振って答える。

なんだろう、話しぶりからいって生き物なのはわかるけど。

うーん、タタンが生き物を世話している姿は想像出来ないけど、猫とか犬かな。


「心配なら、私が預かりましょうか?」


家では生き物を飼ったことはないけど、たぶん大丈夫だと思う。

きちんと自分で面倒をみるつもりで提案してみたんだけど、探していた書類を手にしたタタンは、こちらを上から下まで見てまた鼻で笑った。

…どーいう意味だ、コラッ!




口を真っ暗な空に向かって大きく開けるけど、一向に中には入ってこない。


「なにをしている?」


「あっ、おかえりなさい」


テラスに出てきたのは、帰ってきたばかりの魔王。

怪訝そうな顔で、問い掛けてくる。


「ほら、今夜の月はキレイな金色でおいしそうでしょう!」


真っ暗な空に輝く月を指差せば、そちらに目を向けた魔王は微妙な表情になった。

なんでさ。


「きっと、ハチミツみたいに甘いんでしょうね」


じゅるりっ

あっ、ヨダレが。


「大丈夫ですよ、まお…じゃなかった師団長にもあげますからっ!」


まんまるで、ふっくらしたあの大きな月なら、二人で食べてもお腹いっぱいになれそうだ。

ただし、これ以上取り分が減ると困るからみんなにはナイショだからね。


食い意地の張ったことをひっそり考えていれば、微妙な表情のままの魔王がおもむろに口を開く。


「“サン”」

「はい?」


太陽(サン)

いや、サントノーレでは太陽(ソレイユ)だから違うのか。


「かつて私を、そう呼んだ人がいた」


サヴァランの頭と下を取って、“サン”。

『かの人がそう言った』と、魔王が付け加える。

懐かしむような空気に、魔王がその人を大事に思っていることとー…今、側にいないことを察した。

だって、『いた』って言い方をしたから。

だって、魔王の目が過去をいとおしむように優しく細められたから。


ほんのちょっと、切ない気分になってしまった。

大事な人が側にいない魔王が可哀想だから、そんな気分になっちゃってるんだよね、きっと。


「そうなんですか」

「これなら、呼びやすいだろう」


ん?被せるように魔王が言ったことを、咀嚼するように脳内で反芻する。


「私が呼んでいいんですか?」


いやだって、大事な人だけの呼び方でしょうに。

そんなこちらの遠慮なんて気付かない魔王は、すぐに頷いた。


「毎回、言い直されるのも、師団長と呼ばれるのも複雑だ」


うっ、バレてる。

いつも脳内で呼んでる『魔王』と言いそうで、慌てて言い直してたんだけど、なんにも言われないからてっきりバレてないのかと。

誤魔化し笑いを浮かべてれば、そんなこちらの考えを読んだかのように、魔王は呆れた顔をする。


「気付いていないとでも?」


「えっ、いや…あははっ。そうだ、お茶が蒸らしているとこなんですが、そろそろいい頃ですよ。いかがです?」


べっ、別に誤魔化すんじゃないよ!

ほら、タイマーが鳴ってるから言っただけなんだから。


ある日気付いたら、家で使ってた板チョコ型タイマーが段ボールの中に入ってた。

夢で手に待った記憶はうすらボンヤリあるけど、それは現実じゃないからな〜

無意識に手に取って、いつの間にか段ボールに入れちゃったのかと疑問を残しながらも、一先ず納得しとく。

だって、すごく便利だし。

紅茶なんて砂時計で見なきゃいけないから、教わってた最初の頃は蒸らし過ぎちゃってたけど今は大丈夫!

ちょうどいいタイミングで、紅茶が淹れられるよ〜


だから、そんな呆れた顔してないで、部屋に戻ろうよ。


「戻りましょう、サン。お菓子もありますよ」


ただし夜だから、量は少なめだからね。



…気付かなかったのだ。

嵐の前はいつだって、穏やかで静かだってことを私たちは誰一人、気付いていなかった。



タタン

①タルト・タタン。タタン姉妹が作ったリンゴのタルト。ただし、作りたかったのは別のものだったらしい。えぇー…。

②登場人物。キャラメリゼしたリンゴみたいなオレンジ掛かった茶色の髪と、褐色の瞳をした王子様みたいなエルフ。毒リンゴ王子はミツキ命名。

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