シリアル…じゃなかった、シリアス!
「ブラウニー」
もう一度、魔王はゆっくりブラウニーの名前を呼んだ。
「なにをしようとしているのか、わかっているのか」
ブラウニーの手を掴んだまま、淡々とした声で問い掛ける。
その鋭い目を見なきゃ、きっといつもと変わらないなんの感情も見出だせない無表情だと思ってただろう。
「あなたこそ、本当にわかっているのですか?」
対するブラウニーは、感情を押し殺そうとして失敗していた。
震える声が押し殺そうとしてるのは怒りなのか、それとも別のなにかなのか。
さまざまな感情が渦巻いてる目で魔王を見詰め、震える声ながらも努めて冷静に言葉を続ける。
「いま、コレがしようとしたことがわかりますか?誰を害そうとしたか、理解してます?」
「誰も害そうなどと」
「していないと?本当に?」
魔王の言葉を強い口調で遮る。
「これに似た状況が、以前にもありましたよね。あのときは相手が俺でしたからマシでしたが、今回は…」
ブラウニーの視線が、ミルフィーユへと一瞬だけ向けられる。
ミルフィーユは豹変した部下に困惑気味だったけど、自分が話題に上がってその顔付きが変わった。
「どういう意味だ、ブラウニー」
「魔女は、信用出来ないって話」
ロッシェの問いに、おどけるような口調で答えるブラウニー。
でも、目だけは真剣な色を孕んでいて、それがまっすぐにこちらに向けられた。
……?
「偉大な先代の師団長はすごい人だったみたいだけど、関わることはなかったからなぁ。信用に値しないわけよ、あんたの師匠とはいえ、しょせんは魔女だ」
いきなり砕けた口調になったブラウニーは、おちゃらけた雰囲気を出しながらもやっぱり様子が変だ。
軽い口調なのに、強い怒りと…嫌悪を言葉の端々から感じる。
魔王の『せんせい』で、前師団長って魔女だって話だよね?
ブラウニー、さっきも『魔女』って口にするたびに忌々しげな様子を隠してない。
ある意味、わかりやすい態度だ。
だけど不思議だな。
彼が魔女を嫌ってるのは、この態度や言葉の端々でわかる。
だけどなんでだろう、ブラウニーは魔王を心配する様子も見せていた。
しきりに、魔王の立場を気にしてた場面を見たことがあったけどなんでだろ?
だって魔王も魔女も、魔力が強いってところは一緒でしょ。
小さい頃から継続して、術式の短縮が出来るか出来ないかの違いじゃないの?
魔女は会ったことはないけど、魔王は美形でも男だしまず眉間のシワが深すぎて恐い。
子どもはともかく、成人済みの魔女ならブラウニーのことだからそっちに優しくしそうだけど。
「先代が信用出来ないから、魔女全体を信じるに値しないと言うのか?違うだろ、ブラウニー。お前はあのときの魔女を」
そこまで言って、彼は口を閉ざした。
魔王がブラウニーの剣に手を置いたまま、移動したせいでそんな魔王の表情は見えない。
しかしなんで、わざわざ私の前に立ったんだ?
「…魔女がすぐに、魔力の制御が出来るわけではない。お前も、私が先代に見出だされたときの話を知っているだろう?」
ブラウニーは、あきらかに動揺したふうだった。
口を開き…しかし結局、なにも言うことが出来ずに閉ざす。
制御のことを否定したかったのか、魔王がいう話を知らなかったのか、それとも話自体をやめさせたかったのかはわからなかった。
「私は魔術で人を傷付けた。怒りのあまり、制御を怠った結果にな」
私はその話は知らない。
知らないけど、魔王がまとうオーラが陰ったように感じた。
睨み合うというより、無言で見詰め合うことしばし。
折れたのは、ブラウニーだった。
ブラウニーの身体から力が抜けて、剣から手が外される。
それに気付いた魔王は、黙って抑えてた自分の手を退けた。
ブラウニーから一歩下がり、魔王は静かにタメ息を吐く。
「第一、私が保護すると言ったのだ。簡易とはいえ、ああいったことが起こらないよう対策は講じている」
「対策?」
「名を封じてある」
よくわからないけど、ミルフィーユは理解出来たらしくてハッとした表情でこちらを見た。
なぜに?
むぅ〜、そっちだけ理解出来てズルいよ。
頬を膨らませていると、ミルフィーユはマジマジとこちらを見ながら呟いた。
「まさか、偽名?」
ぎゃあっ、いきなりバレた!?
これって、偽造…あれ、別に書類に偽名を書いたわけじゃないからセーフか?
「なるほど、叔父上が保護したのは…父上が警戒……か」
あのー?ミルフィーユどうしたの?
ブツブツ言ってるけど、大丈夫?
ブラウニーに続いて、今度はミルフィーユ。
騎士二人の豹変ぶりに、顔が引きつっちゃうのは、しょうがないよね!
なんというか、魔王とブラウニー二人を中心にスポットライトが当たってて、こっちは演劇を観賞する観客気分だった。
はっきり言って、テンションが下がるばかりで苦手なジャンルだけど、これぞまさしく!
「穀物を加工した、そのまま食べたり牛乳掛けたりするあの!?」
そう、シリアル!
「しりあす?」
違った、シリアスだ!
ナイスアシスト、ロッシェ!
心の中で拍手しとくよ、パチパチパチ。
すると、なにかを察したらしく黒いオーラを出しはじめた魔王。
ブラウニーのときは平気だったのに、なぜだっ!
り、リラックスして下さい、どうどう!
思わず、指で摘まんだオランジェを魔王の口元へ持っていった。
「はい、あ〜ん」
魔王がオーラごと、ピシッと固まった。
「なぜ」
「だって、書類を汚しそうですし」
魔王自ら指で摘まんだら、書類が茶色くなりそうだ。
だからこうして口元に運んでるんだけど、答えたあと口を開いてくれない。
ムッとして、オランジェで魔王の薄い唇をツンツンすれば、表情は固まったままだけど口だけは開いてくれた。
あっ、表情が“無”で固定されてるのはいつもか。
「あ〜ん」
「……」
オランジェを口に放り込めば、魔王は黙ってそれを咀嚼する。
…しまった、その口の端にチョコレートが着いちゃってる。
もったいない、板チョコは百円以下で手に入るのに、製菓用のクーベルチュールはやたらと高いんだよ。
指で拭ってると、視線を感じて振り返る。
視線の主は、ミルフィーユとロッシェだ。
ミルフィーユは真っ赤な顔をして、こちらと目が合ったのに慌てて逸らす。
…なんか、気に触るようなことしたかなぁ?
ロッシェはロッシェで、目を見開いてこちらを見てる。
うん、天下の魔王が餌付けされてる光景にびっくりしてるんだよね。
魔王と出会ってから、そんな表情は何度か見てるからわかります。
魔王が咀嚼し終えて飲み込んだのを見計らい、もう一枚与えようとオランジェを摘まもうとしたそのとき。
「〜〜〜アホー!!」
なぜか突然、怒鳴られた。
どうしたの、ブラウニー?
まだオランジェは数があるから、大丈夫だよ?
てっきり、魔王にばかりあげようとしてるから怒鳴られたと思っていたら、違うらしい。
しばらくギリギリと歯軋りをしながら睨んできたブラウニーだけど、いきなり脱力していた。
…情緒不安定なの、大丈夫?
悩みがあるんなら、聞くだけ聞いてあげようか?
「あーもう、いいや。…ところでチビッ子」
まだ、その呼び名なの?
いい加減、名前で呼んでよ。
ただし今は、“シュガー”だから、間違えないでね!
「なんで勝手に部屋を出たんだよ」
「って、ああぁぁぁ〜!!」
ブラウニーの質問に、急に思い出した。
忘れてたよ!
「どうした?」
ココア、取られたままで返してもらえなかったよ…。
しょんぼり。
「……」
項垂れてると、なにを思ったか魔王が角砂糖を口に放り込んできた。
あぁ、砂糖の甘さが身に染みるよ。




