表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/58

余計なことまで回想してみる

『……ミツ…』


んー…?なんか、聞こえる。


『サトウ・ミツキ』


は〜い、呼んだ?

誰だか知らないけど、まだ眠いんだけど。


『構わない』


いやいや、こっちが構うんだよ。


『こちらが言うものを想像すれば、すぐにすむ』


こっちの話、聞いてないよね?

も〜しかたないなぁ、眠いんだから早くして。


『カンテンとは、どんなものだ』


寒天?

なんたか最近、話した気がする。

えーと、海草で出来ていて…。


『想像するだけでいい』


はいはい、想像するんだね。

って、どんな風に想像すればいいの?


『最近、使用したのか?』


ううん、使ってない。

姉がダイエットしてたのって、ちょっと前なんだよ。

でも確か、台所に残りがあったはず。


『台所のどこにある』


製菓材料用の棚があって、そこにあるよ。

インスタントや乾物を入れとく、収納スペースのとこ。


『探し出せるか?』


その言葉と共に、目の前には見慣れた台所が現れる。

居間からは話し声が聞こえるから、みんなはそこにいるみたいだ。


なんだかふわふわする足取りで、収納スペースへと向かう。

スライド式のドアを開けると、いつもの雑然とした『収納って何それ?』状態のスペース。

その中にある、百均で買った小さい棚に使い掛けの寒天が…あったあった!

封を開けて少し経ってるけど、チャック付きの袋に入れてたから大丈夫だよね。


『ちゃっく?』


ファスナーが付いてるのじゃないよ。


『ふぁすなー?』


不思議そうに聞き返される。

うん、でも今はそれは関係ないからどこかに置いといて。

ちゃんと、言われたものは見付かったよ。

これでいいんだよね?


『他には、必要なものはないのか』


そうだな〜

生クリームとバニラビーンズがほしいかも。

消費期限があるし。


『ならば、持ってくればいい』


うん?

ふわふわした気分のまま、冷蔵庫を開けて生クリームとバニラビーンズを取り出す。

あっ、あとは電動ミキサーとタイマーもほしいな!

冷蔵庫に張り付いてる板チョコ型タイマーと、収納スペースに一緒に入ってる電動ミキサーもまとめて抱える。

よし、準備は整ったぞー!

それじゃあ、約束は守ってね。


『あぁ、ゆっくり休め』


うん、じゃあおやすみ〜


「サトちゃん、おはよう!」


「ふへっ?」


声と共にカーテンが開けられて、朝日が顔に当たって眩しい。


「今日もいいお天気よ!」


しょぼしょぼする目を擦りながら、オムレットが開けた窓の向こう側を見る。

彼女が言うように、確かに目に痛いほどの雲一つない青空が広がっていた。


「今日のサトちゃんは、旦那様と一緒に出掛ける予定に…あら、なんだか眠そうね。どうしたの?もしかして、旦那様が…」


「いえ…なんだか、寝た気がしないだけです」


たくさん寝たはずなんだけどなー?

不思議に感じながらも、魔王と出掛けなければまったり出来るのにとも思ってしまう。

出掛け先も、目的もまだ知らないんだけど、面倒なことじゃなければいいなぁ。


オムレットが何やらニヨニヨしてるけど、もう一つの部屋で寝てるといつもそんな顔をしてるから別段、気にはしなかった。




魔王に屋敷から連れ出されやって来たのは、塔にある執務室じゃなくて何故か煌びやかなお城だった。

質問するのを戸惑ってるうちに…と、いうよりボーゼンとしている隙にさっさと背中を向けて進みはじめた魔王を慌てて追い掛ける。


つるつるして滑りやすい廊下を、魔王の背中を見失わないよう気を付けながら進んでたどり着いたのは、塔にある執務室とは違う、やたらとキラキラした部屋だった。

部屋の中心には、大きな机がドンッと置いてあって、本棚も完備しているから仕様は違えど執務室ってことかな?

でも執務室って、仕事する部屋なんだよね?

なのに、金ピカにして何かいいことあるのかなぁ?

個人的には塔の執務室の方が、落ち着いてて好きなんだけどねぇ。


「嘆願書が、南の外れの領地から届いた」


「はぁ」


どう反応すればいいのか、迷う話題だ。

そもそも“領地”って、なんだかわからないんだけど。


「領地は、領主が有する土地だ。領主は王から土地を貸し与えらた者を指す」


ふんふん、なるほど。

知事みたいなものか…あれは、選挙で選ばれるから微妙に違うか。

まあ、ともかく嘆願書とやらが届いて?


「南では、気候の関係で農作物が採れない。だから、魔術師の力を借りたいとのことだ」


…それって、前にウアラネージュが言ってた『関係ないものを魔術師団に持ってくる』ってやつか!

だって、農作物の改良を頼みたいってことなんだよね?

それって、魔術師じゃなくて専門家に頼むべきことじゃないかな。


「サンセキが“緑樹の魔術師”を冠する、植物を使う魔術を得てとしている」


…なら、専門家だから南の領主さんは正しいとこに助けを求めたってことか。

ちなみに、魔王が言う『サンセキ』っていうのは三席、つまり魔術師団のナンバースリーのことなんだって。

そういえば、ブラウニーが三席までは二つ名があるって言ってたっけ。

ちなみに“緑樹の魔術師”ってのが、その三席の二つ名らしい。


それにしても誰だろう、中二病な二つ名を平然と名乗ってるのは。

私だったら、とてもとても名乗れないよ。

…“花炎の魔女”は、別に名乗ってはないからねっ!


「それはともかく。確認をする必要があるが、この間話していた問題が片付く可能性がある」


「『この間話していた問題』?」


はて、なんのことやら。

マンガだったら疑問符でも浮かんでる顔をしているだろう姿に、魔王は察したらしい。

眉間のシワを少し深くしながら、唸るように低い声を出す。

…あれ、それはいつものことか。


「その領地で、クォクォの実が取れる」


あー…、そういえばそんな話してたっけ。

あははっ、忘れてたよ。

へらへら笑ってると、魔王はため息一つ吐いて説明をしてくれる。


「先程も言ったが、その領地は他の作物が暑さのせいで育ちにくく、減り続けている。ホットに言えば、そこで育つ作物を探すか、改良をするだろうが時間が掛かる」


確かにね〜

品種改良って、きっとすぐに出来ることじゃないだろうな。

実際にその場所に行って育ててみて、何度も何度も改良しなきゃならないんだろうし。

それにしても、なんでここにホットの名前が出てくるんだろ?

三席である“緑樹の魔術師”の助手だとか?


「同じく時間が掛かり、試行錯誤するのであれば、サトが言っていたクォクォの実の加工をその傍らでさせてみてはどうかと思うのだが」


はじめてのことだし、唯一知ってる私もテレビでの知識しかないから、成功する確率が低いと思う。

忘れてたのだって、そんなんだから本気でやるとは考えてなかったからだ…なんで睨むの魔王。

嘘じゃないって!本当に、忘れてたのっ!!

えっ?今度はなんで脱力するの?

なんか知らないけど、お疲れさま…?


どうでもいいけど、『傍ら』が『はらわた』に聞こえて一瞬、噴きそうになったのは魔王の魔王顔が全面的に悪いと思います。


「でも、私も詳しくは知りませんよ?」


「いい。変わりに、チョコレートとここあを借りる」


言い慣れないのか、ココアだけ片言だ。

こっちとしては、クォクォの方が言い慣れないけど。


「それは大丈夫ですが、袋とかに製法が書いてあるわけではないですよ?」


書いてあっても、せいぜい消費期限とかぐらいかな。


「構わない。魔術を使うだけだ」


チョコレートとココアに、なんで魔術を使うのかと不思議に思ってると、魔王は説明してくれた。

使う魔術は、攻撃や防御じゃなくて分析の魔術らしい。

それを掛ければ、事細かなこともわかるんだって。


もしかして、製法とかわかっちゃったりそんな便利なことがあるのかと思ったら、呆気なく『ある』との返事が魔王から返る。

…本当になんでもありだね、魔術って。


「分析の結果次第だが、新たな試みであるクォクォの実の加工を優先的にさせたいと思っている」


魔王によれば、その領地の主な仕事は農業だけで、取れる量が減ったことで農業を辞めて王都(都会)に出て来る若い人が多いんだって。

仕事がなければ餓える一方だから仕方ないけど、あれか過疎化してるってことか。

どこの世界でもあるんだね、そういう問題が。


「成功すれば、加工のための人員を増やすことが出来、雇用の問題も解決するだろう。国からの補助は…そうだな、表向きには魔石の使用実験として届け出をしておこう」


まぁつまり、魔王は補助金のことを言っているんだな。

需要がないと判断されれば、国からの補助金はもちろん出ない。

何せ、ココアもチョコレートもないし、その存在を知らない相手にとってはただやみくもに加工をしているようにしか感じられないだろうね。


成功例としてチョコレートとココアを提出しようかと提案したけど、どうしてコレがあるのかの説明をしなければならないため、魔王が却下した。

魔石の使用実験中、偶然にクォクォの実の加工が出来て、試行錯誤した結果、食用に成功したってことに最終的にしたいみたいだけど、だったらチョコレートとかも最初から偶然出来たって言えばいいのに…。


「大規模とは言わないが、それでも魔石の使用実験は危険が伴う。しかし魔術師が滞在するのは名誉なことであるし、滞在中にその場の問題を魔術師が知ることとなる。だから、王都から離れた辺境の地と呼ばれる領地で、魔術師の受け入れがなされても不思議には思うまい」


つまり、わざわざ魔術師が田舎に行く理由を人がいない場所での実験ということにして、向こうの領地では名誉なことだからと言って受け入れてもらうと。

でも、なんでそんなカモフラージュが必要なの?


「今は急を要する事案はない。しかし、嘆願書は日々届けられている」


あぁ、つまり他のとこから不満が出るってことか。

ただチョコレートとココアがほしいがために、申し訳ないな…。


「それは違う。試験的に行い、成功すれば近くの領地でも実施出来るようにする予定だ。他にもなまくりーむとやらや、ばにらびーんずとやらもあるのだろう?領地は嘆願書が届き、目に付いたから選んだだけだ。私とも接点がないから、好都合だった」


もしかして、慰め…てくれてるわけじゃないか。

まず最初に、バッサリ否定されたし。


最後の部分が気にはなったけど、おおむね納得した。

きっかけはともかく、新しいことをはじめるのにちょうど困ってた領地を試験地に選んだってことになるのか。

ちょっと私に都合が良すぎる展開だけど、本当にいいのかなぁ?


「今更だろう。はじめに話したときから、こうなることは想像出来ていたはずだ」


ため息混じりに言うけど、想像なんてしてなかった。

ただ探してくれるだけでよかったんだよ、こっちとしては。

ここまでしておいてもらって、そんなことは言えずに黙るしかないから心の中で言い訳してみる。


「それに、お前にも手を借りることになる」


うん、非力だからそんなに役に立たないだろうけど、それでもいいならいいよ!

すると、魔王は重々しく頷く。


「そうか、ならばこれから来る件の領地を治める者への説明は頼んだぞ」


「はへっ?」


いやいや、ちょっと待ってよ魔王様。

いきなり過ぎやしませんかっ!

『今から』って、今聞いたばっかだよっ!?


「協力すると言ったばかりではないのか?」


いや、そんなニュアンスのことは言いましたけど〜

それにしても、魔王のひっくい声が本気で恐いぃぃ〜!!


「わっ、わかってますよ!説明します、説明すればいいんでしょー!!」


パニクりながら、ヤケクソ気味に言えば魔王様は満足気に頷いた。


「頼んだ。それと、偽名を考えておけ」


「はぁ…偽名、ですか?」


なんでそんなことが必要なのか、さっぱりわからないけどまあいいか。

取り敢えず、思い浮かんだ簡単なのにでもしよう。




「シュガー、思い出せたらやることはわかっているな?」


佐藤からサトウ、砂糖ならシュガーという安易な考えで付けた偽名だったけど、魔王が呼べば本当の名前みたいに違和感がない。

南の辺境の領地を治めるロッシェもきっと、私の名前を“シュガー”だと勘違いしてるだろうね。


「えぇ、わかってます。僭越ながら、私シュガーが説明させていただきます」


嫌味っぽく、丁寧な口調で言ってやる。

気分は執事だ。

直前に言われなきゃ、変に現実逃避なんてしなかったのに魔王ったら!


ニッコリ微笑みながら言えば、何故かロッシェはそっぽを向き、魔王のオーラが真っ黒になった。

何でさっ!?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ