女性の恨みを買いそうなセリフ
白いねろ〜んとした物体が、豪奢な長皿に盛られて出て来た。
「これは…?」
「どうぞ、召し上がって下さい」
いやいや、“にっこり”じゃなくてだねぇ。
日本人のこの、『全部言わないけど察して!』っていうのはやっぱり同じ日本人しかわからないのか…わからないよね。
しかたなく、ウアラネージュに勧められるままフォークを手に取ってみた。
うーん、フォルムは凸凹してる。
フォークでつつく限り柔かそうだけど、膨らんだ部分は固い。
切ってみると、固い部分はつるんとしててフォークが刺さらなかった。
「それは、種でございますよ」
そうですか、早くいって下さい。
どんだけ食い意地張ってんだよ、私は。
白くて柔らかい果肉?を小さく切って口に恐る恐る口に入れてみた。
骨の親玉と対峙するのとは違った、別の恐怖を感じる。
これじゃあ、秘境では生活出来ないなぁ。
したくもないし。
「んん?酸っぱいけど、意外に美味しい?」
外見を見ればねっとりしてそうだけど、さっぱりしている。
強いていうなら、ライチっぽい?
「もう1つ、いかがですか?」
「あっ、はい。お願いします」
勧められたら、断りづらい。
さっぱりしてるし、ほぼ種みたいなものだけど、1人では食べるには多い。
もうこれ以上は無理だから、今度は勧められる前に断ろう。
「では、ご用意致しますね」
「あっ、待って下さい」
下がろうとする白執事にお願いして、何とかその果物をそのまま持って来てもらうことに成功。
持って来てもらった果物は、手のひらより大きな黄色い物でー…。
「こっ、これはー!!」
「まお…じゃなかった、師団長ー!!」
ばーんっ
執務室のドアを壊す勢いで開けると、屋敷に戻って来たのにまだ書類をさばいてる魔王がこちらを見る。
眉間のシワが深いのは、ノックなしで執務室を開けたからじゃないと思いたい。
「これで、チョコレートやココアが出来ますよ!!」
バンッと黄色い果物を、執務机に叩き付けるように置く。
「こ、こあ?クォクォの実のことか?これであの、茶色の甘い物体が出来るのか?」
クォクォの実っていうのか〜。
しかし物体って、製菓用のチョコレートを結構食べてたくせに何てこと言うんだ。
製菓用に同じように買った純ココア、今度砂糖入れて出してあげようと思ってたけどやめようっかな〜
まあ、それはひとまず置いておいてやろう。
「種だけ取り出して、発酵させて乾燥させた後、細かく砕いたものがココア。粉を生クリームと砂糖で火に掛ければチョコレートだね」
確か前に、テレビでやってたから合ってると思う。
ウアラネージュが出してくれた果物は、日本じゃ実物は見たことないけどチョコレートとかのパッケージで見掛けるものだった。
南の暑い気候で作られる、チョコレートとかの原料になるそれはカカオである。
原料としての知識しかないものが、加工前の状態で皿に乗って出されたときの衝撃といったらない。
だって、生で食べるイメージがないんだから。
それにしても、やっぱり“向こう”と同じようなものってあるんだね。
名前が違ったり、色が違ったりはするけど、形や味には違いはなかったりする。
オレンジは最初、色に驚いたよ。
紫色のオレンジなんて、なんだか食べる気はしないし『色が紫なのに、名前はオレンジって!』って突っ込んだり。
いや、名前はオレンジじゃなかったけどさ。
…そう考えたら、他にもお菓子作りに使う材料があるかもしれない。
「まお…じゃなくて師団長、もしかしたら他に探せばこの国で製菓材料が作れるかもしれません!」
書類仕事を一時中断した魔王が、話を聞いてくれるらしい。
ペンを置いた彼は、わざわざイスを用意してくれた。
どうやら、少ない材料と調理法ながらもお菓子を気にいってくれたようだ。
よかった〜…でも、魔王の正面に座るのは遠慮したいなー…なんて。
美形を見るのは目の保養になるけど、相手はイケメンでも魔王だ。
なんだろう、何も悪さをしてないのに尋問を受けてる気分になるんだけど。
「えーと、実は持って来た材料も限りありますので、この国で生産出来ればと思いまして」
まだ十分残ってるけど、ほぼ毎日お菓子作りをしてたらいずれはなくなる。
持ち込んだ材料は、使い切れるか不安になるほど注文数より確かに多かったんだけどね〜
「持って来た材料の中には入ってませんでしたが使いたい材料もありますし、何か手に入る方法があればいいんですがねぇ」
さっき言った生クリームとか無塩バターとか、バニラのさやとか。
さやじゃなくていいから、エッセンスやオイルがあれば風味付けには最適だ。
なきゃないでいいけど、あったら良い香りがするし素人が手作り菓子も高級感が出るよ!
生クリームと無塩バターは特にほしい。
オムレットに頼んではみたんだけど、彼女は屋敷唯一の侍女であり、雇い主は魔王。
探してはくれてるんだけどムリはさせられないし、本来の雇い主との契約の方がずっと大切だ。
外に出掛けられたら、自分で探しに行けるんだけどまだ禁止されてます。
と、いうわけでぶっちゃけ魔王に協力してもらえればいいな〜なんて、下心があったわけなんだけど。
「わかった。先程の件と合わせて考えておく。人選がすんだら、説明の場をもうける」
「…ん?」
あれ、なんか予想してたのと違う展開になってない?
魔王のツテで、業者とかを教えてもらえたらいいなぐらいしか考えてなかったけど、『人選』って、何?
紹介する、ツテの人選?
それならいいんだけど、話が大きくなってないか心配だ。
「サトは、先程の説明をすればいい。他に必要なものはあるか?」
いや、誰に?
そこが気になるところだけど、どんなものを言っていいのかな。
なら、言うだけ言わせてもらおう!
「さっき言った生クリームや、良い香りがするバニラのさや、無塩バター。香り付けのお酒もほしいです。あとは、パウンドケーキの型やスポンジ用の型も必要ですね。ゼラチンは…ムリですかね?」
遠慮せずに口に出せば、次から次へと出てくる。
もちろん、キリがないからこれ以上はひとまず言わない。
お菓子作りには、生クリームと無塩バターは必ず使うから絶対に手に入れたい。
型はまあ、あるもので代用すればいいし、ホットがオーブンを完成させるまでに考えとけばいいや。
ゼラチンは…やっぱりムリっぽいよな〜
だってあれって、牛や豚の皮とかのエキス?だかを抽出して作ったものだからねぇ。
作るの大変そうだし、どうやって作るのかまったくわからない。
いっそ、寒天にしようかと考えたけどゼリーはともかく、ババロアやムースは作れないんじゃないかと思い断念。
そもそも、製法を知らないのはゼラチンと一緒だし。
「カンテン?」
「寒天は海藻で出来たもので、ゼリーなどを固めるのに使われます。ゼラチンに比べて動物性ではないのでヘルシーなんですよー」
「ヘル、シー?」
こらこら、地獄の海なんて物騒な切り方しないでよ。
魔王なんだから、余計に恐いぞ。
「お菓子というものは、“悪魔の食べ物”とも呼ばれています。何故なら、使用する砂糖もバターなどの油分も多いから、食べ過ぎれば病気になるからです。特に若い女性がお菓子が好きだと相場が決まってますが、太るためにガマンすることもあります」
あと値段が高いから、学生とっては財布の中身を連れていく正しく悪魔だ。
「甘いものは食べたい、だけど体重が気になる!なんてときに寒天のゼリーがいいんですよ」
姉がダイエットしてたため、一時期は甘い物が満足に作れなかった。
『食べれない私の前で、よくそんなマネが出来るわね』ってセリフと、ピシッピシッと痛いデコピン食らわされた記憶が残ってる。
例外が寒天ゼリーで、それなら姉も食べてたなぁ。
「植物性である寒天は、ローカロリーでヘルシー。お腹のお肉にはなりづらい、すばらしい存在なんですよっ!!」
片手で拳を握り、もう片手を腰に当てつつ魔王に力説する。
自分の功績じゃないけど、胸を反らし気味なのはご愛嬌ってことで見逃してね!
「“悪魔の食べ物”か」
某白執事のことじゃないよ?
「そう思われるだけ、魅力的なものだということです!」
「確かにな」
魔王が重々しく頷くと、なんだか重大な話題みたいに感じる。
内容はお菓子だけどね。
「ところで、先程の話だが」
「はい?」
「何故、体格を気にするのだ」
そう疑問を口にする魔王を、上から下まで眺める。
シュッとした輪郭に、男らしい太い首、屋敷にいるからずるずるしたローブと呼ばれる服じゃなくてシャツとスラックスというラフな格好だから体格がわかりやすい。
ガッチリした肩に、お腹周りもすっきりして見える。
ホットと違って、全体的に硬そうな身体付きをしている魔王。
…うん、肥満体型には程遠いのは理解出来た。
出来たけど。
「それは、女の人の前で口にしない方がいいですよ?」
「……?」
無表情ながらも疑問を感じてるらしい魔王だったが、賢明にも質問はしてこなかった。




