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最終話です!
二人っきりになった、セレナイトとアイサは……
首を傾げまくっているうちに、部屋には誰もいなくなっていた。
いや、一人残ってた。
超絶綺麗な無表情の、セレナイト様だ。
私の仕事中はずっと穏やかにこやか仮面を装着してたから、疲れて素に戻ったのかもしれない。
「セレナイト様とも、これでお別れですね。お世話になりました。ちゃんとお仕事終わらせました」
「何を言っている。次の仕事が待っているぞ」
「……は?」
「次は潜入捜査になるかな。王宮内の侍女の間を探り、情報をかき集める」
「……はあ?」
次の仕事?
聞いてないよ、そんなの!
当たり前のように素っ気なく告げるセレナイト様に私は詰め寄った。せめて先に言っとけよ。てか、仕事受けるつもりないし!
「私は辺境に帰るの! 私を待ってる相思相愛のヤツがいるって、話したよね! だからすぐにでも辺境に帰るんだってば!」
「ああ、聞いている。その辺は解決済みだ。アイサの相思相愛の相手だろう」
「そうだよ。早く帰って顔見せないと」
「君の故郷から呼んである」
「え?」
「もうそろそろ、屋敷に着いているんじゃないか」
セレナイト様の言葉を反芻する。
私の相思相愛の相手を呼んである。
そろそろ屋敷に着いている。
私の世界がぱああっと明るくなるのを感じた。思わず胸の前でぎゅっと手を結んだ。辺境にいるはずのヤツが、あいつがセレナイト邸で待ってる……!
「ブラックノース号が、王都に来てるのっ?」
「ああ。君の愛する、愛馬な」
「嘘みたい。王都でブラックノース号に乗れるなんて」
「ああ、乗れ乗れ。いくらでも乗れ」
「嬉しい!」
私の大好きな、馬のブラックノース号!
私にだけ懐く真っ黒な毛並みの素敵な馬。もう、可愛くてカッコよくて最高なんだから。
あの私の愛しい馬が、なんでだかわかんないけど、セレナイト邸に来てるなんて!
セレナイト様が苦々しげに横を向いた。
「相思相愛の相手が……馬だったとは。強い香水の匂いが苦手なのは当たり前だ。馬だし。
乗ってあげると喜ぶだの、一つに繋がる感じが最高だの、本当に紛らわしい……」
「きゃあああ、嬉しい。どうしよう、ヨダレ出ちゃった。
……でも、なんで? わざわざブラックノース号を辺境から連れてくるなんて」
「私が君を辺境に帰すわけがないだろう」
セレナイト様が私の背に手を回してきた。
いや、何だこの体勢。ダンスするでもないのに、なんで密着? なんか……恥ずかしいじゃん。近いよ、セレナイト様。
「これほど物覚えがよく臨機応変に対応できる上に耐久力のある使い勝手のいい手駒、私が手放すわけがないだろう」
「はい?」
「カルヴィン殿下もアイサの使い道をすでに考え始めている。まずは王宮内の噂話をかき集め、その齟齬の様子から間者の存在をあぶりだしてみようかと」
「ちょっと!」
「だから、私の手元に置くことにした。君を縛り付けるため、少し前にカロライナ男爵に伝令を飛ばして受理された。
そしてついこの間、私と君との結婚が決まった」
「はいいい?」
「君の父上からは、ノリノリで承諾の返事が来たぞ。この破天荒で口の悪い娘、どこにも嫁に出すアテがなく、行き詰まっていたそうで」
「あの、クソ親父……」
「アイサは今十五歳だし、とりあえず婚約という形で落ち着いたところだ。手続きはすでに終了している」
「私はそんな話、一切何にも聞いてねえが?!」
「来年のアイサの十六歳の誕生日には、結婚式を執り行う。そのつもりでいてくれ」
なんだそれ!!
わなわなしている私の顎をすくって、セレナイト様が目を合わせてきた。濃紺の瞳はいつもより熱っぽく見える。艶めいている。甘さを含んで訴えてくる。
いや、そんな目で私を見るな。
「貴族の結婚なんて、政略結婚が当たり前だ。それはアイサもよく分かっているだろう」
「それは、分かってるけどさ。本人の意思は関係ないんだけどさ……」
「貴族の娘として答えてみろ。政略結婚先の男の、好条件とはなんだ」
「……えー、政略結婚先の、好条件?
んーと、まずは家柄が良いこと。自分とこと同じか、少し上の身分をみんな目指すよね」
「うん」
「資産家がいいよね。借金があるところとか論外だし」
「うん」
「年齢はそんなに離れてない方がいいな。私の友達のお姉さん、二十も年上のおじさんに嫁いだよ」
「うん」
「見た目が良ければ、なおよくて。これはできればその方がいい、って範囲で」
「うん」
「優しい人。これ大事」
「ほーう」
じっと私を見つめる瞳がある。濃紺の瞳が訴えている。自分を当てはめてみろってことか。
えーと、セレナイト様という人は……
「……セレナイト様は、伯爵位持ってて」
「うん」
「橋の建設費くらいのお金をポンと出せる、お金持ちで」
「うん」
「年齢は私と六つ違いの二十一歳」
「うん」
「見た目は……比較対象が誰も浮かばないほど、いい」
「うん」
「優しくはない」
「うん?」
あ、私に美味しいご飯を出せと指示してくれたりするのは、優しいのか。とても満足度の高い食事を提供されている、私。胃袋は完全にがっちり掴まれている。
………どうしよう。セレナイト様がかなりのお買い得物件な気がしてきた。普段あんまり優しくないことだけ目をつぶれば、あとはすごく好条件。
私からすると身分は二階級特進だし、お金に糸目をつけないお屋敷の調度品やドレスの仕立ても見たし、年の差は許容範囲だし、見た目は厄災を呼び起こすほど良くて、ただそんなに優しくない。
なんてこった、私ってば好条件に動揺してるぞ。勝手に婚約なんてふざけんな、って怒鳴りつけてもいいはずなのに、それができない。もしかして、この話乗っかってもいいかな、とか思い始めてる?
セレナイト様が、さらに顔を近付けてきた。整いまくった顔が近い。綺麗すぎてドギマギする。静まれ、私。落ち着け、心臓。
「アイサに提示する好条件に、一つ追加していい項目がある。
政略結婚ではほぼ叶わないはずの項目だ」
「政略結婚では叶わない好条件? そんな良い項目が追加されるの? 何、それ……」
「相手の男が君に惚れている、ということ」
「……え?」
「相手の男は自分でも手に負えないほど君に惚れている。君以外目に入らなくて、己の行動が抑えきれなくて辟易している。今最大の懸念は、君がどこかに去ってしまうことだ」
「セ、セレナイト様。それって」
「私のことだが?
私は今、自分の前から君がいなくなってしまうことを、何よりも最も恐れている」
私はぽかんとセレナイト様を見上げた。
静かに語るセレナイト様の目は真剣だ。
本気で私に語りかけている。口説きにかかっている。
「君が言う相思相愛の相手に、激しく嫉妬したことがある。そして絶望した。君がすでに誰かのものになっていることが耐えられなかった」
「それは……」
「相手が馬だと知った時の安堵と虚無感が君に分かるか。その時点でもう二度と君を手放さないと誓った」
「セレナイト様……」
「なあ、アイサ。どうして私を名前で呼んでくれない。名前で呼ばない理由を教えてくれ」
真剣な顔がすぐ近くにあって、正直にちゃんと答えろって言ってる。
なんとなく親しくないからと答えてたけど、それは使いやすい言い訳だって、自分でも分かっていた。セレナイト様のファーストネームを呼べない、ほんとにホントの理由は……。
私は俯いて、セレナイト様の胸に向かって、もごもごとつぶやいた。
濃紺の真剣な目を見ながらなんてとても話せない、こんなこと。だって、本人目の前にして、言うことじゃないでしょ……
「……ファーストネームで呼ぶと、どうしても意識しちゃうじゃないですか……」
「意識?」
「こーんな綺麗な男の人を、名前で呼ばせてもらえるなんて。自分が特別扱いされているって、なっちゃうじゃないですか。そうしたらセレナイト様のことを、男の人として意識して見ちゃうじゃないですか」
「うん?」
「セレナイト様なんて、好きになる要素でいっぱいなんだから、だから悪態ついて防御して好きになるなって戒めて。そういう目で見るなって、一線引いてたんですから。
ちゃんと自分の立場を弁えて、好きにならないように頑張ったんですから。すごく頑張ってたんですから」
「アイサ……」
セレナイト様が、私の身体を優しく包み込んできた。セレナイト様の体温を身近に感じてドキドキする。お仕事でダンスする時とは全然違う。
男の人の身体だって、意識してしまう。
「アイサ。私の名前を呼んで」
「でも」
「呼びなさい」
「…………ラッセル、様」
「うん。
私を好きになれ、アイサ」
「そんなの、もう。
…………もう、とっくに好きですよ、馬鹿。
こんなこと、言わせんな、馬鹿。どんだけ我慢してたと思ってんだ、馬鹿。もうギリギリだったんだからな、馬鹿」
「馬鹿馬鹿言うな。
……だけど、そんな君が好きだ、アイサ」
「ラッセル様。ラッセル様大好きだよ、バカあ」
私はラッセル様の胸に顔を埋めた。ラッセル様は私をギュッと抱きしめて、私の髪に頬を寄せてきた。
貴族同士の政略結婚に、愛や恋はないはずなのに。私は今、好きな人に抱きしめられている。私のことを好きな人が、私を抱きしめている。
貴族の結婚に、こんなことが起こることもあるんだ。類まれなる運命のような、奇跡のようなことが、自分の人生に降りかかることがあるんだ。
この人と出会うために、私はここまでやって来たのだ。
馬鹿にしてたよ、運命。本当にあったよ、奇跡。
ラッセル様と私、政略結婚なのに、お互いに想いあって結婚するんだ……。
私の髪に頬を寄せていたラッセル様は、私を確認するように何度も抱きしめてきた。そして感無量の様子で言葉をもらした。
耳元で甘く囁かれたその言葉は、私の感動を根こそぎ奪っていった。
ラッセル様の、おそらく安堵で気が抜けた挙句の、ぶっちゃけだった。
「アイサ……ああ、いい匂い」
「……ん?」
「緊張した後だからか、いつもより匂いが強い。すごく、香る。
ああもう、アイサの匂いだ。私の好きなアイサの匂いだ。この匂いが、今から私だけのもの」
「……おい」
「婚約中はどこまで許してくれる? アイサの事をもっと知りたい。もっと嗅ぎたい。
はあっ、他にも、もっと。想像するだけでゾクゾクしてくる。どんな蠱惑的な香りがするのか。
アイサのうなじを嗅ぎたい。きっと強く香るはず。脱がす訳じゃないし、いいだろう。なあアイサ、髪をまとめてうなじを見せて」
「おいこら、変態」
私はキッとラッセル様を見上げた。私の匂いで恍惚としたラッセル様は、気持ち悪いけど、この上なく美人だった。
うっとりと蕩けた濃紺の瞳は、間違いなく私が蕩けさせてる。それも、私の匂いで蕩けてる。全くもって不本意だ。
ああ気色悪い、この美形野郎。
「その変態ぶり、結婚の悪条件ですからね! 婚約破棄の材料になりますから! 何なら今すぐ婚約破棄してやろうか?」
「人には一つや二つ、欠点くらいあるものだ。アイサの匂いを嗅ぐくらい、ささいな欠点だろう」
「自分で言うな! あんた、その性癖治す気まるでねえだろ!」
「ああ、アイサの悪態が気持ちいい。痛い言葉が私を刺激する。
これほど私を興奮させるのは、アイサだけなんだ。私をこんなに煽ってどうする気だ」
「 もう、本当に変態! 自覚あるのに開き直ってんのが、手に負えない! 恥を知れよ!」
「ふふ、抵抗するアイサが可愛い。素直になれないアイサも、たまらない。どこまで意地を張れるかな、アイサ」
これだけ強く詰ったというのに、ラッセル様は、稀にしか見れない自然な微笑みを浮かべて私を見た。穏やかにこやか仮面じゃないラッセル様の微笑みは、天上の神々が嫉妬するんじゃないかって造形で、思わず見惚れてしまった。これはもう、どうしたって……綺麗じゃないか。
ラッセル様はそのまま愛しくてたまらないというように、私の頬を撫でてくれた。その手が思いのほか優しくて、私は悪態つくのを忘れて沈黙した。
ここで突然優しくしたりするとか、卑怯だよね? この人、ずるいよね?
「顔が赤いよ、アイサ」と濃紺の瞳を和らげるラッセル様に、私は何も言い返すことができなかった。いつもなら罵声のひとつやふたつ、放り込むのに。何触ってんだコンニャロー、って喚いても良かったのに。変態を調子づかせたくなんかないのに。
なんだこの、圧倒的敗北感。
急に大人しくなった私の、心の動きを捉えたのだろう。ラッセル様は悠々と私を仰向かせると、婚約者としての特権を行使してきた。
……当たり前みたいに、唇、もっていかれた。自然体で奪われた。
しかも、長い時間をかけていっぱいされた。終わりが見えないくらい長かった。温かい唇が何度も求めてきて対応に追われた。
途中から、私もへんな感覚がじわじわやってきて、その……よくわからなくなった。なんと言うか、集中しちゃったというか、それしか考えられなくなったというか……えーと、あの。
……夢中になった。ラッセル様に夢中になってしまった。
認めたくない。認めたくないけど!
いつの間にこうなったんだ。なんでこうなった。
私は私のこと、そういうタイプの人間じゃないと思ってたのに……。
「そんな無防備な顔するんじゃない、アイサ。付け込みたくなるだろう。
おねだりしてるのか?」
いや、してねえよ!
満足気な、つやっつやのラッセル様を間近で見て、思い知らされた。
完全に弄ばれてるじゃん、私。
狙い通りにハメられてんじゃん。
変態の思いどおりに踊らされるとか。納得いかねえぞ、ちくしょう。
……ただし、認めざるを得ない事実がある。
この、変態の沼。ハマってみると、かなり居心地がいい。ずっとこの腕の中で過ごしたくなる。甘えたくなる。そして、全てを許してしまいそうになるのだ。
私が変態の沼に溺れてしまうのは、おそらく時間の問題。
――― 終 ―――
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
異世界ものをいくつも書いてきましたが、魔法が全く絡まないお話は初めてです。せっかく異世界なんだから魔法使いたいじゃん、という欲求から距離を取って生まれたお話。なぜか一生懸命変態と向き合ってしまいました。いかがだったでしょうか。
評価★★★★★、ブックマーク、リアクション、感想など頂けると、大変嬉しいです。たくさん評価いただけるとテンション上がって、魔法くらい撃てるようになるかもしれません。皆様の手で魔法使いを誕生させてみてください。
暑くて溶けちゃう前に、次のお話に取り掛からないとね。
お付き合いいただき、ありがとうございました!




