三極の出会い5
「あれ? どうしたんですゴトゥディン? 突然考え込んで?」
「一つ聞きたい。君は『魔法(三立)使い』なのか?」
魔法(三立)使い。世界に蔓延る三立を行使する人たちの総称だ。
この世には魔法が無いと証明されたが、魔法に似た三立がある。だけど魔法じゃない。だからあくまで三立を魔法の偽物として扱い、三立を扱うものを魔法(三立)使いと呼ぶことで疑似的に魔法を使っている『気分』になれるからそういう総称が付いたとか、付かなかったとか、曖昧な話だ。
「今、君は胸にバナナをしまった。けどそれは『胸部にバナナを挟んだから』落ちないのか? それとも『胸部が別空間に繋がっている』と言う空間操作系統の三立なのか? そこのところをはっきりしたい」
彼女は不慮の召喚で呼び出された、言わば『召喚物』だ。そして普通、召喚術は人間を召喚する、しないではなく『出来ない』が当たり前とされている。
それら不可能三立は俗に『机上の空論』と呼ばれる。
自分で言っては何だが三立に関しては僕は存外頭がいいし学もある方だ。学校での座学も常にトップの成績を収めている。だがそれだけ、知識だけしかない。野球のルールを熟知しているけど野球を実際するセンスがない。それが主人公なのだ。
知識だけで実力のない僕が机上の空論である『人間召喚』を発動できるなぞおごがましいと自覚しているし不可能のはずだ。
なら何でゼクトが召喚されたか。原因があるとしたら静吉に渡されたシールか、彼女そのものに問題があるのだろう。
つまり、彼女が三立に何かしらの関係があるかどうかが一つの気がかりだ。
「別空間に繋がるとか、そんなのあるはずないですヨ。ま、一言で言えばサカナは騎士なのでバナナを胸部に挟んでも落ちないのは当然なのです。まあ言ってしまうと記憶がいまいち定かでなくて今までどこにいたかもわかんないんですけどネ」
鼻で笑い。してやったりな得意面な顔でゼクトは鼻息をむふーと漏らして胸を張る。
記憶がいまいち定かではない……もしかして召喚のせいで記憶に異変があるのか? ならまともな回答を求めない方がよさそうだ。
しょうがない。何か色々と興が冷めた。もういい。準備しよ。ゼクトの前だけど、僕は服を脱ぐ。
「ちょ、ゴトゥディン! 何裸になってるんですカ!? まさかサカナにエッチなことをを求めているですカ!? ダメですヨ! 騎士は純潔じゃないとダメなんです!」
「バカなことを言っているんじゃあない。どうにも君から情報を得るのは難しそうだ。だから学校に行って、君を家に帰すためにどうしようか、ちょっと相談してくることにした」
そう。朝を忙しく過ごしたが今日も今日とで学校がある。彼女自身の事も知りたいが、まずはインチキシールを売りつけてきた本人に話をつけるつもりだ。
「待ってください。どこかに行くならサカナも行きます。騎士は主を護るためにあるのですから」
うわぁ喰いついて来た。来られてもどうせ面倒事にしか発展しないのが目に浮かぶ。
「何から護るつもりかは知らないけどダメだ。突然自害し出す子は家にいろ。いや、自害しだすからこそ連れて行ってほうが……いや! 良い子だから僕が帰ってくるまで大人しくしているんだ。大人しくしたなら元いた場所に帰してあげるから」
椅子に羽織らせていた学ランをスタイリッシュに羽織って中身の無い鞄を手に取る。
「待ってくださいヨ! 呼び出しといて帰れだなんて……」
「呼び出すつもりなかったから帰ってもらうんだ」
「そんな……だってゴトゥディンはサカナにとって初めの主様ですし……お側にいたいと言いますカ、離れたくないと言いますカ……」
消えていく様にもごもごと喋る。まるで本心を打ち明けられない中学生日記。
しょうがない子だ。僕はため息をついて、座っているゼクトと目線を合わせるために腰を下ろし、頭に手を置いた。
「何で頭に手を置いたんですカ?」
「本当にわるいと思っている。いきなり見知らぬ場所に連れて来られて、WRのせいで考えがおかしくなって記憶も曖昧。僕は君の本心がどうなのか分からない。でも、僕が絶対君を元いた場所に戻してあげる。だから今は大人しくしていてほしいんだ」
「嫌ですヨ」
きっぱりすっぱり言語断裂。
えぇ……結構神妙な顔付きで真面目なことを言ったつもりなのに、こうもあっさり嫌だーって言い返されるなんて。格好つけたのに立つ瀬がない。
「……君ねぇ」
「WRとか、そういうのは関係ないんです。サカナはこうなることを望んだからこそ呼び出されたのですヨ」
言葉を遮られ。ゼクトが語る。碧い瞳が、こちらの全てを見透かすように視線で体を拘束してくる。
「望むこと、想うことは力である。何故かその言葉が頭の内から離れないのです。今の気持ちが、ゴトゥディンの言うおかしいものなら、サカナは何の不満もありません。サカナの使命は主を護ること。だから、サカナはあなたに付き従います」
ゼクトの言葉は、言ってしまえば僕の考えを否定する物だった。
だがそれより、気になったのは『望むこと、想うことは力である』だ。これは三立を使う上での根本的な考えと言ってもいい。
願望と創造こそが三立をより強大にする。簡単に言えば妄想したもの勝ちなのだからだ。
「………君は、とことんヒロインに向いてない性格みたいだ」
ゼクトの頭をポンポン叩き、立ち上がる。
「ごめんだけど、本当に家で待っていてほしいんだ。勝手もわからないだろうし。そうだな……僕を主だって言うんなら、命令として言おう。僕が帰ってくるまで家にいろ。だから勝手に出るんじゃあない」
言葉は待たない。返ってくる言葉は容易に予想できるからだ。
彼女はとても貪欲に、マイペースに自分の使命を信じている。どう会話をしようと返ってくるのは『護る』の言葉だけ。
不安ではあるが、ゼクトが付き従うと言うなら、強引に命令を押し付ける形で押し切った方が、彼女も大人しくしているかもしれない。
危険な賭けではあるが、それ以上の不安もある。
人間を召喚することは不可能。なら『人間じゃなければ』召喚できる。そしてWRが人に装着された前例がないこと。その二つから導き出される答えは、誰にも知られてはいけないことだ。




