三極の出会い3
「ゴトデン? 君は……ちょ、何をしているの?」
何している。それは冷蔵庫を漁っていたことでも、トマトを顔面にぶつけられたことでも、いきなり首四の字を極めたことでもない。
異様な身軽さ。肩車の状態から、僕の頭の上に手を置いて逆立ちをしやがった。雑技団か。
そしてそのまま尻を下にしてゆっくり傾く。もちろんバランスが崩れるため、僕はドスンと尻餅を着いた。
対して女の子は綺麗に一転着地。Yのポーズをとってやがる。
「サカナ! 見事にグリコで着地しました! 満場一致の満点です! 主のために、常に高潔であること。これも騎士としての務めですネ!」
いきなり素っ頓狂なことを叫び始めたぞこの………サカナと自称する子。呆気に取られて見ていたら勢いよく振り返ってきた。
身体がびくってなった。今度こそちゃんと目が合う。思ったより小さいな。
女の子は近づいてきて尻もちを着いている僕と目線の高さを合わせるために腰を下ろしてぺこりと頭を下げてきた。
「初めましてゴトゥディン。寝ていたのでタオルケットをかけさせてもらいました。先ほどは顔面にトマトぶち当てて大変申し訳ございませんでした。でも言い訳をするなら、いきなり気配を消して近づかれたら、誰でも臨戦態勢をとってしまいますヨ」
「どこの界隈にも……そんなランボーな常識ないっ! 君は誰なんだ。この家は僕の領域であり聖域だ。お邪魔をするなら、パスポート持ってくるんだな!」
「ダァオ! ゴトゥディンが御立腹です! 主の機嫌を損なわせるなど、騎士として許されざること。分かりました。責任を持って自害します」
「は? 自害?」
この子、人の家なのに何の躊躇もなく勢いよく引き出しを開いたぞ。台所にある引き出しだ。しまってあるものなど知れている。
そして手にしたのはし錆の入った包丁。それを自らの首に突き付ける……突き付ける?
「ちょっちょっちょ! 何をしているんだ君は! 何人の家で切腹まがいなことしようとしているんだ!? ここで死なれたら僕が真っ先に疑われることになるのがわからないか!」
もちろん止めにかかる。ふざけんな! 何で朝っぱらから見知らぬ女の赤い水芸を拝まにゃならんのだ!
「ゆ、許してくれるのですカ。この主の気分を害した哀れでダァホな子羊を、許してくれるのですカ?」
「許すも何もないから! お話ししよ! ね! 話をするんだぁ!」
てかこの子、思った以上に力が強いぞ。
こっちは両手を使って必死で片手を止めてるのに、ほぼ拮抗状態。男として情けねぇ。
「わかりました。お話しましょう」
「うおわっ!?」
不意に力を抜かれたものだから、思いっきりケツから転んで後頭部を地面に強打する。ものっそい痛い。
「今日は厄日か」
「大丈夫ですカ、ゴトゥディン。ほら、立ってください」
尻を擦る僕を心配そうな表情で手を差し伸べてくれる。白くてきれいな手だ。でも、何故か心がこの手を取るのを嫌がっている。
僕はごまかすように不格好に立ち上がる。多分、要らないプライドが働いたんだ。
「聞きたいことは山ほどある。まずは君が何者なのかを聞きたい」
「騎士です」
「岸? 苗字? 君、どこからどう見ても日本人じゃないだろ。嘘をつくのは感心しない。と言うより日本語上手いな」
「ナイトです。と言うより、何者かって言葉は分かりかねますネ。ゴトゥディンがサカナを『呼んだ』んですヨ」
「呼んだって、ピンクチラシは……」
ふと気が付いた。この子の首に巻き付けられた、彼女と相反する黒い首輪。何かやたらと摩っているものだから女の子特有の『小物見てアピール』かと思ったけど、同じような黒い物が僕の左薬指に巻き付いている。
血の気が引いた。鼻っ先が青くなっている気がしてならない。
そしてさらにダメ出し。彼女のワンピースに付着した。血痕を引きずった跡のような文字が書かれた紙切れが脇のあたりに。取ろうとすると『サカナはまだ心の準備が!』と言ってきたがお構いなしに手を伸ばす。
確かにこれは昨日書いたシールのかけらだ。
冷や汗が溢れだす。あり得ないと言うより、認めたくない。
「もしかしてその首の……WR?」
「だぶりゅーあーる? ワイドレシーバーのことですカ? よくわかりませんけど、この首輪を触ると、あなたのことを主だと思ってしまうのですヨ」
何故その言葉を満面の笑みで言うか。まるで待っていましたと言わんばかりになぜ笑えるんだ。
何故、『洗脳』されているのに気が付かないんだ。
WRは三立の三要素の一つである三部門の一つ、召喚術の技術の一つだ。どういう効果があるか、大雑把に言うと『所有者と所有物の関係を示す物』だ。
人に付属されるなぞ聞いたこともない、のではなく『あり得ない』のだ。
人間を召喚するなんて、三立にとっての『机上の空論』なのだから。