三極の選定天子7
「崩街は嫌な事件だった。でもそのおかげで犬吠逆名と上噛神子と言う逸材の二人が見つかった。これでネクスト・プライマルを完成できるって、心底嬉しかったわ」
嬉しかった? 今、静吉は嬉しかったって口にしたのか?
『崩街が起こった』おかげで『逸材の二人が見つかって』よかったと言ったのか?
その一言で僕の熱は一気に沸点まで跳ね上がった。
「ふざけんなぁ! 崩街を認めるのか! あの事件で! どれだけの人が不幸になったと思っているんだ!」
あれは許されるべきはじゃない。何で嬉しい。どこに喜劇がある!
のどを引き裂かれ、骨髄を引きずり出され、糞尿吐瀉物に投げ込まれてすり潰されて豚のエサになっても償いきれない暴虐の罪。あれはそう言う物なんだ! 非難され、疎まれ、憎まれるものであれど肯定されるべき物じゃない!
だけど静吉は今、肯定した。肯定したんだ!
「罵倒しろよ! 蔑めよ! 侮蔑しろよ! 俺は許されるべきじゃない! 死んでも許されるべきじゃない! 俺を慰めたつもりか!?」
「きーちゃん!」
「なんだよ! テメーがそんな……そんな」
なに、泣いてるんだよ。何あの傍若無人で我が道を征く暴君をナチュラルで行く静吉様が何人の子みたいに涙を流してんだよ。
「だって……だって。ネクスト・プライマル計画の媒体はその身を滅ぼしかねないのよ。計画は創造召喚は滅びることのない世界を召喚して。願望錬金は新しい世界を移り住むためのゲートを錬金して。そんなことをしてただで済むはずがない。済むはずがないのよ」
虚言のような計画の全容。
召喚術士が世界を創り、錬金術師がゲートを創る。新しい世界と別へ世界への扉。まだ想像召喚も願望錬金もないのにそんな大それた計画を立てるなんてどうにかしてる。
けど静吉の言う通りその計画を実行したなら、術者である二人の負担は生半可なものじゃないのは分かる。
ただで、済むわけがない。
「君はそんな計画の核を担ってたのよ。そんなのウチが許さない。だから父さんとはいつも折り合いがつかなくて顔を合わせるのも嫌だった。ウチにとってはね、都市の一つが壊滅して君が助かるって言うなら安い物だって思ってるのよ」
「なんで、何でそんなことを言うんだ。そんなわけないだろ。僕一人と都市の一つが同じ価値だなんて。何でお前はそう思うんだ?」
「だってウチは君の……」
静吉が言葉を詰まらせる。僕に何か思う所があるのか? 昔から随分とお気に入りのように扱ってきたからな。それ相応の理由があるんだろう?
「君の……お姉さんだから」
「……お姉さん?」
「そう、お姉さんよ」
何だそのふざけた答え。確かに僕はハータスに引き取られ、静吉が娘だというなら立場上弟だって言えるかもしれない。
けど、僕が天童源次郎として活動していた時期に静吉とは一度も会ったことがない。会ったことがない人間を一つの都市を犠牲にしてまで守る価値のある弟とほざくのか!
「ふざけるな! 何がお姉さんだ!」
「ふざけてなんかない! 君が崩街を引き起こした後に行方をくらませた時、父さんはすでに君に三立の力がなくなっていたことを知っていた! だから探す素振りも見せなかった! だけどウチは違う! もう君が計画に関係しなくなったなら、ウチが探し出してウチの保護のもとに守ろうと思った! そして君を見つけて! 今まで一緒に生きてきた! 本当は嫌だったけど、独立したいと言った君に一年前今の家もあげた! ウチはずっと君のために!」
「聞きたくない! 聞きたくない聞きたくない!」
そんなことは聞きたくない! いくら僕のためなんて言って、どれだけ大切に思ってくれていても、静吉は崩街が起こって良かったと認めたんだ。何も聞きたくない!
こいつもカミ子と一緒だ。三本柱に毒されているんだ。
「狂ってるよ。お前」
「……そうよね。狂ってなきゃ、こんなことをするはずがないもんね」
「それだけじゃない。計画の核はただじゃ済まないんだろ。そのただで済まないことを……あの二人に押し付けようって言うのか! 答えろ静吉!」
「そうよ……そうよ! それしかないのよ! 君を虐める世界から君を救うためにネクスト・プライマルを成功させるにはあの二人が必要なのよ! 崩街が起きて、君の行方が一切分からなくなった。ウチは独自のルートで君を探して、石を食んで泥水をすする君を見つけた。その時から誓った。君を絶対に傷つけないって」
わからない。もう、静吉のことがわからない。
六年前。そう、六年前だ。僕は崩街を引き起こし僕の体に封印して以降、逃亡生活を送っていた。二年間の逃亡の末に静吉が目の前に現れて、崩街も無色透明の龍のことも洗いざらい暴かれて、暴走しないように一緒にいるように言われた。
なぜ初対面でそんなことを言うのだろうと思ったけど、それは三本柱の一員として監視しときたいからだとさっきまでは思っていた。
だけど今さっき静吉は姉として守りたかった吐露しその理由もやっと明らかになった。
けど、本当にただそれだけ何だろうか。別の感情が静吉の中に無いとは言い切れない気がする。
「願望錬金の触媒が逆名君じゃなくてゼクト君になったのは予定外だった。でも来てくれたおかげでこうも早く計画を実行に移せた。見届けようきーちゃん! 君には権利がある! さぁ行こう。二人の元に!」
そう言って静吉は片手で僕を持ち上げてまたしてもお姫様抱っこをされる。
「離せ! くっ! 体が上手く動かない」
「赤ん坊のころの運動神経だけじゃなくて体重も再生してるから体のバランスわるいでしょ。さあ。二人の場所は分かってる」
為す術もなく、僕は借りてきた猫のように連れ去られる。
どんなに呼びかけても答えを返してくれない。彼女の眼はもう目的間近で眠れない夜を過ごす少女のように他のことを気にしていられない様子だ。
階段を下り、校庭に出るとそこは阿鼻叫喚ともいえる戦々恐々の光景だった。




