三極の戦乙女7
「わかってる。教官たちには言われ続けた。私は無色透明の龍を発動した天童源次郎の代わりだって。だからこそ天童源次郎と同じ偶像召喚の枝分かれ、純鉄召喚を会得した。なら私の目指す場所は無色透明の龍になること」
「無色透明の龍が発動した結果、一つの都市が滅んだんだ！ 目指すべきものじゃない。あれは……無色透明の龍は『悪』だ！」
「違う！ 悪じゃない！ 無色透明の龍は決して悪じゃない」
なぜそう断言する。なぜそう断言できる。一つの都市を消滅させたんだぞ。開くじゃないはずがないのに何でそんな眼で断言できるんだ。
「天童源次郎は素晴らしい魔法(三立)使いだった！ 幼きにして世界最高の魔法(三立)使いにして机上の空論に最も近づいた。偶像召喚に到達してもまだ尽きぬ向上心。誰もが認める魔法(三立)使い。その努力の末にあの事故が起きた。私は証明したい。だからこそネクスト・プライマルに参加した。無色透明の龍は決して人を傷つけるものじゃないと。私が無色透明の龍を召喚してよりあれは使い方次第でとても良いものだと証明する。源次郎のしようとしたことは間違いじゃないと、私は証明してみせる！」
耳が痛かった。彼女は、存在の三本柱のせいで見えもしない幻影に囚われている。
田舎の少女が言ったこともない大都市に憧れるように、脳内で街中の宝石箱を創造し胸を弾ませているのと同じだ。
「そんな考えは捨てるんだ！ 源次郎はそんな高尚なやつではない！」
「何でアンタがそんなことを言うんだ！ 源次郎は私の目標だ！ 間違いを正そうとして何が悪い！」
間違いだったんだ。何もかもが間違いだったんだ。彼女の言葉は耳を塞ぎたくなる。存在の三本柱に騙されているんだ。どんなに御託を並べようと僕は無色透明の龍を召喚したことにより多くの人の人生を壊したんだ。
あれは尽きない向上心の結果ではない。傲慢不遜な考えから生まれた化け物だ。
彼女を止めないと。彼女がもし天童源次郎を目指すというなら、僕が止めないといけない！
「カミ子。今まで君から逃げ続けた。だけど、心は決まった。君のその間違った考えを正そう。僕の決死を持ってして！」
「………それがアンタの答え？ なら本当に失望よ！」
「失望で結構。ぶっ放せよ。俺はぶっ飛ばされようと歯を食いしばって、テメェの下に舞い戻ってやる。そして正してやるよぉ！ さぁ、撃ち込んできなぁ！」
逃げるための算段なんて、既になかった。だって仕方ないじゃないか。カミ子が僕の逆鱗に触れたのだから。無色透明の龍を目指すなんてあまりにも世界の正義から反した言葉を吐いたのだから。ついムキになってしまったんだ。
召喚陣は膨れ上がる。体を走る悪寒。だけど逃げようなんて考えなんてない、目を逸らすなんて選択肢はない。例え二十メートルの鉄円柱をぶち込まれようと、這ってでも戻ってきてやる。
僕が覚悟を決めた瞬間。音がした。
ゴン！ とそれはとても単調な音だった。本当に、ただ打ち付けただけのシンプルな音。
カミ子が射出した鉄円柱が壁か何かを壊した、わけではないようだ。当の本人も何の音だと困惑した顔をしている。そして何より、その音は後ろから聞こえる。
僕は振り返る。振り返ってもなおその音は鳴り続けた。
ゴン！ ゴン！ ゴンゴン！ ゴゴン！ ゴゴゴゴゴン！ 音はどんどん重なり鉄のドラムは鳴り響く。そうか、鉄の蓋を叩いている音か！
そして窓を塞ぐ鉄にひびが入ったかと思うとそれは現れた。
鉄円柱が破られ影の世界を作り出していた教室に光が差し、体を包む。まるで希望が仕込んだように、光の中にそれはいた。
真っ白い、丸い塊。まるで、人。ダイナミックなシルエットと後光によって表情が読み取れないけど、にぃいっと口角を上げたのは見える。
それが鉄円柱をぶち破り、同時にカーテンを掴み剥ぎ取り、教室に入ってきたかと思えばカーテンで僕ごと覆って一つになった。
一瞬の出来事。一瞬でカーテンに覆われたせいで今の状況が今一分からない。けど痛い！ 体中が打ち付けるような痛烈な痛みが走っている！
どうなってるんだ？ まさかカーテンに包まって机を吹っ飛ばしながら教室の床を転がっているのだろうか。
にしても痛い痛い！ 机の角が頭に当たったりして非常に痛い！
そして壁に当たったのか回転していた体が打ち付けられる。丁度背中をぶつけたせいで肺の空気を一気に吐き出してしまった。でもそれ以上に、目が回って気持ち悪い。
「うヴぉえぇ……な、誰だよ……」
そして開かれるカーテン。カーテンをマントのように広げ、僕をカミ子に見せつけるように開かれる。窓に突っ込んできた白い塊の正体。幼き体躯、豊満な胸、碧き瞳。白き肌と髪。力強く立つ、ゼクトだった。
「アンタ………たしか、ゼクト？」
「ゴトゥディンを傷付けてはダメですヨカミ子。それだけは守ってもらわないと。もし、どうしても聞き入れていただけないなら。サカナを倒してからにするんですナ」
か、カッコイイ。登場のタイミングに歯に衣着せぬ臭いセリフと言い、不覚にも騎士みたいじゃないかと思ってしまった。ゼクトは片膝をついて目を回している僕にカーテンを包ませてくれる。
本当に何絶妙なタイミングで現れたのだろう。そして絶体絶命の危機から救ってくれた。
ありがとう。君のおかげて助かったと感謝の言葉を言うべきなのだろう……なんてそんなわけあるか！ 礼を言う気なんて皆無だ！
「なんで、来たんだ！ これは僕とカミ子の問題だ。君が出てくる必要は、」
言い切る前にゼクトの手が言葉を突き出してくる。
「何だその手は。黙ってろって言うのか？ いいか！ ここは危険なんだ！ それに君はカミ子と何の関係もない、」
「大丈夫です」
「あん？」
「サカナが、アナタを護ります。後は任せてください」
ゼクトは一歩、僕とカミ子の間に入るように踏み出し、構えた。まるで親猫。我が子を命に代えて守る。そんな雰囲気を醸し出すような、母性すら感じられるその立ち姿。
「我は騎士。その使命は主をこの手で護ること。主の名は主人公。カミ子、いざ！」
