第八十六話 起動
東地区は戦場だった。
炎。
煙。
瓦礫。
爆発。
研究所群を囲む防衛線は未だ崩れていない。
ハンター達は何度も突撃した。
だが押し切れない。
管理局の砲台。
ドローン。
戦闘員。
補給。
装備。
何もかもが上だった。
ワイトは斧を振り下ろす。
装甲車が潰れる。
爆発。
だが次が来る。
その次も。
「ちっ」
舌打ちした。
数時間戦っている。
だが状況は悪化していた。
ハンター側の弾薬が尽き始めている。
負傷者も増えていた。
このまま続けば負ける。
誰の目にも明らかだった。
ワイトは通信機を取る。
「おい」
雑音。
数秒。
そして繋がる。
『……何だ』
ワイトは少し戸惑った。
異様に静かな声。
「・・カイだよな?」
「ああ」
生きていた。
「まずいぞ」
『そうか』
「そうかじゃねえ」
砲撃。
爆発。
通信越しにも聞こえる。
「押し切れねえ」
「装備も弾も向こうが上だ」
「このままだと終わる」
数秒。
沈黙。
返事がない。
「聞いてんのか」
『聞いてる』
妙に静かだった。
ワイトは違和感を覚える。
だが今はそれどころじゃない。
「何か手はねえのか」
『……ある』
短かった。
それだけだった。
通信が切れる。
「おい?」
応答はない。
ワイトは顔をしかめた。
だが次の瞬間。
巨大な爆発が起きる。
再び戦場へ戻った。
―――
一方。
地下最奥。
カイは崩壊する研究施設の中央に立っていた。
周囲では警報が鳴り続けている。
壁が崩れる。
天井が軋む。
だが。
不思議と落ち着いていた。
胸の奥。
何かが変わっていた。
タマはいない。
だが消えてもいない。
感覚だけが残っている。
カイはゆっくり目を閉じた。
構造接続。
意識が沈む。
研究所。
壁。
配線。
通信網。
電力。
防衛システム。
全部が見える。
今までとは違う。
断片じゃない。
繋がっている。
一つの巨大な構造として。
「そうか」
小さく呟く。
研究所は建物じゃなかった。
兵器だった。
東地区全体。
研究所群全体。
全部が一つの兵器だった。
そして。
その中心に自分がいた。
見える。
ハンター。
管理局。
砲台。
指揮所。
一つずつ。
位置が分かる。
防衛砲台。
通信網。
ドローン基地。
地下弾薬庫。
ミサイルサイロ。
全部。
全部。
全部。
理解できる。
呼吸をするように。
五番。
自分。
同じ流れ。
同じ構造。
だから。
繋がる。
カイは制御盤へ手を置いた。
橙色の光が瞳に宿る。
燃える金属みたいな色だった。
―――
管理局本部。
突然。
警報が鳴り響いた。
「異常!」
「ミサイルサイロ起動!」
幹部達が顔を上げる。
「誰が命令した!」
「発射許可は出ていません!」
「停止しろ!」
端末が動かない。
制御が返ってこない。
画面が切り替わる。
五番。
認証。
776。
その文字が表示されていた。
幹部の顔から血の気が引く。
「まさか……」
誰かが呟く。
「五番が起動した」
部屋が静まり返った。
―――
研究所群。
巨大な発射口が開く。
次の瞬間。
轟音。
炎。
ミサイルが空へ飛び出した。
一発。
二発。
三発。
四発。
五発。
十発。
二十発。
次々と打ち上がる。
戦場全体が止まった。
ハンターも。
管理局も。
全員が空を見る。
「何だ……?」
ワイトが呟く。
ミックも空を見る。
メニーも鳴かない。
誰も分からない。
ミサイルは上昇する。
上へ。
さらに上へ。
そして。
頂点で止まった。
反転。
「は?」
ミックが声を漏らした。
全てのミサイルが向きを変える。
研究所群へ。
管理局防衛陣地へ。
真っ直ぐ。
落ちてくる。
「避難しろぉぉぉ!!」
誰かが叫ぶ。
遅かった。
爆発。
爆発。
爆発。
爆発。
夜が昼になる。
砲台が吹き飛ぶ。
司令部が消える。
ドローン基地が崩壊する。
管理局の防衛線が次々と消えていく。
地面が揺れる。
建物が崩れる。
炎が上がる。
東地区全体が震えていた。
ワイトは呆然と見ていた。
そして。
笑う。
「ははっ」
笑いが止まらない。
「やりやがった」
周囲のハンター達も歓声を上げる。
戦況が変わった。
一瞬で。
完全に。
―――
地下。
カイはゆっくり目を開く。
構造接続を解除する。
頭痛がする。
鼻血も流れている。
だが立っていた。
崩壊は進んでいる。
もう長くは持たない。
カイは出口へ向かう。
歩きながら思う。
研究所。
五番。
776。
全部繋がった。
だが。
まだ終わっていない。
知るべきことが残っている。
そして。
崩れる瓦礫の向こう。
地上から差し込む光が見えた。
カイはその光へ向かって歩き出した。




