第16話 鎮魂
窓の外が、雨の音でうるさい。
こんな時くらい、静かに過ごさせて欲しかった。
――あの日。
アルバが死んだ。
ノワールの使い魔がレクイエム洞窟から戻り、会議で内容を伝達した。
その内容を、クロウがわざわざボクの部屋まで伝えに来た。相変わらずニタニタと嫌な笑みを浮かべながら、わざとらしく静かな声で。
「くく……ノワールの使い魔が見たらしいですよ。アルバが、どれほど無惨だったか……勇者も酷いもんですねぇ。」
聞きたくもない。想像もしたくない。
ノワールの使い魔が、アルバの身に着けていた鎖の一部を持ち帰ったらしい。
クロウは「見てみますかねぇ?」と、更に不気味な笑みを浮かべながら言ってきたけれど、ボクは何も言わずに、机の下へと逃げ込んだ。
毛を逆立てながら、しっぽを体に巻き付けて身を潜める。怖くて何も言えなかった。
クロウはそんなボクを見て、小さく笑いながら出て行った。本当に嫌な奴だ。
しばらくして、扉が開く音がする。
テネブリスだ。音もなくするりと入ってきた触手がボクを包む。元気がないボクを心配したのだろうか。触手から水をポタポタと落とし、飲ませようとしてくる。
今は水を飲む気分じゃなかったけど、その心が温かく、少しだけ救われた気がした。
――
そう、ボクはいつだって何かを失ってばかりだった。
産まれて間もない頃。飼い主がボクたち兄弟を見に来てくれた。
お兄さん猫が先に抱っこされる。
「わぁ、凄く綺麗! この子は高く売れそうね。本当に可愛いお顔、後で撮影部屋に行こうか。」
ボクはドキドキしていた。
早く抱っこされたい。どんな言葉で褒めてくれるんだろう。
そして順番が来た。温かい手に包まれて抱き上げられる。嬉しかった。幸せだった。
しっぽがゆらゆらと揺れてしまう。
「んー、この子は……模様がブサイクすぎる。売れそうにないのよねぇ、裏部屋行きかな。」
え? ブサイク?
それってあなたの自己紹介じゃない?
「顔が綺麗な子だけで、撮影しちゃおうか。」
ボクはケージに戻され、兄弟たちは撮影部屋に連れていかれた。
ボクの飼い主はいわゆるブリーダーというやつだった。いつもキラキラした服を着ていて、綺麗な格好をしていた。
そんな彼女曰く、ボクの顔はラグドールとしては規格外らしい。
それってレアってことじゃん。特別ってことじゃん。高く売れるかもよ?
でも人間と猫は種族が違うからどれだけ話しかけても「にゃーん。」としか聞こえていないらしい。ブリーダーやるなら、猫語くらい勉強しとけニャ。
いくら文句を言っても、立場は弱い。結局ボクは裏部屋に連れていかれることになった。
そこには、ボクと同じ規格外として扱われた猫たちが五匹いた。みんなラグドールだった。
――模様がブサイク。
あの時の言葉が頭をよぎる。
でもそこにいた子達は、どう見ても可愛かった。確かに兄さんたちとは違った模様だけど、どの子も個性があって唯一無二。そして、何より猫だもの。可愛いに決まってる。
人間って奴は、何が楽しくて同じ模様ばっかり求めるんだろうな。
部屋は薄暗かったけど、仲間たちは優しかった。餌だって一日一回貰えるし、トイレの掃除も三日に一回してくれる。
ボクにとっては、それだけで十分で幸せだった。
――
だけど時間が経つにつれて、悪夢はじわじわと侵食してきた。
裏部屋に送られてくる猫の数が、明らかに増えていったのだ。五匹だった猫は六匹、七匹と増え、今では十五匹に膨れ上がっていた。
狭い部屋に増える猫たち。当然、喧嘩も増える。あちこちで喧嘩の声が聞こえてくる。威嚇して、声を荒らげて馬鹿みたい。ボクはいつも部屋の隅で縮こまっていた。
取っ組み合いの喧嘩をして傷を負った子は、連れていかれて二度と戻ってこなかった。ボクはなるべく喧嘩にならないように大人しく過ごしていた。
でも、それにも限界があった。
裏部屋に送られる猫は増えていき、三十匹になる頃。
ブリーダーの彼女がケージを持ってくる。ボクたちは狭いケージに閉じ込められて、重ねて置かれた。
狭くて動けないし、トイレも汚れたままだ。一晩中鳴いている子もいた。餌の量は二日に一回になり、量は半分に減っていた。
そのうち、連れてこられたばかりの小さな子が動かなくなった。動かなくなったその子は連れていかれ、戻ってこなかった。
(……このままだとまずい。)
他の仲間たちもストレスで声を荒げ、いがみ合うようになっていた。
でも、ボクは諦めたくなかった。
仲間たちから聞いたことはある。ラグドールは外では生きていけないって。
でも、そんなのやってみないとわからないじゃん。このままここで終わるくらいなら、やるしかない。
ブリーダーがトイレ掃除に来てケージを開けた瞬間、思いっきり指を噛んだ。
嫌な感触だった。悲鳴も聴きたくなかった。
……ごめんね。
逃げなきゃいけなかった。そのままケージから飛び出して、走った。がむしゃらに走って、走って……
外に出た。
でも、外は全然いい場所じゃなかった。
変な臭いを撒き散らす大きな物が沢山走ってるし、食べ物もない。どこにもボクの居場所なんてなかった。
建物の近くで他の猫たちが話し合いをしていたけど、近寄っただけで威嚇された。
ボクは争いが嫌いだ。あんなふうになりたくない。
フラフラと歩いていると、カラスがゴミ袋を漁ってる。
ボクも近寄ったけど、食べ物だけ持っていかれてしまった。残されたのはゴミの山。何も無い広い空を見上げる。
せっかく苦労して逃げてきたのに、どこにもボクの居場所なんてなかった。
二日目の朝。お腹が空いた。
こんなふうにどこにも居場所がない誰かと出会って、寄り添えたらいいのに。
そんな気持ちで公園を歩いていると、一人の人間に目が止まる。
あの地獄を作った自分だけがキラキラしたブリーダーの……正反対のような暗い顔をした男性だった。
なぜか惹かれるように近寄って、擦り寄った。
……温かい。
人間ってこんなに温かかったんだ。
ふと男性を見ると袋を持っている。カラスが持って行った袋と似ている。食べ物だ!
(……あ。)
気づいたら、前足の爪で引っ掛けてしまった。まずい、怒られると思った瞬間、男性は逃げていってしまった。
一生のチャンスを逃したのかもしれない。
ボクは、もうどこにも……誰にも……
でも、彼は戻ってきてくれた。見たこともないご飯を持って。
――それが、優陽との出会いだった。
ブサイクと言われた僕の模様を、星みたいってはしゃいで喜んでくれて。
それが僕の名前の由来になった。
ステラ。
産まれて初めて名前がついた。嬉しかった。凄く幸せだった。
――
魔王城に来てからも、正直辛いことは多かった。
猫嫌いのノワールに、暴れん坊のドゥンケル、嫌味ったらしいクロウ。
正直嫌われてると感じることも多いけど。
ノクティスはボクにだけ優しいし、テネブリスも話せないけど優しくしてくれる。
そして……
アルバ。
トイレの砂も、水場も、用意してくれたのはアルバだ。ボクが快適に暮らせるように動いてくれた。
ボクの毛が服についてステラの加護だ、と喜んだ彼女を思い出す。
ボクがあの時、慎重に行こう、なんて言わなければ。あの時、誰かを同行させてたらこんなことにならなかったかもしれない。
アルバを止めてさえいれば、避けられた未来だったかもしれない。
ボクが……
ガチャリ。
扉が開く。振り向くとクロウがいた。
「星閃ステラ様、ノクティス様がお呼びですよ。」
相変わらず、ニタニタした笑みを浮かべている。
「アルバの件は、本当に残念でしたな。」
もういい、話しかけないで欲しい。
「あなたがいながら仲間を失うとは、魔王軍も落ちたものですねぇ。」
聞きたくなくて、しっぽで返事をした。
あの時も、そうだった。裏部屋に閉じ込められたままだったら、優陽に出会えなかった。
今回だって……誰も失いたくない。居なくなって欲しくない。
そのためにはボクが動かなきゃ。ただの猫だって、何かできることはあるはずだ。
……それに、勇者だって気に入らない。 あんな奴に好き勝手させてたまるか。
そして……ボクの願いが叶うなら。
遠い空のどこかにいる、大好きな優陽に会いたい。
空を見る。
夜明けにはまだ時間がかかる暗さだった。




