第10話 最初の村
草が風に揺れてサラサラと心地いい音を奏でる。小川の流れが一定のリズムを刻み、心地よい。のどかで、眠気を誘うような空気だ。
とても穏やかで、これから冒険が始まる空気とはかけ離れていた。
――あの日。
ステラがいなくなってから、胸のどこかにぽっかり穴が空いたように虚しかった。この世界に来ても、現実感もなくて、ステラがいないことだけが息をつまらせていた。
空は明るく、この世界は何故か僕を歓迎している。僕が止まっていても何も変わらない。
あの時みたいに、強く進まなきゃいけない。
「どうしたの?」
ルシエルが不思議そうに覗き込む。
「あぁ、昔を思い出していただけ。大丈夫、進もう。」
「ふふ……昔、ね。そういうの、なんだかいいね。」
ルシエルは少しだけ寂しそうな顔で、遠くを見つめていた。
しばらく歩いていると、目の前に村と門が見えてくる。
アンダンテ村だ。旅に出て最初に訪れる村。
(早くクリアして必ず元の世界に戻る。そして、僕の光であるステラを見つけるんだ。)
グッと拳を握る。その拳には、もう何の迷いもなかった。
二人で村に足を踏み入れる。
アンダンテ村の木製の門をくぐった瞬間、思わず息をついた。
ゲームで何度も見た最初の村のはずなのに、目の前に広がるのは現実としか思えない世界だった。
畑で土を耕しているおじいさんが、空を見上げて呟く。
「今日も世界は、良い調べを奏でているのう。」
(セリフも、ゲームと同じだ……)
僕はやはりゲームの世界に迷い込んだらしい。空気も音も匂いも、どれもリアルすぎる。
広場に出ると、中央にセーブポイントの祭壇が見えた。現実離れした形をしているが、ゲームではよく見た光景だ。
(あの時は、何も疑問に思ってなかったけど。)
恐る恐る手をかざすと、僕とルシエルの体が緑の光に包まれる。
マジかよ。本当にセーブできた。
すると、子どもたちが駆け寄ってくる。
「勇者様だ! かっこいい!」
「僕も大きくなったら、勇者様みたいに強くなるんだ!」
正直僕は子どもの扱いに慣れていない。囲まれて戸惑っていると、おばあさんが出てきた。
「こらこら、勇者様を困らせたらいけないよ。」
「ふふ、人気者だね、優陽。」
隣でルシエルが楽しそうに笑う。僕は気まずそうに微笑み返した。
(懐かしい。けど、やっぱり不気味だ。)
王都ルミエールからここまで歩いた疲労感が体にのしかかる。足は痛く、体は重い。隣にいるルシエルを見ると、ケロッとしていた。
(どうして疲れてないんだよ……)
何気なく手をかざすとピピピ……と電子音が鳴り光る四角い板が出てくる。四角い板には、文字と数字が書かれていた。
……なんだこれ。
優陽
職業:勇者
レベル1
HP:5/20
攻撃2、防御1、魔力1、素早さ2
うわ……低すぎる。これ、村の子どもたちに負けるんじゃないか?初期装備の剣の重さにすら、腕が悲鳴を上げそうな数値だ。
HPバーを見ると赤く点滅している。歩き疲れただけでHPが減るって、どんな仕様なんだ。隣にいるルシエルのステータスも確認してみる。
ルシエル
職業:魔法使い
レベル5
HP:50/50
攻撃20、防御18、魔力26、素早さ15
記憶にあるゲームでは、勇者とルシエルは同じくらいのステータスだったはずだ。しかも、歩いた疲労はHPに反映されていない。
こんなに差があるのは……
僕がプレイヤーではなく、ただの優陽だからか。
背筋がぞわっと冷える。
この先このステータスでやっていけるのか。
「優陽、どうする?武器を揃えに行く?それとも道具屋に行く?」
ルシエルの様子を見ると、ステータスは僕にしか見えていないようだ。何も知らない顔で笑っている。
このまま武器屋や道具屋に行ったら、さすがに倒れてしまう。
体力的に無理だ。ゴクリと唾を飲み込む。
「ルシエル、提案がある。宿屋に行かないか?」
ルシエルは目を丸くして首を傾げた。
だよな、驚くよな。勇者がこんな体力ないなんて想像できないだろう。
ルシエルは、口元に手を当てて答える。
「……なるほど。疲労を回復してから、万全の状態で挑むということか。それはいい戦略だ。」
僕は、ほっと胸を撫で下ろした。
――
宿屋に入り、受付のおばあさんに料金を払う。
今は初期からの所持金があるけど、そのうち魔物を倒したり宝箱を開けてお金を稼ぐしかない。先が思いやられる。
宿の部屋は質素な作りで、ベッドが二つある。
(……よかった、一つじゃなくて。)
僕がベッドに腰を下ろすと、ルシエルがため息をついた。
「ふぅ、さすがに王都ルミエールから歩いたのは疲れたよね。」
「全然疲れてるように見えないけど。」
「ふふ、そうかい?」
ルシエルが帽子を外す。中からさらりと銀の髪がこぼれ落ち、隠れていたポニーテールが揺れた。ゲームの時は帽子を外さなかったので知らなかったが、絹のように細く見惚れるほど綺麗な髪だった。
(……いやいや、ルシエルは男だ。落ち着け、僕……!)
全力で心の中で自分にツッコミを入れて、雑念を振り払った。
「優陽は……ここに来る前はどんな生活をしていたのかい?」
「僕は……えっと」
スーパーでバイトをしていた、だなんて言えるわけがない。そんな勇者いていいものか。
「食材の管理を……」
「へぇ、意外だね。どんな食べ物が好きなんだい?」
「えっと、昆布のおにぎり……」
「おにぎり? 聞いたことがないな」
そりゃそうだ。ルシエルは王に仕える魔法使いだ。きっと食べるものも豪華なものなのだろう。
「私は硬めのパンが好きかな」
「そ、そうなの!?」
「あぁ、何も乗っていない、硬めのパン」
あまりにも質素すぎない? こんな意外な一面はゲームでは見られなかった。こうして会話していると、普通の人間だ。ゲームのキャラクターとは思えない。
しばらく会話をして、横になるといつの間にか眠ってしまっていた。相当疲れていたのだろう。布団に吸い込まれるように……落ちていった。
イラストはルシエルです。




