第十話:二つの音
収穫祭当日。
ミューゼ中の人々が賑やかにはしゃいでおり、笑いながら音楽を奏でていた。色とりどりの飾りや花、そして陽気な音色が合わさって、町がいつも以上に美しく見えた。
その頃、私達は…
「結構人が集まってるな…父さんと母さんもちゃっかり前列にいるし…」
舞台裏からテント内に集まっていた観客を見つめていた私は、母が用意してくれた派手な衣装を着ていた。まるで赤い羽根に覆われたような服で、正直、かゆいし動きづらかったが…まあ、今日くらいはいいか。一応、お祭りなんだし。
「メリルのお父さんはどの辺にいるんだろう……ねえ、メリル。お父さんから何か聞いてない?」
そう言って振り返ると、メリルがゲテアを握りしめたままガクガクと震えていた。彼女の衣装も、私の母が用意してくれたもので、水色の羽に覆われたようだった。
「メリル?お〜い…」
しかし、私の声は全くメリルに届いておらず、彼女は俯いた状態で、ブツブツと詠唱を繰り返していた。
私は彼女に近づき、肩を掴みながら、大きめの声で「メリル!」と言った。
するとメリルはハッと我に返り、「パパいた!?」と言った。
「わからない。ここからじゃ見えなかった」
メリルは「そう…」と言って再び俯き、不安そうにゲテアのネックを握りしめた。無理もない。収穫祭に出ると言ったあの日から、父親とあまり言葉を交わしていないらしい。そして今日、ようやく彼に自分の意志を証明する時が来たのだ。怖いのも当然だ。けれど…
「メリル…私を見て」
私が真っ直ぐな眼差しでそう言うと、メリルはゆっくりと顔を上げ、目を合わせた。
「大丈夫。たくさん練習したんだから。私達二人なら、観客を驚かせられる。もちろん、メリルのお父さんもね」
「でも…私…結局、ガルシャちゃんの音に辿り着けなかった…」
そう、メリルの音は、まだあのアコギのような音のままである。あれから何度も練習を重ねたが、結局エレキギターの音に変化させることはできなかったのだ。
「それでもいいの!今のメリルの音でも輝けるように、ちゃんとアレンジ加えといたから」
そして私はメリルと額を合わせ、彼女の手を握りながら、「私を信じて。メリルにもらった勇気で、私が必ず道を開くから」と言った。
メリルは自信のなさそうな顔で、「パパに…認めてもらえるかな…」と言った。
「もちろん!認めざるを得ないくらい、かっこいい舞台にしよう!」
私がそう言ってニッと笑うと、メリルも小さく微笑んだ。
すると、現在舞台に立っていた楽団の演奏が終わり、そのリーダーらしき人物が、観客の歓声を浴びながら、「ありがとうございました〜!」と言った。
私が「いよいよ出番だね」と言うと、メリルは気を引き締めるように、「う…うん…!」と言った。
「ゲテア、ちゃんと調弦できてる?」
「うん…できてる」
「よし!」私はそう言って、笑顔でメリルの肩をポンと叩いた。「行こう!私達の存在を証明する為に!」
メリルは深呼吸した後、気合の入った表情で、「…うん!」と返した。
舞台の上では、主催者らしき男が次の演奏者を紹介しようとしていた。
「お次は収穫祭初の学生コンビです!一体どんな演奏を見せてくれるのでしょうか!それではご登場いただきましょう!ガルシャ、ア〜ンド、メリル〜〜〜!!」
観客が拍手をし、男がそそくさと退場すると、私達は舞台に上がり、配置についた。どうやら紹介はいらないらしく、ただ曲を披露すればいいとのことだ。私は深呼吸をしながらカラフルなミグモの前に立ち、周りを見渡した。大勢の観客の先頭にいた父と母が、頑張れ〜、と声を上げている。後方にはヘンデルさんとその弟子がいて、一番後ろでボスとミニオンとブヒが思いっきり騒いでいた。もう釈放されていたのか。物騒な見た目に反して、あまり問題を起こしていなかったみたいだ。
そして隅っこの方に目をやると、そこにメリルの父親が立っていた。あの茶色いマントを羽織り、フードを深く被ったまま、まるで警備員のように腕を組んでおり、刃物のように鋭い眼差しをこちらに向けていた。さあ、どんなものか見せてみろ、と言っているみたいだ。いいだろう…そっちがその気なら、こっちも本気でいかせてもらう。デスメタパワー全開で、このテントごと燃やし尽くすくらいの熱いパフォーマンスを見せてやる。
メリルの方を向いてみると、彼女は再び不安そうな顔をしていた。彼女も、父親を見つけたのだろうか。しかし、私と目が合った直後、私の瞳の中の炎に感化されたかのように、彼女はなんとか背筋を伸ばし、勇気を出して私と同時に頷いた。
私は前を向いてスーッと息を吸い、クタを思いっきり振り下ろした。そして、ジャン、ジャカジャン、という、刃を研ぐような強烈な音を発した。その瞬間、まるで衝撃波でも放たれたかのように、会場全体が静まり返った。観客が固まるのと同時に、メリルのアコギの音も入り、私達の音は重なって大きくなった。アコギがエレキギターのメロディを支えるような形の、共鳴を意識したイントロ。だが本番はここからだ。Aメロに入ると、メリルは一旦手を止め、私はクリーンボイスで歌い始めた。
「口を開けば戯言ばかり
頷くだけの日々はもう飽きた」
その直後、私はサッとデスボに切り替えた。鋼のような唸り声が響いている間は、メリルもゲテアの弦を強く押さえ、私が発する電流の連鎖に土台を加えるように、少しくぐもっていながらも鋭い音を奏でた。
「存在感増してく混沌!!
狂気じみた笑み浮かべる!!」
思いっきり唸ると、引き始めていた潮がさらに引いていくように、会場が凍りつくのがわかった。驚きと混乱に満ちた冷たい視線を、肌で感じる。少し顔を上げてみると、メリルの父も、何だこれはというような表情でこちらを見ていた。
「近づいてく不穏な音
黒い波に飲まれていく
攻撃の手段はない!!
絶体絶命の大ピンチ!!」
クリーンボイスとデスボを再び繰り返した後、私とメリルの音は次第に強くなり、サビに繋がるビルドアップとなった。
「それでも立ち上がれ」
クリーンボイスでそう歌い、エレキギターとアコギの音を交互に鳴らすと、私達はサビに入り、再び互いの音を共鳴させた。
「吠えろ!
声が枯れるまで
あの月に向かって
世界の全てが敵になろうとも
目の前の壁をぶっ壊していけ」
そしてデスボだけのパートが始まった。私がイントロの時よりもさらに重たい、刃の雨のような音を発している間、メリルは後ろで高く軽快な音を奏でた。
「破壊力全かァァァァァい!!
狼は屈しなァァァァァい!!
決して倒れなァァァァァい!!
現実から目を背けるな!!
だが立ち止まるな!!
全て打ち砕けェェェェェッッ!!」
次は私のソロだ。稲妻のような爆音の連鎖を会場全体に響かせ、地面が揺れるほどの音波を放った。観客が一切の歓声も上げておらず、楽器もゲテア2本のみだったため、少々物足りない感じはしたが、それでもここにある全てを包み込もうと、必死で音を奏でた。
そしてメリルのソロになると、彼女も一生懸命アコギの鋭く透き通る音を鳴らした。だが、その視線は常にゲテアの弦から観客へ移っており、表情はまだ不安でいっぱいだった。おそらく、父親の顔色を伺っていたのだろう。そんなこと気にしなくていい、集中するんだ、と自分の視線で伝えようとしたが、そもそもこちらの方を見ていなかった。
すると、メリルは最後の音を外してしまい、その顔はパニックにより、一気に青ざめた。もはや観客の方を見る勇気も無くなったようだ。
再び自分のソロを開始しながら、私は彼女にエールを送るように音を奏でた。大丈夫だ。頑張れ。それくらいの間違いは誰にでもある。私だって、初めてのライブでは数え切れないほどのミスをした。まだめげちゃダメだ。メリルならできる。
しかし、そんな音のない言葉は今の彼女に届くはずもなく、出番を待っている間、彼女は明らかに焦っている様子を見せていた。私は歯を食いしばり、念の為、彼女の父親の方を見た。まるで失望したかのように目を瞑り、ため息をついている。どうする…このままでは…
もう一度メリルのソロが回ってくると、彼女は震える手でクタを振り下ろし、恐怖に襲われながらも、体に覚え込ませた音を必死で奏で続けた。彼女の手の動きや、弦を凝視する黄色い目から、その強い思いが伝わってくる。負けたくない。ここで終わりたくない。もっと、輝いてみたい。
そしてようやく、彼女は私の方を見た。目が合ったのはほんの一瞬だが、その間にいくつもの問いが、私に向かって流れてきた。
私、上手くやれてる?
ガルシャちゃんに恥かかせてない?
こんな私でも、輝いていいのかな?
以前、私が抱えていた不安を、彼女の視線から感じ取った。それらに答えるべく、私はニッと笑った。私が怖気付いて、最初の一歩を踏み出せずにいた時、彼女がそうしてくれたように。
怖がらなくていい。きっとできる。この舞台は、他の誰でもない、私達だけのものなんだ。メリルにしか奏でられない音を、今ここで響かせて。
私のそんな思いを受け取った直後、メリルの表情は変わった。その瞳は不安や恐怖ではなく、燃えるような決意と意志を示していた。まるで、彼女の心の叫びが聞こえてくるようだ。
——私も…ガルシャちゃんみたいに…なりたい!!
そしてメリルが思いっきりクタを振り下ろした時、彼女のゲテアから、ギュイーン、という、電流のような音が放たれた。私達は同時に目を丸くし、互いの方を向いた。
今の…音は…!
メリルがゲテアを弾き続けると、電流は小刻みに流れ、繋がって鎖となり、雷鳴のような轟音と化した。私達はその音の誕生に笑みを浮かべた。観客の方を見てみると、彼らも突然の音の変化に驚いていた。もちろん、メリルの父親も。
急展開により、私は歌うのを忘れそうになったが、メリルのソロが終わりを迎えようとしていることに気づき、慌てて目の前のミグモに視線を戻した。
「吠えろ!
叫び声上げて
地平線を越えて
この世の理に縛られんなよ
どんな壁もぶっ壊していけ」
最後のデスボの連鎖が始まる。私とメリルは同時に鋭い音を響かせ、合体した二つの鋼鉄のサウンドは空間全体を揺らした。ああ…これだ。私が望んでいたものは。この煮えたぎるような感覚、胸の奥まで伝わる振動、共鳴するエレキギターの音。これこそが、正真正銘のツインギターだ。デスメタルだ。
「取っ払ってやらァァァァァ!!
限界超えちまおう!!
革命の時だ!!
狼は立ち上がァァァァァる!!
どこへ行こうと何しようと関係ねえ!!
この爪と牙は道を開く!!
全力で吠えろォォォォォ!!」
私とメリルは笑いながら目を合わせ、短く交互に音を奏でた後、もう一度だけシンクロした。そして、ガガガガン、という強烈な音と共に、曲が終了した。




