宴の翌朝
遠くからドアを叩く音がする。がやがやと人の騒ぐ声。しばらくしてから乱暴に鍵を開ける音。普段鍵をかけずに眠るアレクスは、なぜ鍵を開けているんだと、頭の中で不思議に思った。すると、すぐにどかどかと人の足音がして、突然、大きな声がした。
「おい!アレク!これはどういうことだ!」
朝からギュンの声なんて、よくない夢だ。目覚めはもっと気持ちよくなくちゃいけない。アレクスは眠りながら思った。
「何をしている!起きろ!」
引き続き、ギュンの声がする。
夢の中でも、うるさい奴だ。
アレクスは重いまぶたをうっすらと開けた。
馬の尻尾が視界に入る。なんでこんなところに馬の尻尾があるのかと不思議に思ってそれを撫ぜた。馬の尻尾は見たこともない明るい毛色で、つやつやと美しい。ベッドは暖かく、なんとも心地よい。ギュンの声など聞こえずに、このままずっと眠っていられたら、これほど幸せな朝はないのにと、ぼんやり思いながら、アレクスは再び眠りに入ろうとした。
「起きろ」
訓練で聞き覚えた、威厳のある声が部屋に響き渡った。
アレクスは、反射的に起き上がり、上半身を正した。プロガムが主宰する貴族の子弟の軍事訓練は、それは容赦のないもので、アレクス、いや王都中の若い貴族は全員、プロガム当主の号令に従う癖がついてしまっている。
身を起こしてすぐ、アレクスは、自分が何も着ていないことに気づいた。上のみならず、下までも、本当に肌着一枚つけていない。慌てて腰のあたりをシーツで押さえる。
視線を向けると、前には、現プロガム家当主のマルトが、鬼の形相で立っていた。先ほどの号令の主である。隣には、今にも襲いかからんと顔を真っ赤にしているギュン。額に青筋を立てて、剣の柄に手をかけているアイ。黙って静かにこちらを見つめる末弟ユルド。それと、たぶん、レティ付きの侍女が一人。
立っている面々と、部屋のあちこちに施された赤い装飾から、そこがプロガムの屋敷であることはすぐにわかった。だとすれば、あと一人足りない。
アレクスは怖々、自分が先ほど見た珍しい色の馬の尻尾に視線を落とした。
アレクスが上半身を起こした際にめくれたシーツから、女の美しい体の線がはっきりと見えた。アレクスは慌てて、それをシーツで隠す。
シーツをかけられた女は、人の気配に気づき、起き上がろうとした。アレクスはそれを無理やりおさえつけた。このまま起き上がってはまずい。
レティは、隣に座っているアレクスを見て、驚きの声をあげた。こんな慌てたレティを見るのは初めてだ。上半身裸のアレクスをまじまじと見てから、レティは自分が包まれているシーツをこっそり覗き込んだ。状況を把握したレティは、体にしっかりとシーツを巻きつけた。そして、ベッドから身を起こす。
起き上がったレティの前には、険しい顔をした家族が並んでいた。いつもは冷静なレティが、再び驚愕の表情を見せる。開いた口が塞がらないのか、その美しい目と口を大きく開けて、アレクスと家族を何度も交互に見ている。
「これは、どういうことだ」
よく通る厳粛な声が聞く。二人は、ただ、黙るしかない。返ってこない返答を待つ間に、マルトの顔は怒りでさらに赤くなっていく。
「あとで私のところへ来るんだ」
答えない二人に業を煮やし、マルトは、怒りをあらわに部屋から出ていった。マルトを筆頭に、家族全員がきびすを返して去っていく。アレクスとレティは、二人、部屋に取り残された。