- その弐 -
更衣室の女性用と男性用の入口の間に温泉の効能が書かれた看板が設置されている。
腰痛・神経痛・リューマチなどに効くような事が書いてあり、いちばん最後に「延命」と書き記されていた。
パンフレットに書いてあった温泉の名前の由来を思い出して背筋が少し寒くなった。
服を脱ぎタオルを持って温泉に足を踏み入れる。
大きな一つの温泉を竹の垣根で男湯と女湯に区切っており、竹の垣根はそのまま温泉の外周をぐるりと取り囲んでいる。
どうやら男湯にも女湯にも、私の他に人はいないようだ。
月を仰ぎながら少し熱めの湯に浸かると本当に寿命が延びるような気がする。
虫の声をBGMにして、しばし都会の喧騒を忘れる。このまま誰もこなければいいのになと思っていると、
パシャッ・・・
竹垣の向こうの女湯で水が跳ねたような音がした。
人がいたのか?
しかし今の今まで私以外に人の気配は全く感じなかった。
きっと灯りに誘われた何かの虫が温泉に落ちたのだろうと思っていると、
パシャパシャッ・・・
こんどは湯を掻き撫でるような音が聞こえてきた。
どうやら私の他にも誰かいるようだ。
風情を独占めしていたつもりだったので、何か損をしたような気分になった。
しかし一体誰なんだろう?
泊まり客は私の会社の人間だけだし、女子社員はみんな宴会場にいた。
すると、ホテルの従業員か地元の人なのかな?
考えているうちに助平心が芽生えてきた。
長く湯に浸されていた竹は決して真っ直ぐなままではなかった。
水音を立てないように気を配りながら、そっと男湯と女湯の境界に近づいていく。
竹と竹の間から私が覗いた相手は「この世の者」ではなかった。
両の乳房の膨らみを見て取れるので、こちらを向いているのは確かなのだが、その身体には首がなかった。
「ああーっ!?あっ!?うわーっ!!」
「ヒャーッ!」
思わずあげた私の悲鳴に女の悲鳴が重なる。
湯船の縁まで後ずさり、私のではない悲鳴の出所を探す。
女の悲鳴は私の真後ろから聞こえてくる。
振り返ると、まるで幽霊屋敷のデコレーションのように大きな口を開けた女の首が転がっていた・・・。
人が騒ぐ気配で目を覚ました。
私の声が旅館まで聞こえ、従業員達が駆けつけたらしい。
どうやら私は温泉に浸かったままで気絶してしまったようだ。
「あ、大丈夫ですか?お客様?」
意識を取り戻した私を、介抱してくれた従業員の一人が声をかける。
私は飛び起きた。
何故なら、あの女の首があった所に私は寝かされていたからだ。
「あれは何処にいったんだ!?えっ!?」
私の叫びのような問いかけに従業員はキョトンとしている。
「え?・・・あのー・・・。一応なんですけども、お医者様をお呼びいたしましょうか?」
従業員は湯あたりした私が頭を打って気絶したものと判断したらしい。
心配げな従業員の申し出を丁重に断り、少しフラつきながらも自力で旅館に戻った。




