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「めずらしいね、大学以外で練習してるなんて。
しかもスケールをさ……」
ルイは探りを入れるようにそう話しかけた。
カールは弓を手入れする手を止め、振り返る。
そして不思議そうな顔で言った。
「何言ってんだよ。当たり前のことだろ?」
くらり、と一瞬目の前がかすかに揺らいだ。
この部屋に足を踏み入れたときから感じていた違和感が恐れへと変わり、腹の底に沈んでいく。
「あ、そうそう! ルイ、お前に会わせたい人がいるんだよ!」
そんなルイの変化も意に介さず、カール・ツェルニーは楽しそうに言葉を続ける。
「この国を変えてくれるかもしれない人なんだ!
ここ最近、大学の後によくその人の話を聞きにいっててさ……
ルイ、お前も作曲ができるようになるかもしれないんだよ!」
呆然とカールの顔を見つめるルイ。
それでも、『作曲』という言葉にはつい反応してしまう。
「作曲……」
「そうさ! だっておかしいじゃないか、なんでリューリスにばかり表現の自由が許されるんだよ?
あいつらだってただの人の子だろ?
そのくせヴィルトー、いや、国民にはリュールを作れと演奏を命じてる。
なぜリューリス以外が曲を作っちゃいけない? その法律が生まれた理由は?
なんでリューリスじゃない人間が作曲をしただけで国外追放されなきゃならない?
どう考えたっておかしいだろ?」
ばたん! と乱暴にケースの蓋を閉めるカール。
「俺たちは生まれながらにリューリス、そしてランゲ・リューリスに従うことを定められてるんだ。
なぜだ? 法律上立場は同じはずのに!
ヴィルトーだってもっと敬われるべきなんだ!
ヴィルトーがいなけりゃ、リューリスが作った曲を演奏する人だっていなくなる!
リューリスばかり崇められ、特別扱いされるなんて、どう考えたって変だ!
今の国はフェアじゃないんだ!
音楽はもっと自由で、対等であるべきなのに!」
興奮のあまり肩で息をし始めたカールを、ルイは信じられない気持ちで見つめていた。
カールがリューリスをおとしめるような発言をしたことは、今まで一度たりともない。
むしろ楽曲を弾くたびに、その曲がいかに素晴らしいかを嬉しそうに語ってきていたような人間なのに。
「かっ……カール、落ち着けよ! なんか変だよさっきから! どうしたのさ!」
「おかしいのはお前のほうだ!
なんでこんなくだらない決まりを受け入れ続けているんだよ!
万人にとって音楽は自由だ!
それをリューリス達が自分たちの自由を、希少性を、地位を守るために! 2000年もの間俺たちを縛り続けてきたんだ!
だからお前も作曲が許されない! こんな理不尽なことってあるか?
リューリスなんてもの、存在しなきゃいいんだ!
お前も本当はずっとそう思ってたんだろ? なあ!?」
口角泡をとばしながら、指先が食い込むほどの強さでぎりぎりとルイの両肩をつかむカール。
痛みに顔を顰め、ルイは逃れようと身を捩った。
「それは違う! リューリス達がそんな勝手な理由で作曲をし続けているわけがないじゃないか!
あの人たちは音楽と、この国を純粋に愛してるだけだよ!
だからこそあんなに素晴らしい曲が書けるんだ!」
叫ぶように訴える。
こみ上げてくるものが、うっすらとルイの瞳に透明な膜を張った。
「もちろん僕だって曲を作りたい……! 自分の作った曲を演奏したい!
でもそれが許されないからって、リューリスやこの国を憎んだことなんて一度もない!!
僕が作曲をしたいと思うのも、音楽を愛しているのも、あの人たちの曲があったからだから!!
カールもそう言ってたでしょう!? 先生たちの新しい曲が出るたび、いつもそうやって嬉しそうに話してくれてたじゃないか! 一体どうしちゃったんだよ!?」
カールの肩をつかむ手が一瞬緩み、その隙にルイは急いで彼の手から逃れた。
髪の毛が影になり、今の彼がどんな表情をしているかはわからない。
「か、カール……?」
心配そうに名前を呼ぶルイ。
糸が切れたように力なく下ろした手で、カールはゆっくりと髪をかき上げる。
「わかったよ、ルイ……」
そう呟くように言ってルイの顔を見たカールの目は、とても悲しそうで。
思わずルイは彼に駆け寄り、そっと肩に手を置いた。
「オレは……お前の曲を弾いてみたかっただけなんだ……お前の作った曲を、オレのバイオリンで……」
「うん……うん……」
嬉しさと罪悪感の入り混じった感情が、ルイの胸を詰まらせる。
温かい涙がルイの頬を伝った。
「だから……オレは……」
肩に置かれたルイの手を握るカール。
そして、ゆっくり力を込めた。
「絶対にお前を連れて行かなきゃいけないんだ」
涙で濡れたルイの頬が、ひゅっと冷えた。




