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【連載完結】わがまま婚約者で、ごめんなさいね。  作者: 逆立ちハムスター


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 エカテリーナが去ってから一年。

 かつて栄華を誇った王国は、今や地図からその名を消そうとしていた。


 王都の路地裏。泥にまみれた石畳の上で、一人の男がうずくまっていた。

 かつての第一王子、ヴィルヘルムだ。彼の纏う服はボロボロに裂け、自慢だった金髪は汚れで茶色く変色している。


「……腹が、減った……。おい、リンネ! 今日の分の恵みはどうした!」


 彼が怒鳴りつける先には、かつての『聖女』がいた。

 彼女は今、教会の炊き出しの列に並び、冷え切ったスープを一杯もらうために平民たちと取っ組み合いの喧嘩を演じている。


「うるさいわね! 私の祈りでパンが出るわけないでしょ! あの時、あなたがエカテリーナ様を追い出したりしなければ……!」

もはや底辺生活で、かつての崇高な語り口など残している余裕などなかった。


「貴様が誘惑したんだろうが! 私をその気にさせて、公爵令嬢を追い落としたのは貴様だ!」


 二人は、顔を合わせれば罵り合うだけの関係に成り下がっていた。

 結界が消えた王国は、魔物の襲撃と異常気象に見舞われ、農作物は全滅。頼みの綱だったグランバッハ公爵家は、エカテリーナが仕掛けていた「負債の爆弾」によって一夜にして破産し、公爵は発狂して行方不明。王族は借金の形に王宮を差し押さえられ、今やこの二人も路頭に迷う身となっていた。


「……ああ、エカテリーナ。頼む、戻ってきてくれ……。君のわがままなら、何でも聞くから……」


 ヴィルヘルムが虚空に向かって手を伸ばす。

 だが、その手が掴めるのは、冷たい夜風だけだった。彼らが「わがまま」だと切り捨てたのは、この国を繋ぎ止めていた唯一の絆だったのだ。


――――


 一方その頃、バルディア帝国の皇宮は、春の陽光のような祝福に包まれていた。


「エカテリーナ、あまり無理をしないでくれ。君の体は、もう君一人だけのものではないのだから」


 バルコニーで風に吹かれる私を、クロード様が後ろから包み込むように抱きしめる。

 彼の手が優しく添えられた私のお腹には、新たな命が宿っていた。


「あら、クロード様。わたくし、じっとしているのが一番苦手なのですわ。……今朝も、新しく開発した『魔導気球船』の試運転に立ち会おうと思ったのですけれど」


「それだよ。君の『わがまま』な好奇心には、帝国中の騎士たちが冷や汗をかいている。……だが、そんな君だからこそ、私は愛しているんだがね」


 彼は私のこめかみに愛おしげに口づけを落とした。

 帝国に嫁いでから、私の人生は一変した。

 私が提案する新しい技術――魔導による灌漑システム、安価な照明、そして空飛ぶ船。それらはすべて「わがままな贅沢」ではなく、「民を豊かにする奇跡」として称賛された。


 私が自由に振る舞えば振る舞うほど、帝国は豊かになり、クロード様の笑顔が増えていく。

 ここでは、私の「わがまま」こそが正義であり、愛の形だった。


「ねえ、クロード様。あちらの国……いえ、かつて王国と呼ばれた場所はどうなりましたの?」


「……。もはや、語るに及ばないよ。民の大半は帝国へ亡命を希望し、かつての王族は、自業自得の報いを受けている。……君を傷つけた者たちには、一生をかけて『失ったものの大きさ』を噛み締めさせてある」


 クロード様の瞳に、一瞬だけ苛烈な光が宿る。彼は私の知らないところで、徹底的に王国を経済的に、そして政治的に追い詰めていた。

 それは、彼なりの、私への深い愛ゆえの復讐なのだろう。


「そうですか。……それなら、もう忘れてしまいましょう」


 私は、彼の胸に深く顔を埋めた。

 憎しみで時間を浪費するよりも、これから生まれてくる子供のために、どんな「わがまま」を叶えてあげようか考える方が、ずっと有意義だ。


「クロード様、わたくし、わがままを言ってもよろしいかしら?」


「ああ、何だい?」


「今夜は、あなたが作ったお料理が食べたいわ。……皇帝陛下のお手製なんて、世界で一番の贅沢でしょう?」


 クロード様は一瞬目を見開いた後、降参したように笑って私を抱き上げた。


「……ふふ、全くだ。君のわがままには、一生勝てそうにないな。……喜んで。我が愛しき妃殿下」


 空には、帝国の繁栄を象徴するような、雲一つない青空が広がっている。

 かつて「ごめんなさい」と謝った私のわがままは、今、この世界で一番幸せな「ありがとう」に変わったのだ。


 ――わがままな婚約者で、本当によかった。

 だって、こんなにも素敵な未来が、私を待っていたのだから。

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