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バルディア帝国の帝都は、今や空前の活気に沸いていた。
エカテリーナが持ち込んだ魔導技術の特許と、彼女が指揮を執る『グランバッハ新商会』が、帝国の経済構造を劇的に塗り替えていたからだ。
「エカテリーナ、今日のドレスも実によく似合っている。……だが、あまり他の男に見せたくないのが本音だな」
夜会へと向かう馬車の中、クロード様が私の腰を引き寄せ、独占欲を隠そうともせずに囁く。
今日の私は、帝国特産の魔力糸を織り込んだ、真珠のように輝く白銀のドレスを纏っている。歩くたびに微かな光を放つその布地は、私が開発した「環境魔力自己循環型」の最新作だ。
「あら、クロード様。わたくしを帝国の『魔導経済顧問』に据えたのは閣下ではありませんか。広告塔としての役割も、わがままに果たさせていただきますわ」
私はいたずらっぽく微笑み返した。
帝国での生活は、驚くほど充実していた。私の提案は即座に検討され、予算が組まれ、技術者たちは私の言葉を神託のごとく崇める。
「わがまま」と蔑まれた私の先見性は、この国では「国家の至宝」と呼ばれていた。
夜会の会場である大広間に足を踏み入れた瞬間、千の視線が私に注がれる。
だが、その中にあって、場違いなほどに薄汚れた、そして焦燥に駆られた一団が目に付いた。
「……いたぞ! エカテリーナ!」
静寂を破る、聞き覚えのある不快な声。
人混みをかき分けて現れたのは、かつての婚約者、ヴィルヘルムだった。
驚いた。
一ヶ月前まで、あんなに自信満々に私を断罪していた王子は、今や見る影もない。
金糸の刺繍が解け、手入れの行き届いていない礼服。目の下には深い隈。そして、彼の後ろで怯えるように縮こまっている聖女リンネも、以前の輝きを失い、安物のドレスを必死に着飾っているのが見て取れた。
「エカテリーナ! 探したぞ! 貴様、こんなところで何をしている! 早く王国へ戻るのだ!」
周囲の帝国貴族たちが、冷ややかな、あるいは憐れむような視線を彼に向ける。
クロード様が私の前に一歩出ようとしたが、私は手でそれを制した。
これは、私が片付けるべき「ゴミ」だ。
「……おや、どなたかと思えば。王国の第一王子殿下ではありませんか。バルディア帝国の祝賀会に、招待状もお持ちでない方が立ち入るとは……警備の方々は何をしていらしたのかしら?」
「なっ、招待状など、私と君の仲ではないか! それより聞け、大変なのだ! 貴様が結界を壊したせいで、王都は魔力不足でパニックだ! 隣国からの魔石輸入も、なぜか価格が十倍に跳ね上がって、国庫が空になった!」
私は扇を広げ、優雅に首を傾げた。
「それはお困りですね。ですが、結界を『壊した』というのは人聞きが悪うございますわ。私はただ、私個人の所有物をお引き取りしただけ。……それに、魔石の価格高騰? あら、それはバルディア帝国が、市場にある魔石をすべて買い占める契約を私が結んだからに決まっていますでしょう?」
「き、貴様……っ! まさか、嫌がらせのために国を売ったのか!」
「いいえ。これは『ビジネス』ですわ。無能な投資先に資金を注ぎ込むのをやめ、より将来性のある投資先へ資産を移しただけ。……それを世間では『賢明な判断』と呼ぶのですよ、ヴィルヘルム様」
「黙れ! とにかく戻れ! これは王命だ! 戻って結界を直し、商会を元通りにすれば、今回のわがままは不問にしてやる! ほら、リンネも謝ると言っている!」
ヴィルヘルムがリンネの背中を乱暴に押した。
リンネは涙目になりながら、蚊の鳴くような声で呟く。
「……ごめんなさい、エカテリーナ様。私、あんなに大変なことになるとは思わなくて。殿下が、あなたがいない方が国は良くなるって言ったから……」
私は、心の底から呆れ果てた。
彼らは今になっても、私が「許し」を求めていると信じているのだ。
「ヴィルヘルム様、そしてリンネ様。勘違いなさらないで。……私がバルディア帝国へ来たのは、あなたたちへの復讐のためではありません」
私は一歩、彼らに詰め寄った。
私の放つ圧倒的な魔力の波動に、二人が気圧されて後ずさる。
「ただ、単純に、あなたたちを支えるのが『馬鹿らしくなった』だけなのです。……お戻りください、ですって? 笑わせないで。今の私は、この帝国の未来を背負う顧問官。そして――」
私は、後ろから私の肩を抱いたクロード様を見上げた。
彼は冷酷な、けれど私への深い愛を湛えた笑みを浮かべ、ヴィルヘルムを見下ろした。
「――そして、私の婚約者だ。他国の王子が、我が帝国の次期皇后に不躾な口を利くのは、国際問題だと理解しているか?」
「じ、次期皇后……!? そんな、エカテリーナが、帝国の……!?」
ヴィルヘルムの顔が、絶望に染まっていく。
彼が捨てたのは、単なる「わがままな女」ではなく、大陸随一の頭脳と魔力、そして最強の盾と矛だったのだ。
「さあ、衛兵。この無礼な『侵入者』たちを外へ」
「……ああ、そうそう。ヴィルヘルム様」
私は、連行される彼の背中に向かって、最後のご褒美を投げかけた。
「明日の朝、王国のすべての銀行から、グランバッハ公爵家の債権が回収されますわ。お父様が私のサインを偽造して借りていた分もすべて。……せいぜい、その豪華な王宮を売り払って、露天商の片隅で聖女様の祈りでも売って、食いつないでくださいませ」
ホールに響き渡るヴィルヘルムの叫びは、華やかな音楽にかき消されていった。
「……いいのかい? もっとじっくり苦しめてもよかったんだが」
クロード様が、私の髪を一房掬い上げてキスをする。
「ええ。もう十分ですわ。……それよりクロード様。わたくし、少し疲れましたの。ダンスは一曲だけで、あとはバルコニーで二人きりになりたい……なんて言ったら、わがままかしら?」
「いいや、最高の提案だ。……今夜は朝まで、君のわがままに付き合おう」
夜空には、王国では決して見ることのできなかった、満天の星が輝いていた。
私の「わがまま」が、世界を美しく変えていく。
その隣には、私を何よりも大切にする、愛すべき「皇帝」がいた。




