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私、こうして引きこもり女子高生になりました― 澪、ZEBRAとの遭遇」  作者: あみれん


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第5話「やっぱり、いつもの一日が好き」(最終話)

セレスティア王国科学技術省の戦略AIプロジェクトでAffecticsの研究開発者となった澪。


その澪が普通の高校生から引きこもりになる迄のフラッシュ・バック ストーリー。

夕暮れ。

スーパーの袋を両手に抱えて、澪は商店街を歩いていた。

紙パックの牛乳が片方の袋から頭をのぞかせ、カチャカチャと卵のケースが揺れる。


舗道のタイルはところどころ波打っていた。昨日の小さな地震でまた歪んだのだろう。

街路樹の根元には亀裂が走り、オレンジ色のコーンと黄色いバリケードがいくつも立てられている。


「足元、気をつけてくださーい!」

工事の作業員が声を張り上げる。


> 「ったくもう……」


フルーツショップの店主が倒れている木箱を動かしながらぼやいた。

澪はつい笑ってしまい、買ったばかりの卵を軽く持ち上げて見せた。


「この星も成長期なんじゃないですか? 私と一緒ですよ」


店主は「やれやれ」と頭を振りつつも、「澪ちゃんは元気だねえ」と笑って返した。


商店街のスピーカーからはニュースが流れている。

「――本日未明、南西部でプレート移動の影響による群発地震が観測されました。専門家は……」


人々の表情には不安がにじんでいた。

揺れるたびに橋が通行止めになり、補強工事が延び延びになる。コンビニには保存食を買い込む人の列。

ヴァルガードまで続くはずの海底トンネル工事も度々中断している。

けれど澪は、その群衆のざわめきのなかでも妙に落ち着いていた。


> 「私が騒いだところで何にも変わらない」


澪は心のなかでそう呟き、足取りを軽くした。


古びた三階建てのアパートが見えてくる。

外壁は白いペンキがところどころ剥がれ、鉄の外階段は赤茶けた錆をまとっている。

風が吹くたびに、手すりの金属がかすかにきしむ音を立てた。


けれど澪には、そのひとつひとつが愛おしかった。

「最新」でも「完璧」でもない。少し古びて、不格好だけど温かみのある空間。

それは、ZEBRAの無骨なコードにも似ていた。


二階の踊り場に差しかかると、植木鉢を並べた女性が水やりをしていた。

タカコさん。四十代半ばで、落ち着いた雰囲気をまとい、どこか母のようでもあり姉のようでもある人。

小さなカフェを切り盛りしながら、このアパートで暮らしている。


「おかえり、澪ちゃん。今日はたくさん買い込んだわね」

「特売だったんです!」と澪は笑って、袋を軽く掲げる。


タカコさんはいつもと変わらぬ柔らかい笑顔を見せた。

「あなたの食べ盛りは頼もしいわね。でも、ちゃんと野菜も食べるのよ」

「はーい」


その何気ないやり取りが、澪には心地よかった。

大げさな心配ではなく、ただそっと寄り添うような存在。


プレート移動で街全体が揺れている今、このアパートでの小さな日常が澪の安心の灯りになっていた。


部屋のドアを開けると、狭いけれど自分だけの空間が広がった。

テーブルの上には、兄が買ってくれたノートPCと、あのZEBRAが並んで鎮座している。

まるで「最新」と「原始」が同じ場所で呼吸しているみたいだ。


袋を置いた澪は、壁にかけたカレンダーを見上げた。

赤いペンで丸をつけた日付が近づいている。


それは――澪が一人暮らしを始めて一年の記念日。


「……一年か。早いな〜」


兄の経済的な援助のおかげでこの暮らしが出来ている。

アルバイトしていくらか稼いでいるけど、自立するにはまだまだ全然足りない。

両親とはたまにビデオチャットする程度で、話すことはいつも同じ。


たまに、辞めた学校の友人のリンとチャットする。

リンは今年卒業だけど、まだやりたい事が見つかっていない、でも取り敢えずは進学するらしい。

私の事が羨ましい、って言っているけど、私はあまり人の事を羨ましいと思った事が無いから、なんかピンときていない。


窓を開けると、街の音が一気に押し寄せてきた。

工事現場のハンマー音、地震速報を告げるラジオ、通りを歩く人々のざわめき。

心配や不安の色に染まった街の声。


でも澪は、それらを背中に受けながらパソコンの電源を入れた。

画面が光り、無数のコードが走る。


ZEBRAの黒いコンソールは今日も無骨に点滅し、

ノートPCの最新IDEは明るい声で問いかけてきた。


> 「澪さん、今日はどんなプログラムを作りますか?」


澪はにやりと笑った。

「今日はゲーム。ちゃんとアルバイト用のデータも仕上げなきゃ」


社会がどれだけ不安定でも、澪の仮想空間は自由で揺らがない。

引きこもり? いいじゃない。

この部屋から、私は好きな世界をいくらでも生み出せるのだから。


澪は、将来のことなんて考えていない。

進路希望欄は空白のまま。

母の言葉も、ニュースの不安も、世界のざわめきも。


今この瞬間が、澪の世界のすべてだった。

ZEBRAの黒いコンソール、ノートPCの眩しい画面。

そして、自分の手で築く仮想空間の小さな宇宙。


だから澪は知らない。

――自分がいつか、セレスティア王国科学技術省の戦略AIプロジェクトで「Affectics」の研究開発者になる日が来ることなど。

――あの、夢の中の青年と出会うまでは。


澪の瞳が夕陽色に染まる。

……また、いつもの一日が終わっていく。

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