12 付き合うの定義
「それで、一体何があったんですか、我が主様」
ユリーシャが尋ねる。定例会議が終わり、いつもより数段疲れ切っているクレイを執務室に迎え、中から鍵を掛け終わった後でそう尋ねた。他の人に聞かれたらまずい話になりそうだったので、声も若干落とし気味だ。
「何が、とは? 色々あり過ぎて疲れているんだ。仕事に関係のない事であれば、今度にして欲しいんだが」
本当に疲れ切っている声を出すクレイ。実際、彼は疲れていた。心労が大き過ぎた。出来る事なら3日ぐらいは仕事を休みたい気分であったが、この前、仕事を10日ほど放り出したばかりなので、絶対に出来ない事ではあった。
クレイの仕事は多く、その種類も多岐に渡る。貴族というのは、言ってみればその領内の王であり、政治、軍事、人事、その全てに関わってくるからだ。細かく言うのであれば、領内の治安維持、産業振興、災害対策、予算編成、人材配置、防衛強化、インフラ整備、等々……。やる事と考える事は無数にある。それを他者に任せっきりにして人生を謳歌する事も出来るのだが、少なくともクレイには縁のない事だった。
「お疲れなのは見てわかりますけれども」
ユリーシャは心配になって続ける。彼女の雇用主が苦労性なのはもう知っている事なのだが、とはいえ、ここまで疲弊しているクレイを見るのは初めての事だった。
「でもですね、我が主様。その異常な疲れ具合も含めて、私は何があったか尋ねているんですよ。もっと具体的に言うなら、サキ様と絶対何かありましたよね? って私は訊いているんですが」
「…………」
クレイは珍しく黙っている。普段であれば、プライベートだから関係のない事だ、と言っていたところだろう。しかし、今、彼は深刻に悩んでいた。このまま告白していいものかと。サキはそれを望んでなどおらず、今の関係を維持したいと考えている可能性は高いように思われた。それでもなお告白するというのは、ただの俺のエゴではないかと。
ユリーシャはその様を珍しげに見ていた。普段なら絶対に自分の悩みや愚痴を話そうとしない我が主様が、今回はその扉を開こうかどうかで迷っている。余程の事があったんだろうなという想像はついた。放っておいたら、このまま心労で倒れるかもなあ、それはまずいか、と思い、説得を試みた。
「あのですね、我が主様。悩みを人に話すって事は、重い荷物を下ろして休憩するって事と同じなんですよ。ほんの少しだけでもいいので、楽な気持ちになりませんか? 抱え込むタイプなのは知っていますけど、そのままだと体にも心にも良くないですよ」
ユリーシャにそう説かれ、揺れ動いていた心の天秤が若干そちら側に傾いたのか、クレイはとうとう重い口を開いた。
「……実は、サキに」
「はい。サキ様に」
「告白を、しようとした」
「…………?」
ユリーシャが微妙な顔を見せた。1+1の答えが7だったと聞いた時のような顔だ。少し状況を整理する必要があるとユリーシャは思った。
「我が主様。一応、確認の為に尋ねますけど、それは付き合って欲しいって相手に伝える告白の事で間違いないですか? プロポーズではなくて」
「そうだな。それで合っている」
「じゃあ、つまり、我が主様とサキ様はまだお付き合いをしていないって事で合ってますか?」
「ああ、それで正しい」
「…………はい?」
一体、何を言っているのか全然わからなかった。ユリーシャは12歳の時から二人を見ている。どこに行くのも一緒、二人が手を繋いで歩いているのもよく見かけたし、たまにサキがクレイの腕に掴まって歩いたりとかしているのも見ている。アレで付き合ってないっていうなら、付き合うの定義が私にはわからない、とユリーシャは困惑した。
「我が主様、一応尋ねますけど、我が主様が育った地域では、付き合うのに何か独特な風習や儀式があったりするんですか? 魔物の心臓を7つ集めてこないと付き合えないとか、そんな儀式が」
「お前、俺の田舎を何だと思ってるんだ。こっちと変わらないが」
「じゃあ、何で今更告白なんか。もう付き合ってるみたいなものじゃないですか、お二人は。後はプロポーズだけだと私は思っていたんですけど」
その言葉に、クレイは急に沈み込んだ。過去の辛い思い出が色々と蘇ってきたのかもしれない。サキの兄として無理矢理過ごす日々、そんなトラウマが。
「……色々と、事情があってな」
「…………?」
説明後。
あー、なるほどね、と過去話を聞いたユリーシャは思う。まあ、本当に兄として慕っている可能性もあるにはあるのか……。でも、どうだろう、そんな感じには全く見えなかったけどなあ。どう見ても恋人同士の二人だったんだけど。サキ様のさっきの反応も我が主様の事を完全に異性として好きだと思ってる感じだったし。
でも、まあ、とりあえず一旦その話は置いとく事にして、ユリーシャは話の続きをクレイに促した。告白しようとして、どうだったのかを。一体、何に悩んでいるかを。
「告白は、ほぼ九割方言ってしまったんだ。だが、最後まで言えなくてな。後で改めて話すと言った。そうしたらサキは、物凄く不満気な顔をしていたんだ。まるで告白してくるなと言っているかのようにな。だから、それで悩んでいる」
「…………」
ユリーシャは思った。嘘でしょ、この男マジかよ、と。
そりゃ、九割方言ってやめたら、サキ様怒るよ。絶対、告白待ちしてたんだから。当たり前じゃない。最後まで言えよってなるでしょ。何でそれに気付かないのよ。
クレイはまだ何か喋っている。よくわからない事をペラペラと。
「俺としては、告白したいんだ。1%の可能性もないかもしれないが、それでも、このまま何もせずサキの結婚を見る羽目になるのは、耐えられそうにないからな。だが、それは単なる俺の願望であり、言ってみれば我儘だ。サキがそれを望んでいないのなら、あいつの事を本当に考えるのなら、告白をするべきではないとも思えてきてな」
望んでしかいないと思うんですけど? 悲劇の主人公みたいな顔してバカ言うのやめてもらっていいですか? 冗談だとしても全く笑えないんですけど。
「それで……俺は、どうしたらいいと思う。意見を聞かせてくれないか」
「さっさと告白しましょうよ。とっとと。今すぐ。可能な限り早く。一秒でも早く」
ユリーシャは即答した。それ以外、考えられなかったからだ。しかし、クレイはそうは思わなかったようだ。
「……あのなあ、他人事だと思って、そんな適当な事を言わないでくれ。俺が何年サキに片想いしてると思っているんだ」
いや、両想いですって。絶対それ両想いですって。多分、サキ様、ずっと告白待ちしてたと思うから。言ってあげて下さいよ。じゃないと、サキ様、可哀想過ぎるでしょ。
ユリーシャとしては、そんな風に言いたい。言った上で、クレイを蹴飛ばしてでも、すぐさまサキの部屋まで連れていきたい。しかし、それを実行したらどうなるか。サキの想いをユリーシャの口から伝えてしまう事になる。それは流石にどうかと彼女は思うのだった。
サキ様は絶対に我が主様を好きだと思っているんで、安心して告白してきて下さい、などと、そんな風に言われてする告白など微妙でしかない。相手がどう思ってるかわからないから、凄くドキドキしながらも伝えるから価値があるんじゃないのと、ユリーシャは思うのだ。言われた側にしてもどうか。俺の事を好きだってわかってっから、まあ余裕っしょ、みたいな告白をされて嬉しいのか。そうは思わないユリーシャだった。
とはいっても。
どうしたもんかなあ。このまま放置しておいたら、我が主様は世界の終わりまで悩んでそうだしなあ。少しぐらいは背中を押さないとまずいかもなあ。
熟考した上で、結局、ユリーシャは一つの提案をした。
「それなら、我が主様。告白するしないはともかくとして、一度サキ様とじっくり話をしてみてはどうですか。食事にでも誘って。それで良い雰囲気になるんなら、そこで告白しましょうよ。サキ様がそれを嫌がるような素振りを見せたり、すぐに帰ろうとするのなら、一旦、告白はやめればいいじゃないですか」
「…………」
少しの沈黙の後、クレイは一つ息を吸い込み、納得したかのように小さく頷いた。
「…………そうだな。とにかく一度サキとゆっくり話をしてみるか。……わかった。すまないが、使いを頼んでもいいか」
クレイはそう言い、今夜、サキを食事に誘う事を決心した。拒否されるような事がなければいいのだが、とかなり不安に思いながらも。
だが、先に言っておくが、この一件でクレイは二人の神殿騎士とユリーシャを激怒させる事となる。




