11 幸せ7割、困惑3割
サキとお付きの神殿騎士二人は、ユリーシャによって案内され、クレイの屋敷の離れへと場所を移していた。そこは客人用の為だけに作られた、屋敷と比較するなら小さな、だが、中は豪華な部屋が幾つも並ぶ二階建ての建物となる。
その中でも一番豪華でバカ広い部屋、本来は王族が来た時の為に用意されていた部屋にサキは案内された。クレイがその部屋を指定したからであり、クレイからすれば王族なんかどうでも良かったからである。あくまでサキと比較すればの話だが。実際、この部屋が使われるのは初めての事だったので、ようやく日の目を迎えたとも言える。
ちなみに、ハヅキとイリスはサキの部屋の中にある侍従の待機部屋──ベッドが4つにテーブルとクローゼットが二つある、最早待機部屋と呼んでいいかもよくわからない広さの部屋──に二人して住む事を決めた。ユリーシャは他の部屋を勧めたのだが、近い部屋は貴族用の豪華な部屋で平民の二人が泊まるにはバツが悪かったし、普通の部屋は二階にあって一階のサキの部屋からは遠かったので断った。クレイとユリーシャが気を遣ってくれた事には感謝していたが、二人にはそれより気になっている事があった。
ユリーシャが一礼して出ていくと、ハヅキとイリスは荷物を床に置いたまま、急いでサキのもとへと向かった。理由としては、クレイの執務室から戻ってきたサキが露骨に不機嫌そうな顔をしていたからだ。ユリーシャも案内の為に横にいたので、すぐにその理由を尋ねる訳にもいかず、ユリーシャがいなくなった今、ようやく尋ねる事が出来るようになった。
開口一番、サキは言った。
「クレイの馬鹿! 何なの、もう! 信じられない!」
何が起こったのか、そして何で怒っているのか、二人は当然問い質した。返ってきた答えは、想像の遥か斜め上をいくと言うか、二人の予想を軽く飛び越してきた。
「告白されそうになったのに、クレイときたら、それを途中でやめたのよ。私は最後まで聞きたかったのに!」
何でそんな急展開が繰り広げられる事になったのか。二人には全く意味がわからなかった。初手、告白未遂って一体何が。最初は軽く挨拶程度にするわ、とりあえず最初はね、とサキは言っていたはずなのに。二人は更に詳しく、一部始終をサキから聞き出す事になった。
聞いたイリスは激怒した。
「ホント有り得ません! 聞いてるだけで腹立ってきた! 男らしくないにも程があります! そんな、途中で日和るような情けない男なんて捨ててしまえばいいんですよ!」
イリスは激怒していた。必ずや、かの軟弱臆病な天騎士をとっちめねばならぬと決意していた。イリスには今、好きな人がおらぬ。イリスには恋人がなかなか出来ないでいた。イリスは自分の何が悪いのかわからぬ。けれども、女に散々期待を持たせておいて最終的には何もしてこない男に対しては人一倍過激であった。
「もう王都に帰りましょう! ほっとけばいいんですよ、そんな男! こんなところにいても時間の無駄です! さっさと他の人を見つけましょう!」
そんな思わせぶり過激派を見て、ハヅキは思った。
今、帰ってどうするの!? と。
絶対、もう少しで結婚出来るのに! 今、帰る事だけは有り得ないのに! 私の方がおかしいの!? ううん、絶対おかしくない! 聖女様やイリスの方が絶対におかしい!
ハヅキからしてみれば、何でこの二人が怒っているのかが全く理解出来ないのだ。半年かけての計画が何故か初日で終わり、しかも大成功に転がったというのに、何で。喜ぶ事はあっても怒る事など何一つありはしない。話を聞く限りでは、クレイはサキに恋心を持っているのは明らかだし、しかも結婚したいと望んでいるのは疑いようがない。後は待ってるだけで、二人は結婚する事になるだろう。それも大した時間もかからずに。万々歳の結果と言える。なのに、何で怒るの? わかんない、全然わかんない。
とにかく、ここは私がその事を説明しなきゃとハヅキは冷静に二人に語った。一旦落ち着いて考えよう、ね、イリス。聖女様も一回深呼吸して、最初からゆっくり考えてみましょう、と根気強く。こういう事はハヅキの得意技であり、しかもこれまで何回もしてきた事だ。二人を落ち着かせるのにさして時間はかからなかった。
結果。
頬を軽く染めながら、サキは無意識的に長い自分の髪をくるくると捻りながら尋ねた。
「……つまり、クレイは私を好きって事でやっぱり合ってるのよね。後は、私は何もしなくていいのよね? クレイからの告白とプロポーズを待てばいいだけって事よね?」
「そうです。聖女様は待ってるだけでいいんです。おめでとうございます」
優しい声でハヅキが答える。サキは恥ずかしそうに小さく頷いた。
イリスも最初の方はまだ納得していないような顔を見せてはいたが、やがて表情をふっと緩めた後、サキが幸せならそれでいいとばかりに小さく拍手を送った。
「おめでとうございます、サキ様。後は花嫁修業みたいな感じですね。とはいえ、サキ様は男爵夫人になられる訳ですから、御自分で何かするという事はないでしょうが」
「それはそうかもしれないけど……。でも、なんかちょっと気が早くない? 私、まだクレイと付き合ってもいないのに」
そう言いながらも、サキは満更でもない様子だった。気持ち的にはもう付き合っている気ではいた。
「いえ、別に気が早くなんかありませんよ。元々、クレイ様とサキ様の付き合いは長いのですから。交際を始めたら、結婚まであっという間です。クレイ様はもう34歳ですし、結婚を前提にサキ様と交際するつもりなのは間違いないでしょうから」
「まあ、それは多分そうなんだろうけど……」
サキはまた長い髪を人差し指でくるくると巻き始めた。こんなに唐突に上手くいくとは彼女は全然思っていなかったので、反応に非常に困るのだ。出会ってから9年、恋心に気付いてから3年、それまでどれだけアピールしても何もしてこなかったクレイが、いきなり。会いに行った途端に告白をしようとしてくるなんて。事態が急過ぎて気持ちの方が追いつかないのだ。
そんな風に、幸せ7割、困惑3割ぐらいにしているサキを見て、ハヅキが微笑みながら言った。
「聖女様、とりあえず部屋に荷物を出しましょうか。もうしばらくは、ここで暮らす事になりそうですし、少し気持ちを落ち着かせる為にも、他の事をした方がいいかもしれません」
その提案に、サキは素直に応じた。実際、気持ちがふわふわしていて、どうにも落ち着かなくて仕方がなかったからだ。




