アヤックVSサナンダジュ その1
ブライアンがジャスパーの実家に戻っていた頃、サナンダジュ北方ではアヤック軍とサナンダジュ軍が一進一退の攻防を繰り広げていた。
緒戦で自国の要塞3つを落としたサナンダジュだがその後は軍隊を組織すると大軍を北方に送り込み落とされた3つの要塞の近くに戦略拠点を築くとそこから日々アヤック軍に攻撃を加えている。
アヤック軍は落とした要塞の背後、自国からの街道を通じて定期的に食糧や武器弾薬を大量に仕入れサナンダジュの攻撃に対しても激しい攻撃を返していた。
戦争は長期化の様相を帯びてきていた。
「橋頭堡である要塞を死守しつつ隙を見て少しでも良いから敵から領地を奪い取るのだ」
ゲオロギー大帝の意を受けているベリコフ将軍の命令一下、アヤック軍は日々激しい攻撃を加えるが迎え撃つサナンダジュ軍も元々南侵する為に戦力や装備を準備していたこともありそう簡単に自国の領土を渡さない。
「2万の精鋭部隊を全滅させられたと聞いておったがなかなかしぶといの」
アヤック帝国の帝都城の中で報告を受けたゲオロギー大帝がそばにいるベリコフ将軍に言った。
「仰せの通りです。サナンダジュも兵力を整えて前線を張り我が軍の南侵を食い止めております」
ゲオロギー大帝は独裁者にありがちな独りよがりの判断はしない男だった。良い情報も悪い情報もしっかりと受け止める聞く耳を持っている。
「まぁ良い。これから寒い季節になる雪が降り、積もり始めれば我らに勝機が出ようぞ」
アヤックは雪国だ。冬でも訓練を絶やさなかった彼らは寒冷地での戦闘に慣れている。一方でサナンダジュは南侵することだけを考えてきており雪の降らない地方での戦闘を想定した鍛錬しか行なっていない。足元が悪く視界も悪くなる雪の日や下手すれば暴風雪となり急激に気温が下がり体温が下がる中での戦闘経験が無いのだ。
アヤックは自軍の兵士が寒冷地でも十分に戦力になる様に鍛えてきておりそれが今の大帝の自信に満ちた発言に繋がっていた。
「戦闘は一進一退、膠着状態です」
イワンが帝王であるサナンダジュ5世に報告する。その言葉を聞いた帝王が同席しているチャドとラームに顔を向けた。
「イワンが言った通りです。アヤック軍は攻撃はしておりますが彼らは今押さえております要塞から南へは進んではおりません」
騎士団団長のラームが言った。隣に座っているチャドも魔法師団も同様ですという。
「戦力を増やせば取り返せるのか?」
帝王の言葉を聞いたイワンが言った。
「事はそう簡単ではございません」
「どう言う事だ?」
帝王が鋭い視線をイワンに浴びせるが彼はそれには動じず帝王を見ると言った。
「これから冬になります。我が軍は冬季の訓練をまともにしておりません。ここで戦力を増強すれば確かに一時的には優位に立てましょう。ただ雪が降り始めると数はいても兵士の能力が落ちます。雪上訓練を受けていない兵士は戦力にはなりません。アヤックの思う壺でしょう」
イワンの言葉を黙って聞いていた帝王。
「確かにイワンの申す通りだな。我が軍は南侵の訓練はしておったが北侵の訓練は疎かであった。方やアヤックは雪国だ。雪上訓練もしておるだろう。冬季になると分が悪くなるのか」
帝王が言った通りサナンダジュはここ数年はキリヤート侵攻を前提にした訓練をし装備もそれに合わせて作ってきていた。寒冷地での戦闘は想定していなかったのだ。
サナンダジュは大陸中央部に位置しているがその北部は冬には降雪があり雪が積もる土地柄だ。一方でキリヤートと接している南側と王都のある中央部は四季はあるが降雪することはない。
キリヤートは北部州は四季があるがそれ以外の中央部から南部は常夏の土地だ。
そしてグレースランドは南の高地にある関係で北部は常春、中央部は一年中初夏、南部は常夏の気候になっている。北のサナンダジュと国境を接している高い山々の頂上付近には万年雪が積もっているが人が住むエリアには降雪がない。
「ならばどうする?イワン。策はあるのか?」
「おそらくアヤックは雪が積もるのを待っておるかと。そして冬季に大規模攻撃を仕掛けてくるものと思われます。それに対する策としては徹底した守りで冬を越すことを考えるしか策はございません」
そう言ってイワンが考えた作戦とは現在奪われた3つの要塞の近くにある前線基地の背後に冬の間に籠城できる新たな要塞を建設してそこで食い止めるという作戦だ。早い話が引きこもって冬を過ごそうという訳だ。
「幸いにして現在の前線基地から10Kmほど南には小さな渓谷があります。その南側に要塞を建設しそこに大量の武器と食料を持ち込み雪が溶けるまで籠城して守り抜くのです。その間に部隊を再編成し春に大侵攻をかければよろしいかと。一時的にアヤックに領土を奪われますが春に取り返すべく大侵攻をかけることを進言いたします」
戦略家のジザフが死亡した後はイワンが実質的に帝国の戦略家の仕事をしていた。そしてその仕事を始めて気づいたのだがイワンがその方面にも才能があったということだ。帝王はじめチャドやラームもイワンの新しい能力を認めていた。イワンは情報を分析し、それを基に戦略を考えると言う2人分の仕事をそつなくこなしていた。
帝王はすぐにイワンのアイデアを了承し、サナンダジュは前線基地でアヤックと対峙しながら突貫工事で新たに籠城する目的での要塞建設に入った。兵士とその地にいた市民や農民が総出で要塞の建設に従事し、同時に冬を越せる量の食料や水、弾薬がその地に送り込まれることになる。
「南の守備隊も最低限にし可能な限りの兵士を要塞建設に回すのだ。時間がないぞ、急げ!」
チャドとラームの支配下にある魔法師団と騎士団はその殆どの兵士達を北に送り込み前線を維持しつつ後方での要塞建設に従事し、サナンダジュの北部に初雪が降った頃に渓谷の南側に頑丈な要塞を建設し、そこには騎士団と魔法師団から約4ヶ月程の降雪期間に籠城する兵士たちと大量の食料、そして武器が送り込まれた。
南侵に備えて準備していた武器や食料があったおかげで十分な量が確保できていた。さらに皮肉にも2万の兵士が南進する前に全滅したため彼らのために用意していた武器や食料も北方戦線に回すことができた。要塞自体も兵士や住民の協力もあり突貫工事にしては頑丈なものが建設された。




