アヤックVSサナンダジュ その2
ブライアンは王都のイーストシティの貴族区にある自宅に戻ったことをワッツとマーサに伝えるとここでのいつもの生活を送る。午前中は平原に飛んで魔法の鍛錬をし、午後からは自宅でのんびりと過ごす日々だ。
ブライアンと妖精たちに張られている自宅の結界の内側はブライアンの魔力が充満しておりフィル経由で他の妖精たちも姿を隠すことなく思い思い庭の木々の間を飛び、テーブルの上に置かれた皿に山盛りになっているペリカの実を食べて過ごしていた。
「そうか。ブライアンがここ王都に戻ってきおったか」
王城の一室でアーネスト=ホランダー4世、国王陛下が言った。その場にはケビン宰相、マシュー魔法師団長、ワッツ騎士団団長と情報部部長のアレックスがいる。場所は謁見の間ではなくその隣にある国王陛下の会議室だ。魔法師団副師団長でもあるマーサは今日はこの場にはいない。
「当然ながら彼には今のアヤックとサナンダジュとの戦争については我々から彼には一切話をしておりません」
マシューの言葉にそれでよいと頷く国王。ただその後で続けて言った。
「もっともブライアンの事だ。妖精から事情は聞いておるかもしれんがの。まぁよい。今回は我が国には今のところは直接関係の無い戦争だ。彼は当分の間は好きにさせるがよかろう」
その国王陛下の言葉に頭を下げる他の出席者たち。
「ただ我が国に関係が無い戦闘とは言え国家として何もせずに見ているだけという訳にはいかぬ」
ブライアンの事を話していた時とは違って厳しい表情になった国王陛下が言った。
「仰せの通りでございます」
アレックスが情報部に入ってきている情報をまとめあげてこの場で報告する。
「アヤック軍の冬季の侵攻に備えサナンダジュでは奪われた要塞から少し南に下がった場所に新たに要塞を建設し冬場はそこで進軍を食い止める作戦を取る様です」
「雪の中の戦か。我が国の兵士には経験がありませんな」
アレックスの報告を聞いたマシューが言った。グレースランドは常春から常夏の気候の国だ。雪は知っているがその上に立ったことがある者なんてほとんどいない。ブライアンが転移の魔法で山の頂上に飛んでいるが実際彼くらいだろう。ましてや雪が積もった地上で戦闘する訓練はそもそも必要がないものであるし誰も経験したことがない。
「アヤックは雪の戦闘にも慣れていそうだな。サナンダジュはどうだ?」
「正直未知数であります。あくまで推測ですがサナンダジュはキリヤート侵攻、つまり南侵の準備、鍛錬はしてきたものの北の対処については街道の数も少なくまた北の国境近くに要塞を構えていることもあり雪の季節の戦闘に備えた鍛錬はほとんどしてこなかったのではないかと思われます」
国王陛下の問いかけに答えるアレックス。
情報部部長の話を聞いて、だからこそこの時期に要塞の南に更に防衛戦を張っているのだとここにいる参加者が理解する。
「アヤックが南の防衛戦を突破する可能性は?」
今まで黙ってやりとりを聞いていたケビン宰相がアレックスに聞いた。
「今は分かりませんとしか言えません」
「んむ。回答することが難しい質問だったな、すまない」
自分で問いながらも謝罪する宰相。
「引き続き間諜を使って様子を探ってくれ」
そう言った国王はマシューとワッツに顔を向けて言った。
「今は不確定要素が多いが考えるパターンを2つに絞ろうぞ。北部の防衛戦でアヤックを食い止めるケースと防衛線を破られるケースだ」
「我が軍の立場から申し上げますと防衛戦で食い止めてもらった方が助かります。万が一防衛戦を破られるとそのまま帝都まで敵が襲いかかる可能性がありそうなると対岸の火事では済まされません」
「マシュー師団長の仰った通りです。防衛戦で食い止めると戦争は長期化するでしょう。あの両国のこう着状態が続いた方が我が国にとって有利になります。戦費を消耗すれば他国に構う余裕などなくなりますから」
マシューとワッツの言葉に頷く国王陛下、宰相とアレックス。サナンダジュとアヤックの消耗戦がグレースランドそしてキリヤートにとっても最も望ましい展開だ。戦争の矢面に立たされていたキリヤートはそれを切望しているはずだ。
引き続き情報を集めて定期的にこのメンバーに報告するということでこの日の打ち合わせは終わった。
彼らが王城で打ち合わせをしている頃、マーサはブライアンの自宅を訪ねフィルから魔法の指導を受けていた。
『いい感じだよ。魔力も以前よりもずっと増えているし威力も出てきた。そのまま続けたらまだまだ伸びるよ』
「だそうだ」
フィルの言ったことをマーサに伝えると彼女の頬が緩む。転移の魔法についても最初の頃よりもずっと距離が伸びていた。そして以前は3回が限界だった転移も今では距離を伸ばしたまま5回はできるまでになっている。
「魔法騎士団の鍛錬より妖精のフィルに教えてもらう方がずっと身につくわね」
庭に置かれているテーブルに座ったマーサが言った。フィルはそのテーブルの上に置かれているペリカの実を1つ取ると指定席のブライアンの左の肩に座る。
『妖精が教えているんだよ。当然よ』
「しかも女王様だしな」
ブライアンがそう言うとその通りと真っ赤な口でドヤ顔をするフィル。ブライアンは今の言葉をマーサに言いながらフィルの口元をタオルで綺麗にする。他の妖精達もテーブルに集まってきて思い思いにペリカの実を口に運んでいる。そして例によって何体かの妖精がペリカの実を両手で持ってブライアンにどうぞと差し出してくる。ありがとうと言ってそれを口にするブライアン。こうやってテーブルの周りに妖精達が集まってくるのを見るのがマーサの癒しの時間になっていた。
「皆気を使ってくれていて北の戦争の事は話題にしないんだけどまだやってるんだろう?」
紅茶を飲んでいるマーサに顔を向ける。一口飲んだ紅茶の入っているカップをテーブルに置いたマーサ。どこかのタイミングでは言わないと思っていたがブライアンが気を利かせて聞いてくれた様だ。
「ええ。アヤックが南に侵攻してきた。サナンダジュはいくつか要塞を取られたみたい。ただその後はサナンダジュも軍を北方に送って今は膠着状態みたいなの」
なるほどと頷くブライアン。
「これから冬になるとあの辺りは雪が積もるのよ。おそらくアヤックは冬の雪の季節に大規模な攻撃をしかけてくると見ているの。サナンダジュがどこまで耐えられるか。彼らは雪上での戦闘経験がないんじゃないかっていうのがここの情報部の見立て」
「雪の上での戦いか。動きにくそうだな。となると一気にアヤックが押し込んでくるのかな?」
マーサの話を聞いたブライアンが言った。マーサによるとどうやらサナンダジュは冬の間は攻めずに守りに徹する作戦の様だという。
「どうでしょう。サナンダジュは雪上での戦闘は慣れていないとはいえ戦場は自国の中だし、それにキリヤート侵攻を随分前から準備していて物資や武器、弾薬は豊富に持っているらしいの」
『火の魔法で山の雪を溶かしちゃえばいいんじゃないの?』
やりとりを聞いていたフィルが言った。その言葉をマーサに伝えた後でブライアンはフィルに言う。
「その発想は妖精だからできるんだよ。普通の魔法使いじゃ山や谷の雪を溶かせて雪崩を起こすなんてできないよ。まずその場所に近づくことも無理だな」
フィルを窘める様に言うブライアンだが、
『ブライアンなら簡単に出来るわよ』
とフィルは涼しい顔をして言う。
「出来るかもしれないけどさ、よその国同士の戦争にまでこっちから自ら出向いて行く気はないよ」
やりとりを聞いているマーサ。確かに目の前に座っている妖精と一緒にいる魔法使いなら北の国境の山に飛んでそこで強力な火の精霊魔法を撃って雪崩を起こすこともできるだろう。でもそれが出来るのは彼だけだ。それに彼も言っているが今の所戦争はグレースランドと関係のない話だ。
彼はできるだけ巻き込まない。それが国王陛下の意向でありワッツやマシューも国王陛下の考え方に完全に同意していた。




