第090話:適合者への問い
エルフとして数百年の時を生きてきたエルフィラにとって、これほどの存在と対峙したのは初めてだった。
神話の魔獣――『陽炎の神鳥』。
その神々しくも禍々しい威容に圧倒され、本能的な恐怖に呑み込まれそうになる。だが、それでも彼女の心を奮い立たせていたのは、恐れることなく神獣へ挑み続ける『紅蓮の絆』の面々の背中だった。
ルインと息を合わせ、プラチナ・チックたちの激しい熱線攻撃を何とか凌ぎ続けてきた。
しかし、突如として巻き起こった神鳥の爆発的な魔力の高まり。大地を震わせる鳴動。そして天を埋め尽くした、天災級の破壊力を秘めた噴石の流星雨。
エルフィラは思わず、後方で防御結界を維持するアリアへと視線を向けた。
しかし、そこにいたアリアもまた、あまりに超常的な光景を前に言葉を失っていた。
(――これは、さすがに厳しいかもしれないわね……)
轟音とともに視界を真紅に染め上げながら迫り来る灼熱の流星雨。
エルフィラは最悪の結末を覚悟し、静かに目を細めた。
そして――。
破滅の塊が一行の頭上へと降り注ごうとした、その刹那。
――ズガァァァァァッ!!!
突如として、一行の頭上の空間そのものが巨大な刃で切り裂かれたかのように断裂した。
漆黒の亀裂となって広がった絶対的な虚無。
そこへ降り注いでいた灼熱の噴石が、吸い込まれるように次々と消えていく。
世界を押し潰そうとしていたはずの流星雨は、衝撃も爆音も残すことなく、すべてステラが開いた亜空間へと呑み込まれてしまった。
「な、何が起きたの……!?」
エルフィラは激しく動揺した。
つい先ほどまで世界の終わりのように降り注いでいた噴石が、一瞬で消え去ったのだ。
そして、その信じ難い現象を引き起こした張本人であろうステラへと、驚愕の視線を向けた。
⸻
『なっ!? この力は……っ!? ……まさか貴様は!』
火山が不気味な噴煙を上げる中、神鳥は激しく動揺していた。彼らを圧殺するはずだった全力の攻撃が、一瞬で無に帰されたのだ。
神話の魔獣は、己の力を否定したステラを強烈な警戒心とともに睨みつける。
「さあ、仕切り直しね」
対するステラは、何事もなかったかのように微笑んだ。亜空間から白銀のロッドを取り出し、優雅な動作で構える。
そして、幾重もの巨大な氷壁が空中に展開された。
神鳥の背後ではなお火山の噴火が続いている。
だが、あまりの衝撃に動揺したのか、神鳥はすぐには次の広域攻撃へ移れないようだった。
「な、なあキリカ……今、何が起こったんだ……?」
「わ、わからない……! でも、信じられない……!」
ガルクとキリカは呆然と空を見上げる。
ルインとアリアも顔を見合わせた。
「とんでもないものを見ちゃったね……」
「ええ……本当に……」
二人は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
⸻
だが、戦いはまだ終わっていない。
神鳥は再び炎の翼を大きく広げた。
『想定外ではあったが……シトリー様の命に変更はない!』
己に言い聞かせるようにそう叫ぶと、神鳥はリィンへ向けて急降下を開始した。
同時に、身体の炎を凝縮した高熱の火焔弾を無数に放つ。
だが――。
ステラがロッドを軽く振るう。
空間に無数の氷の矢が出現した。
氷矢は火焔弾へと正確に飛来し、そのすべてを空中で撃ち落としていく。
轟音と爆炎。
しかし、一発たりともリィンたちには届かない。
『我が火焔を、これほど容易く……!?』
神鳥が驚愕した、その瞬間。
「――シッ!」
アイラが鋭く踏み込んだ。
神鳥の懐へ飛び込み、渾身の魔法剣を振り抜く。
放たれた真空の刃が、燃え盛る神鳥の身体を真っ二つに切り裂いた。
「――終わりですっ!!」
その隙を逃さず、リィンが飛び出す。神具『メルクリウス』を大上段から振り下ろした。
狂おしい紫電が、両断された神鳥の核へと炸裂する。
『オ、オオオオオオッ……!』
神鳥の身体を雷光が駆け巡る。
崩れ落ちる炎の身体。
それでもなお、黄金の双眸はリィンを睨みつけていた。
そして次の瞬間――。
神鳥の巨体は眩い光となって砕け散った。
後には、一際巨大な赤色の魔石だけが残されていた。
⸻
神鳥の消滅と同時に、その魔力によって維持されていたプラチナ・チックたちも霧散していく。
残されたサラマンダーたちも主を失い、統率を失った。
そこへアイラたちの追撃が容赦なく叩き込まれる。
やがて最後の一体が倒れ伏した。
火山の不気味な鳴動だけが遠くに響く。
こうして、火山層の守護者との死闘は完全な終結を迎えた。
⸻
「……終わったな。本当に死ぬかと思ったぜ」
最後のサラマンダーを倒したガルクが、大きく息を吐いた。
「ええ。今までの迷宮攻略で、一番激しい戦いだったわね」
キリカも疲労の滲む笑みを浮かべる。アリアはすぐさま高位治癒魔法を展開した。柔らかな聖光が一行を包み込み、火傷や傷が次々と癒されていく。
「……やはり、ここにもあったわね」
ステラが前方を見つめながら呟く。
神鳥が消え去った岩壁の奥。
そこには第四層へ続く巨大な石扉が現れていた。
そして、その傍らには古びた石板が静かに佇んでいる。
「ステラ、何があるというの?」
エルフィラが問いかける。
ステラは石板を見つめたまま答えた。
「――魔女シトリーからの伝言よ」
その言葉に全員が反応した。
「魔女だと……!?」
「何それ、格好いいけどちょっと怖いね!」
ガルクとキリカが勢いよく立ち上がる。
「これはリィンにだけ反応する仕組みになっているの」
ステラは隣のリィンへ優しく微笑んだ。
「先ほど神鳥が口にしていた『適合者』という言葉とも、深く関係しているのでしょうね」
リィンは緊張した面持ちで頷く。
そして、一歩ずつ石板へと近づいていった。
リィンの入場証が一定距離まで近づいた瞬間――。
石板が脈動するように赤黒く輝いた。
何もなかった石の表面に、まるで刃で刻み込まれるかのように文字が浮かび上がっていく。
⸻
『――土は生命を育み、生命は星を仰ぐ。』
『汝に問う。力の継承者か、それとも災厄の運び手か。』
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静かに浮かび上がったその言葉。
リィンとステラ。
そして言葉を失った冒険者たちは、その謎めいた文字をただ見つめることしかできなかった。




