第026話:動き出す影
「――この巨人兵の残骸は、明日、特注の荷馬車で王都『ルアス』へ移送する」
バッカスが重々しく口を開いた。その視線は、解析魔導師たちが書き連ねた速報の羊皮紙に落とされている。
「あんな厄介な代物をこの街に置いておくのは、リスクが大きすぎる。だが、輸送路に奴の『同胞』が現れないとも限らん。本来ならカイルたちに任せたいところだが、彼らがいなければ今のオニキスの防衛は立ち行かなくなる」
バッカスは顔を上げ、リィンとステラを真っ直ぐに見据えた。
「ステラ、リィン。お前たちに巨人兵の護衛と、王都ギルド本部への親書の手渡しを依頼したい。受けてくれるか?」
リィンとステラは顔を見合わせた。王都へ出発する準備をしていたし、また、あの巨人兵の不気味さ、そして「魔石に還らない」という異質さを肌で感じていた二人に、断る理由はなかった。
「分かりました、ギルド長。責任を持って送り届けます」
「ええ。もともと王都で調べたいこともあったから、ちょうどいいわ」
リィンの力強い返事と、ステラの承諾。二人は正式に護衛依頼を引き受け、王都ルアスへと向かうことになった。
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アズール王国の遥か遠方。地図にも載らぬ深い断崖の底に、その拠点はあった。
冷涼な空気の中、無機質な魔導光だけが室内を照らしている。中央の円卓を囲むのは、奇妙な仮面をつけた数人の男女。彼らの前には幾重もの魔力回路が浮かび上がり、各地の観測データを淡々と映し出していた。
「オニキスへ向かった『ポーン』が沈黙したか」
低く、抑揚のない声が響く。
「やはり『エリュシオン』の一部封印が解除されたのは事実のようだ」
回路図の一部が、禍々しい深紅に染まっている。
「神具の気配も強まっている。『適合者』が動き出したようだな」
「フフ……良い。神具が集まれば集まるほど、我らが悲願――『世界の再構築』は現実味を帯びる」
仮面の奥で、暗い欲望に満ちた瞳が光る。
「新たな駒を投入せよ。次はあのような鈍重なものではない……『遺産』の力を注ぎ込んだ捕縛者を」
「……それよりも、まずはポーンの回収が必要ね。余計な情報は与えないことよ」
「それもそうだな。……新世界の黎明を妨げる羽虫どもに、正義の鉄槌を」
暗闇に溶ける不吉な笑い声とともに、悪意の意志が、王都を目指すリィンたちの背後へ音もなく忍び寄ろうとしていた。




