24.ごめんね
先ほどまでは、情緒不安定に泣いていたエレナ様がいた為にそちらに気を取られていたが、私は急にアレクシス様と二人きりにされたことに気づいた。勝手に気まずい気持ちになりアレクシス様の方を見られず、エレナ様が去っていったドアをぼんやりと見つめる。
「さて……。マリアンナ、とりあえず、……こちらを向いて」
アレクシス様の言葉に、私は小さく深呼吸をして、ゆっくりと淑女らしく振り向く。
そこには、理知的で冷静な青い瞳が、私をじっと見つめていた。
「……マリアンナ・ロッテンクロー」
私も、背筋をピンと伸ばして、覚悟を決めてアレクシス様と目を合わせる。
……さすがにもうここで断罪はないと思うので、何の覚悟か分からないけれど。
「はい、アレクシス殿下」
……もしかしたら、王族専用休憩室で聞いた『味方』はやっぱりエレナ様に言っていて、私にはやはり王城から出ていって欲しい、ということかもしれない。そうしたら、私には拒否する権利はない。もしそうだったとしても、元々、城にお世話になるつもりはなかったのだ。元の状況に戻るだけ。寮に入れば良い。
この期に及んで、傷つかないよう支離滅裂な心の逃げ道を作る気持ちと、アレクシス様の『マリアンナの味方』を信じたい、という気持ちがせめぎ合っている。
「……申し訳ないことをした。事情を知らせず、欺かれ陥れられているような状況を作った。辛い思いをさせてしまった」
紡がれたのは、思いもしなかった——謝りの言葉だった。
「……傷つけてごめんね、マリー」
「アレク……いいよ」
眉尻を下げ今にも泣いてしまいそうな表情で、真摯に謝罪の言葉を口にし、まるで子供の頃に戻ったかのような口調に愛称で呼ばれ、思わず私も、同じような調子で返事が口をついて出る。
そして、流れで昔と同じように、横を向いて頬を向ける。
「マリー……! ありがとう。今でも僕に、頬への口づけをねだってくれるんだね……!」
「……あ! つい! 昔の癖で……! そんなつもりはなかったの!」
昔、よく遊んでいた頃、アレクシス様が大好きだった私は、王城の庭園をアレクシス様が探索するのに無理やりついて行ってこけたり、アレクシス様が私をからかったりして幼い私が泣いてしまったとき、さっきと変わらない顔で謝ってくれた。
そんなとき、私は必ず「ほっぺに口づけしてくれたら許してあげる」と言うのがおきまりだったのだ。
「そう言わないで。ほら、ごめんねの印に」
恥ずかしさに、顔に熱が集まるのを感じる。
そして、アレクシス様の秀麗な顔がどんどん近づいていき、ちゅっと軽いリップ音と共に、私の頬に口づけを落とす。
「!! ……! …………許してあげる……。」
ますます顔が熱くなるのを感じながらも、アレクシス様とのお決まりの言葉を小さく呟いておく。
「ありがとう、マリー」
私ちょろくない? なかなか性質の悪いドッキリだったよ? 流されてない? と思ったけれど、アレクシス様の嬉しそうな顔を見たら、それもどうでもよくなってしまった。
熱くなった顔を手で仰ぎながら、詳しい事の顛末を聞く。
「つまり、王妃様とロザリア様は、最初から知っていて、私の為に一緒にいてくださった、ということですか?」
「そうだ。君の為でもあるが、何より敵の尻尾を掴む為にね」
リントン男爵は、色持ちの親、という立場だけに満足せず、エレナ様を使ってマリアンナを蹴落として娘を王太子妃にし、王家の縁者となり甘い汁を吸おうとしていた。
エレナ様は、男爵令嬢で、王太子妃になるには身分が足りない。しかし、色持ちに生まれた、というだけでそれは覆され、王家に嫁ぐ可能性が充分に出てくる。そのため、無茶な野望、というわけではない。
それだけ「色持ち」は国にとって重要な人材、ということである。密かに調査を行った結果、その「色持ち」を保護する者として、不適当とみなされ、今回の男爵の奸計に乗っかり王家が正当な理由でエレナ様を保護する運びとなった、ということである。
「……表向きはね」
「表向き……ですか?」
そういえば、エレナ様もさっき、リントン男爵も誰かの指示で動いているようだ、と話していた。
「つまり……今回の事件、男爵の企てが全てではなく……裏には、組織立った黒幕がいる、ということ?」
「そういうことだね。国家の転覆、叛逆を狙っている、と我々は踏んでいる」
内密にね、と続けるアレクシス様は、今回のことも本当は、私にも事前に計画を話したかったが、王妃様や他の者から反対された、と言っていた。
計画が万が一漏れたとき、真っ先に疑われるのは私であり、まずは私がその黒幕の陣営と繋がっていない確証を得て示すことが優先されたらしい。確かに私は、エレナ様への態度と言い、ここ最近は信頼されるような言動ではなかったし……あらかじめ言われて、上手く振る舞えた自信もない。自分のことでいっぱいいっぱいだった。
「そんなこと、誰が……。でも、本当に私にこんなこと話して良かったのですか?」
自分でも、前世を思い出す前の自分には到底話してしまっていいとは思えない。一応私を保護する立場の我が父もろくでもないやつだ。
「うん、あんまり良くはない。正直、これを君の御父上に知られると困る。だから、私から君を離すわけにはいかなくなってしまったね」
「え……?」
勝手に話しておいて? いや、聞かせてもらった方が私としても自分で気を付けられるけれど……。
「じゃあ……次は君の番だね」
「え?」
何が? 私の番?
「ストーリーとか、強制力とか、エレナ嬢と何の話をしていたの?」
あ、その話、聞く? なかったことになったんじゃなかったんだ?
なんとか誤魔化そうとしたけれど、結局、荒唐無稽な話を全部喋らされました……。
他の誰にも言わないこと、正気を疑わないことを約束して。
それでもこんな話信じてくれるはずがないと思いながら話したが、アレクシス様は「さすがに理解してのみ込むまで、時間がかかりそうだけど……マリアンナの話なら、もちろん信じるよ」と言ってくれた。
それと、
「ありえない。そんな風に追い詰められるまでマリーを放っておくなど……なんて愚かな……。……マリー、辛かっただろう? その記憶……? を思い出した時に、一緒に悩んであげられなくてごめんね。……本当に、ごめんね。一人で抱え込ませてしまって。僕がもっと……いや、言っても仕方ないよね。……ごめんね」
と、物語の中の自分に、ショックを受け、そして、アレクシス様のせいなんかではないのに、今の自分を責めた。
こんな与太話とも思える話を、アレクシス様なりに真剣に受け取ってくれたのが伝わって、安堵のあまり、少し泣きそうになってしまった。
そしてその後、リントン男爵は男爵位を取り上げられ、不正に稼いだ金もあるということで一旦財産は差し押さえになり、エレナ様は王家が後見人となって、寮から学園へ通う事となった。
エレナ様が寮に入っていいのなら私も寮へ入ると改めて言ったが、ここでまたアレクシス様と一悶着があった。
「離れないって言ったよね? マリーが寮に入るなら僕も寮に入るよ。でも、色持ちが三人とも寮に入るとなれば、寮の警備を施設ごと見直さなければならないな。エレナ嬢一人だったら、護衛を置くだけにとどまるけれど」
と言い出し、マリーが行くなら僕も行くと譲らないため……結局、私だけ王城暮らしが続くのであった。
誤字報告をしてくださった方、ありがとうございました。




