無礼講の打ち上げ
袋手財閥が経営していた違法カジノと闇オークション。
翌日の時点で関係者が続々逮捕されているというニュースが流れる中、瑠璃達は店を貸し切りにして好きなように飲み食いしていた。
「ぐ、っはぁー!」
真昼間から注文したビールを一気に飲み干した瑠璃は、ここ最近でも見ないレベルの吹っ切れた笑みを見せる。
「いやあ良いなこういう気分で飲めるってのは! 薊、ビールお代わり!」
「瑠璃は一杯だけにしておきなさいよ。はいお冷」
「えー、何でだよー」
デスマーチで疲れ果てたり、思想が根本的に理解出来ない悪党の尋問でメンタルがスレている時の瑠璃とは違い、今の瑠璃は本気で気が緩んでいるようだった。
空になったビールジョッキの持ち手部分を掴んだままテーブルに頭を預け、へにゃりとした笑みを浮かべているのがその証拠だ。
甘えるような語尾の伸ばし方をしているのは、気の緩み以上に酒の力だろうか。
「何でも何も無いでしょ。瑠璃ってばお酒弱いんだから」
「そうなノカ?」
「ビール二杯目を飲んだ時点で酔って寝るわ」
「ウワ」
わりと強めの酒を先程からくぴくぴと、小さいコップだというのに手酌によってまあまあのペースで進めていっている陳霞は口の端を引き攣らせた。
様子を窺う限り、表情にあまり出ないだけ、というわけでも無さそうだ。
どうも陳霞の方は酒に結構強いらしい。
「というかいきなりの貸し切り宣言だったから仕込みとか忙しくて詳しく聞けて無いんだけど、この打ち上げどういう事? 誰かの結婚でも決まったとかじゃないとこんなテンションにならなくないかしら?」
「そうか? 良い事あった時、んでもっていっちょ吹っ切れるか! まあ今だけ今だけ! ……って時にはこうなるもんだろ」
他のテーブルについていた誠二はそう言ってビールを半分程減らしつつケラケラ笑う。
しかし、良い事?
「……ニュースを見た感じ、そして巻き込まれたりのアレソレで現場に居た身としては、また怪盗塩犬にしてやられた、って感じに見えたわよ? そりゃ悪人が捕まるのは良い事だけれど、いつもならその前提があっても増える仕事や逃した怪盗塩犬についてまあまあ落ち込んでたじゃない?」
そもそも、
「ここ最近、怪盗塩犬が出た後はそのあとの処理に忙しくて中々うちの店にも来れなかったのに」
「今回もしてやられはしたさ」
お冷をちみちみと、それこそ舐めるように飲み始めた瑠璃が言う。
お冷の水面が揺れるのを眺めるようにしつつ、彼は目を細めた。
「が、正直に言ってスカッとした」
「そんなちょっと前から創作界隈で流行ってるざまぁ系みたいな……」
「それについては知らんが、何で警察が違法カジノを黙認しなければならないのか、とは思ってたからな。加えてそこの護衛をやらされたとなれば、関係者ほぼ全員をしょっ引けたのは幸いだぜ」
思わず昼間から飲んじまうくらいにはな、と瑠璃は肩をすくめてお冷の入ったコップを掲げる。
うん、折角の打ち上げなのにビール一杯で打ち止めにしたのは申し訳ない。
……でも、瑠璃ってば本当、ビール二杯目から寝落ちしちゃうし……。
一杯目で早くもぐでんぐでんになる雷那よりはマシだが、それでも弱い方なので店側が制限するしかないだろう。
いや本当、意外なメンバーが酒に弱いというか。
……雷那って人間性にちょっと難があるってだけの完全無欠系だと思ってたから、お酒に弱いっていうのは驚きだったわ。
借りて来た映画を見るついでにと一緒に飲み始めたのだが、一杯目から雷那が酔ってしまった。
火和良は一見すると弱そうなのに意外にも強かったので油断していたが、まさか雷那の方が弱かったとは。
……火和良の場合、一応バーテンダーとしてお酒を扱う事が出来るくらいには飲めるものねえ。
なんならカクテル作る練習の際に軽く飲んでみて味のバランスを確認する事が可能なくらいには飲めるのが火和良である。
何なんだろうこのギャップ。
「そもそも違法カジノが当然のように経営されてたのが頭おかしいわけですからね!」
「いやはやまったくその通りだ、杉綿。確かに大量のお金が動く場ではあれど、だからといって許容していてはずるずると嫌な関係が築かれてしまう」
「根深くなり過ぎる前にどうにか出来たのは幸せだね」
菊、勲、紫がそれぞれ酒を飲みつつ笑い合う。
うちの店は飲み屋じゃないのでビールとワイン、あとは梅酒と果実酒が幾つかと、日本酒二種類で焼酎一種類しか在庫が無い。
しか無いとか言いつつ普通のカフェにあるまじきラインナップな気はするが、コレに関しては私個人の好みも入ってるので致し方なし。
……日本酒に関しては料理にも使うし、うん、仕方ないわよね!
あと私はまあまあ酒に強い方なのでそれなりに飲むというかなんというか。
何より私の得意料理は和食とか名前が無い余り物料理だったりするので、結果的に酒に合うツマミになりやすいというか。
で、メニューに無いのに和食頼んだ常連さんがお酒も飲みたいって言うので出す、という。
結果的に売り上げになっているから良いけれど、カフェの定義を見失いそうだ。
宗教が色々とごた混ぜな日本なのでわりかしセーフな気もするが。
「とはいえ、まさか緊急招集されるとは思ってなかったがな。もう完全オフのつもりで酒を入れてたから流石の私も焦ったぞ。迅速にと言われたから必死になって駆け付けて周囲を包囲する組に参加したが」
「そういや白獅子、お前あの時どういう言い訳したんだ? 俺様は「運命の出会いが無かったから」って言って休んだけど」
「お前も大甘菜も大概だったが、白獅子は白獅子で「変な男に告白されてナイーブな気分だから」なんてふざけ切った理由っていうな……」
「俺も変化もしっかり出勤したというのに貴様らときたら……!」
薄雪と小紋がケラケラ笑っているのに対し、七と宵色はこめかみに青筋を浮かせながらコップを握り締めていた。
割らないかちょっと心配。
「やりたくない事をするのも仕事だとは思うけど、やりたくない上に仕事としてカウントされないだろう事するのは違うと思うしねー」
「お、良い事言うじゃねえか大甘菜! その通りだよなあやっぱ! そもそも警察としての仕事と明らかちげーし!」
「ちげーしではないぞ立麝! 警察としてその仕事が与えられたのであれば全うする! それが警察として、社会人として、そして大人としての責任ある行動だろうが!」
「でも子供に見せられる姿じゃない時点で胸は張れないよ?」
「「ぐっ」」
小首を傾げた星夜に子供のような目を向けられ、七と宵色は胸を押さえて突っ伏し呻いた。
実際、違法カジノの警備をした、なんてのはとても子供に聞かせられない話である。
……子供に胸を張れるか、っていうのは大事な判断基準よね。
曖昧な基準なのに感覚的には明確な気もしてくる。
仕事だから云々、という言い訳が使えないような気持ちにさせるからだろうか。
「真面目なヤツってのも大変だよなあ。真面目にやって成功するってんなら良いけど、正直者が馬鹿を見る、みたいな事になりがちなのが嫌なトコだぜ」
「そう言う貴方が「山菜採り行くから」という理由でストライキした事は忘れませんよ羽衣」
「うん、僕も忘れない。僕達真面目に出勤したのにこの裏切者め」
「うげっ」
青と蓮にじっとりと見つめられ、鋸は口角を引き攣らせる。
「ちょ、緋衣何かフォローしてくんね!?」
「残念ながら俺も出勤した側なんでな。大事な一人息子と愛しい奥さんが居る身だし、これでも親が実質的な町の長って事で責任感は桁違いなんだよ。のしかかる期待を前にしてそう簡単に仕事放っぽり出せるか」
「見た目からすると昼間からパチンコ行ってそうなオッサンなのに!」
「おっまソレは言っちゃ駄目だろ! 見た目で攻撃するのはタブーだぞタブー! 確かに我ながら小汚さが滲み出てるけどグレてたのは昔の話で今は健全なお父さんやってるよ!」
言い合う鋸と誠二に溜め息を零し、青と蓮は再び自分の酒に口をつけた。
「……まあ、仕事を放るのはどうかと思いますが、はいはいと言い続けて仕事を受けすぎるのもどうかと思いますけどね」
「あーソレわかるよ森鐘。日本での過労死がずーっと問題視されながらも特に改善されてないっていうのが特にね。何が問題って、そういうのを取り締まるべきだろう公務員こそが社畜ってトコだと思う」
「安定したお給料かと思いきやそうでも無く、なのに仕事量は幾らでも増えますし……」
「だからヤバいのと癒着するのも出ちゃうんだろうけど」
「当然そういうのはここのところのアレソレで牢屋の中に入れられましたが、真面目にやってても今回のような事があるかと思うと……というのも」
「違法カジノの客に万が一があると他国から日本が狙われる可能性すらあるから、って事で政府の方が違法カジノの護衛に動くっていうのもわからなくはないけど、だからって納得出来るかは別だしねえ」
うーん赤裸々な愚痴り場。
昼間だというのに既に酒が入っているからか深夜の酒場で愚痴る社畜状態になってしまっている。
「……ところで、瑠璃?」
「んー?」
「いつもは怪盗塩犬の件があった後って忙しくしてるのに、本当に良いの? 打ち上げなんてして」
「んー」
「…………瑠璃?」
重ねた腕を枕にしてテーブルへと突っ伏していた瑠璃は、ビクリと体を揺らした。
「ん、ああ、おう、聞いてる聞いてる。鳥はカプサイシン平気で辛いのガンガン食えるって話だろ? 害虫除けで作物に唐辛子スプレーとか聞くけど、鳥には使えないってのがなあ」
「一ミリたりともそんな話はしてないわよ」
わかったから一旦寝なさい、と目が開いてない瑠璃の頭を撫でておく。
ビール一杯ならまだセーフのはずだが、今日は色々と吹っ切れているようなので酒の回りが早かったのかもしれない。
もしくは同じテーブルについている陳霞の酒、というか焼酎の匂いにやられたか。
……でもそこまで近いわけでも無いし、かなり近くないと酒臭さなんてわからない気がするけど……。
まあ今日は貸し切りな上、どのテーブルでも酒を飲んでるのでそんなものか。
それぞれがニャーを侍らせたりワンを侍らせたりしていて、あの子達が人間だったら完全にキャバかホストかといった状態。
うちは一般的では無いけれど真っ当なカフェのはずなのに何故こうなった。
……しかも客は警察集団。
事情を知っているからこそ、仕方ないと思えるが。
真面目でお堅い職種だからこそ羽目を外したいと思う時もあるのだろう。
彼らが伸び伸びと羽を伸ばせる場所だと認識されているのは純粋に嬉しいので、多少どころじゃなく酒臭かろうと良い事だ。
原因の一端を担ってる身なので放り出せないし。
「で、陳霞に聞くけど大丈夫なの? 上から何か言われたりとかしない?」
「ングッ」
声を掛けたのが陳霞からすると突然に感じたのか、陳霞は何度かゲホゴホと咳をした。
焼酎を飲みながらの咳だったが、喉は焼けていないらしく涙目ながらもすぐに呼吸が整えられる。
「アー……瑠璃、本気でキレル、したかラナ」
くぴ、と小さなコップに注がれた焼酎を改めて飲み、陳霞は言う。
「一日で良イ。クールダウン、時間寄越セ。そう押し通してタゾ」
「あらまあ。しかもソレで押し通せたのね?」
「瑠璃が貢献しテル、事実だカラ、らシイ」
「成る程」
警察として貢献している瑠璃の意見をそう簡単には却下出来ない、という事か。
しかも直前に無理というか色々と道理が通らない仕事をさせてしまったという部分もあるんだろう。
「アー……ト、瑠璃が敵に回ル、しないよウニ、だろウナ、と立麝が言うしテタ」
「事実そうだからなー」
酒癖が悪いという事で禁酒状態だった小紋だが、久々の解禁だからと既に四杯目のビールをぐびぐび飲みながら肯定した。
「雛菊は頭が良い上に記憶力も高い。何より、その処理能力だからって事で色々な仕事をやってっからよー」
言いつつ、小紋はもそもそと上着を脱ぎ捨てた。
うちでそういう脱ぎ散らかしをするとワン達がオモチャにして良いという暗黙ルールがあるのであっという間に搔っ攫われているのだが、良いんだろうか。
ちゃんと自分で管理しないならどうなってもしーらない、という前提なのでまあ良いとしてしまおう。
彼らにだってちゃんと伝えてあるのだからその辺は自己責任だ。
「そんな頼りまくりの相手が警察に反発して犯罪者にでもなったら大変だろ?」
ニ、と笑った小紋はシャツを脱ぎ捨てる。
今度はニャー達がソレを掻っ攫った。
恐らく爪とぎ用のオモチャにされるのだろう。
「実質的には警察の情報が詰まったスパコンに足があるようなもんだからなあ」
小紋はとうとうインナーとして着ていたタンクトップまで放り捨てた。
最早その場でブーがビリビリと破いて遊んでいる。
「……でも、瑠璃はそういう事する性格じゃないでしょう?」
「そういう事する性格じゃないヤツを怒らせたもんだからビビッてんだよ。あとまあ雛菊は雛菊で、明日からデスマーチするから明日以降を犠牲にする前提で今日は一般市民として好きに飲み食いする! ってさ」
「つまり、警察の身じゃ言えないような愚痴もガンガン言うぜって事なのね。わざわざうちを貸し切りにしてまで」
「店長なら人柄よくわかってっし大丈夫だろっつー信頼だな! 雷那の方は、うん、信頼っつーか店長に対してしか興味ないって部分を信用してる感じだけど」
「…………薊様へ抱く気持ちについてはその通りだが」
開けられたコップを回収したり追加の酒を持って来たりとやっていた雷那は顔を顰めて小紋の方を見た。
小紋はそんな視線などお構いなしに、とうとうベルトへと手を掛けて、
「いい加減にしろテメェは!」
「へぶっ」
苛立ちと酒で顔を赤くした七の肘が脳天に直撃し、突っ伏した。
うーん早々に瑠璃と小紋の二名がリタイヤしてしまった。
「ったく……しばらく禁酒させてもまた解禁したらこの有り様かよ」
「お酒をしばらく抜いたから酒癖が変わる、ってわけでも無いでしょうからね。でも小紋が全裸になる前に止めてくれて助かったわ、七。ありがと」
「身内の恥を見せたくねえし見る気もねえからってだけだ」
水割りの果実酒をちみちみ飲みつつ、七は視線を逸らしてそう言った。
しかし実際助かったのは事実だ。
……小紋ってば、お酒が入ると脱ぐ癖があるものねえ。
それも全裸になるまで脱ぐ為、警察の不祥事とニューストップを飾る事間違いなしの危うさ。
うちだから良かったが、そうならなくて良かった良かった。
……まあ、うん……。
ただし上着とシャツとタンクトップはうちの子達のオモチャになって既にただのボロい布切れと化している為、帰りは上半身裸になるだろうけれど。
まだ下半身が守られただけセーフだろうか。




