作業しに来る客も多い
開店準備を進めつつ、ふと思う。
「……それにしても、火和良が探してる家宝って具体的に誰が持ち主なのかしら」
原作ゲームで公開されていたシナリオからすると、まだ一つ目までしか定かになっていない。
あと二つあるという事はわかっていてもそれ以上が不明なのだ。
それっぽい物を奪取しに怪盗塩犬が登場、というシナリオはあれど、偽物だったり撫子家の物ではあっても家宝では無かったり、が定番スタイル。
「一応調べはしましたが、俺でもそれはわかりませんでした」
「あら、雷那でも?」
「不甲斐ない限りです……!」
布巾でテーブルを拭いていた雷那は悔しそうな顔で歯を食い縛る。
本気で悔しいらしく、握り締められた布巾からぽたりぽたりと水滴が落ちていた。
……ちゃんと絞ってあるはずなのに水滴が落ちるって、相当な力で握り締めてるのかしら。
この世界の人は基本ステータスが高い人ばかりなのか、私の周囲の人達がステータス高いだけなのか、さてどっちだろう。
ゲーム的に考えればモブ扱いなのだろうメンバーもまあまあキャラ濃い辺り、この世界の基本ステータスが高いだけのような気もする。
「でも、雷那が調べたなら決定的な情報とまでは言わなくてもある程度の情報なら得られたんじゃないの?」
問えば、雷那は布巾を持っていない方の手で口元を抑えてこちらを見た。
見開かれたその瞳から、ぼろりと涙が零れ落ちる。
「薊様が俺に対しそこまでの信頼をしてくださる事実に歓喜が抑えられません……!」
「抑えて抑えて」
そこまで過剰な反応を見せられても反応に困るし。
「で、わかった事は?」
「年代的にもデータ化されていない部分が多く、調べるにも限界がありました。しかし金銭的なものか地位的なものかは結局不明でしたが、どうやら相当に価値が高い何かを撫子家が所有していたようです」
「例の、家宝を三つ集める事で到達する……ってヤツかしら」
「流石は薊様、お詳しい」
「私のは反則技みたいなものだから、褒めるようなものじゃないわよ?」
原作知識というチート極まりないものだし。
開発側が攻略情報知ってるのは当たり前、というアレに近い。
「とはいえ、その家宝が三つあって初めてその宝に到達する、というのは周知されていなかったようでして」
「まあ、普通に考えてそこまで周知されてたらアウトよねえ」
「結果愚かで短絡的な周囲は結託して撫子家を嵌め、我先にと宝を奪い合いました。しかしソレを持っていようが調べようが意味等無く、そこでようやく彼らは複数揃う事で初めて見つけられる宝だという事に気付きます。……もっとも、複数揃って意味のある宝だという説もあるようでしたが」
「三種の神器をバラバラに所有したけど、これは三種揃ってこそ意味のある宝説。あるいは三種揃う事で隠されていたお宝を発見する事が出来る説?」
「はい。薊様も存じていらっしゃる通り、実際は後者の方だろう、と思われます」
「でしょうねえ」
原作でもそう言われていたのでそう思う。
いやまあ原作ではまだエンディングまで配信されてなかった為、実際にその意見で合っているのかの裏付けが取れてないけれど。
「そうして複数を所有しなければ、という事に気付けど時すでに遅し。他から奪おうとすれば、お互いに後ろ暗いところがある者同士、争いは避けられません。相手に交渉を持ちかけたところでお互いに自分が良い思いをしようとしているのもわかり切っている事ですからね」
「そうじゃなかったら撫子家を罠に嵌めて、なんて事もやらないでしょうしね」
「はい。結果それぞれが膠着状態になりました。該当する家宝がどれなのか定かではない、という部分も大きかったのかと。それに加えて数十年が経過した為、一部が自然と倒産したり子孫が勝手に売ったり泥棒に入られて裏へ流れて紆余曲折があったり、という事で大半はその在りかが追えなくなっています」
「厄介だわ……」
雷那の言葉に、思わずため息が零れてしまう。
「まあ邪馬台国がかつてどこにあったのか、がわからないようなものよね。どちらかといえば西の方にその遺跡っぽいものが、とか言われるけど、だからといって確証とまではいかないし。……とはいえ、たったの数十年でここまで追えなくなるのかって感じだわ」
「数年でも指名手配犯を追い切れない事はあるので、そういうものかと」
「そうなのよねえ」
向こうも証拠は可能な限り残さないよう動いただろうし、そこに時間と偶然要素が加わり続ければ追えなくなるのも必須である。
時間が経過すれば経過する程、痕跡も消え去っていくものだ。
「尚、恐らくは三種揃える事で本来の隠されていた価値のある何かへと到達する事が出来るはずですが、どうすればそれがわかるのか、についても現状不明です。あの駄犬を軽く調べ、チューやカーにも協力してもらいましたが、あの駄犬は当然のようにそれらについて無知のようでした」
「……最近、私よりも雷那の方がうちの子達と仲良くやってるような気がするわ」
「まさか」
ナイナイ、と雷那は顔の前で手を横に振った。
心外だ、と言わんばかりの素の表情である。
「薊様が欲する情報だと判断したから彼らが協力してくれるだけであり、俺の為に動く気は無いでしょう。仮にあっても薊様の庇護下にある同志だから、という前提。慕う相手の為に動きたい、というのは人でも獣でも変わらぬものです」
「そういうものなのかしら」
肩に留まったカーの首を指先でカシカシ掻きつつ、私は首を傾げるしかない。
例えば同じ作品を愛するオタク同士であれば国籍の壁があろうと理解し合えるというのは聞いた事があるが、これも種族の垣根を超えた仲間意識、みたいなものなんだろうか。
同士ではない枠なのでよくわからん。
「ま、追えないなら追えないで、目の前の事をコツコツやるだけよね。データに頼らず地道に足で稼ぐ、なんて昔の警察みたいだわ」
思わずクスクスと笑ってしまう。
昔のアニメやドラマなんかではお馴染みのヤツだ。
「俺達は警察ではなく、警察の敵ですが」
「悪党の敵でもあるっていう点では仲間みたいなものでもあると思うわよ?」
結局、敵だ味方だなんて言ったところで、立場や思想でそんなのは幾らでも変化するものである。
・
昼過ぎになれば、少し客足も落ち着いてきた。
「はい、篝。抹茶ラテのおかわり」
「あ……ああ、ありがとう」
キーボードを使ってタブレットに何かを打ち込んでいた篝はかなり集中していたらしく、一瞬驚いたように停止してからこちらを見て頭を下げる。
視線を逸らした歪な笑みだが、青と一緒じゃないと来られなかった初期を思えばかなり打ち解けたものだ。
……元々、仕事からしても引きこもりタイプだったみたいだし。
元来外に出るタイプではなく、仕事はゲームのシナリオライター。
そう思えば、一人でこうして来てくれるようになって喜ばしい。
「篝さん、家事類をやろうとすると運命が邪魔してるんじゃないかってレベルで全滅だったので僕がやってるんですけど、篝さん自身背負い込むタイプな上に僕も仕事が忙しくなると中々帰る時間を作れなくて……でも、僕が誘わないと外に出ようともしなかった篝さんが! 自分から食事をしに! 外へ出かけて! しかも僕用にってプリンを持ち帰ってくれたりもして! もう本当店長様様です! ありがとうございます!」
……青も何だか物凄い喜び方だったわねえ。
好きな人に構ってもらえた恋する乙女、あるいは久々に散歩へと連れてってもらえる犬みたいなはしゃぎっぷりだった。
そのくらい、青からすれば喜ばしい変化だったのだろう。
……聞いた話じゃ、青が食事を作れない時はカップ麺で済ませるか食べるのを忘れるかって感じだったそうだし。
ちなみに料理を始めとする家事類をやる気はあるし、青に負担を掛けさせるのも辛いので正直なところやりたいらしいのだが、本当に運命が邪魔してるレベルだったので諦めた。
前に青が不在の際、篝に頼まれて二人の家へとレクチャーしにお邪魔したのだが、アレは教え方がどうとか理解がどうだとかの問題じゃない。
原因不明で電源がつかないのはまだ良い方で、洗濯機を回せばどこにも引っ掛けていないはずなのに肌着が食い千切られたように破れてたり、スポンジのはずなのに泡立てて皿に触れさせたら爪で黒板を引っ搔いたような音が響いたり。
……流石の私も、原因不明が理由じゃ諦めるしか無いのよね。
とりあえずお湯を沸かしたり、ご飯をレンジで温めたり、ゴミをゴミ箱に入れたり、お風呂溜めたり、トイレ流したりといった必要最低限の部分は出来るようなので良しとした。
というかそれが出来るなら良し、とするしかない。
別に片付けられない女というわけではなく、仕事に集中すると散らかったりするしゴミを纏めようとしてスッ転んでぶちまけたりはするようだけれど、それさえ無ければ自分で充分片付けられるようだった。
ならば問題は無い。
……ええ、今は令和の世だもの!
作れなくとも無理して作れ、という時代では無い。
金銭的なアレコレは勿論あるだろうが、そこの問題が無いなら外食をする、という手だってあるのだ。
青も篝が無理をするよりはそっちの方が良い、と推薦してくれてるので本当に問題が無い。
これで恋人である青が女なら家事くらい出来て当然! というタイプなら別れ話が勃発するだろうけれど、青は家事類万能な恋人溺愛男子。
そもそも篝が精神的に安定しててくれて恋人として居てくれるならソレが至上であり最高、と言える男なので、甘えた方が良いのも事実だ。
ああいうタイプは甘えられたいタイプだろうし。
「……可愛い……」
そんな篝はマグカップを覗き込み、ふわりと緩んだ笑みを見せていた。
まるんとしたウサギを気に入ってくれたらしい。
……青が来た時に教えてあげないと。
青は自分が居ない時の篝の様子を聞きたがる。
まあ篝は篝で自分が知らない青の様子を聞きたがる事が多いので、お互いにラブラブなんだなあ、と思うだけだが。
「ところで、今やってるのはお仕事?」
「ん、ああ、そうだ」
こくん、と篝は頷く。
「今まではアプリゲーム……やろうと思えば二時間くらいで済むゲームのシナリオが多かったんだが、今回結構大きな仕事が来て……」
困ってる、と篝はカップを両手で覆うように持ち、抹茶ラテを飲みながら眉を下げた。
「大きな仕事って聞くと、良かったわね、って言いそうになるけど……困ってるの?」
「今までは小さいのがわちゃわちゃしているような話が多くて……でも、今回は壮大なファンタジーで、と言われているんだ。あとキャラクターを魅力的に、と言われた」
「今までのは?」
「…………キャラクターが少なかった事と、ストーリーが短いからこそのやり取りが癖になっていて。ストーリーが長くなると、キャラクターをどう扱えば良いのかわからなくなる……」
「あらら」
まあ時短料理に慣れてる人が急に長い時間を使う煮込み料理を作れと言われてもどうしろと、みたいな話だろう。
「うーん、キャラクターを作るので良い方法は、モデルを作る事だって聞くけれど……」
「モデル……」
「身近な人をモデルにするとか、好きな作品の登場人物をモデルにするとか、いっその事俳優さんとかをモデルにしちゃうとか」
「…………人付き合いは苦手で、こうして喋れる相手は限られてくるからな……」
「別に親しい相手じゃなくても、それこそ町で見かけた印象に残る人を基盤に肉付けをして、っていうのも有りだと思うわよ?」
小説家である甘菜もそんな事を言っていたっけ。
「……印象に残る、となると、それこそこの店でよく見かける客とか……」
「そういうので良いのよ。無理してキャラクターを作ってもどう動かしたら良いかわからなくなるって言うし、その人だったらどう動くか、ってやった方がバリエーションが出ると思うわ」
とはいえ、
「……なーんて偉そうな事を言っても、それこそインタビュー記事の受け売りだったりするんだけど」
「いや、参考になった」
ふ、と篝は目を細めて微笑む。
「そうだな、折角最低限の条件を満たしていれば好きにしても良いと言ってもらえたんだから……色々挑戦してみようと思う」
「……ええ、良い事だわ」
「いっその事、ここの動物達をモデルにするというのも面白そうだ」
「あら、それは良いわね。動物だってやっぱりそれぞれ性格や好みがあるし、ファンタジーっていうならちょっと動きが突飛でもいけそうだもの」
「ああ、ファンタジーなら人じゃない存在が話していても違和感は無いし……元々小さいのがわちゃわちゃしているのを書いていたから、そうした方がしっくりくるかもしれない」
喋っていたら頭の中で色々と纏まって来たのか、眉を顰めて液晶画面に向き合っていた篝の眉間からはすっかり皺が消えていた。
寧ろ、何から纏めていこうかと思考を巡らせているのか、長い前髪に隠れている目はキラキラと輝いている。
まるで遊園地を前にした子供のよう。
「こっんにーちはー!」
「いらっしゃーい」
そこにベルを鳴らして入って来たのは、火和良だった。
「いやあ、今日はお客さんが多くて昼食が遅くなっちゃって……とりあえず麦茶と牛丼で!」
「お疲れ様、火和良。料理が出来るまで好きな席に座ってちょうだい」
「はい!」
カフェのはずなのに当然のように牛丼を頼まれてしまったが、作れるんだから致し方なし。
なにより火和良は二十代前半という食べ盛りでもあり、そういうガッツリ系が好みらしい。
「じゃ、私はちょっと作ってくるわね。頑張って、篝」
「ああ。……ありがとう、店長」
「私は私のお喋りに付き合ってもらっただけよ?」
クスクス笑って篝の頭を撫で、ひらりと手を振りキッチンへと移動。
キッチンへ入る際に振り返って確認すれば、篝は既に真面目な顔で液晶画面へと向き合っている。
唸っていた先程までと違って楽しそうに打ち込んでいる姿に、思わずこちらも笑みが零れた。




