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夜空の狐仮面  作者:
飢えの狼牙
52/100

人食いの懇願



「ちょっとどういう事ですかベルギアさん! 聞いて無いんですけど!?」


「はい?」



 (アザミ)さんの店から出てすぐ、ダッシュでベルギアさんの店へと突撃した。

 困惑した様子で首を傾げて眉を顰めたベルギアさんの肩から、和風な緑色の髪がさらりと落ちる。

 その髪を再びストールのように巻き直し、ベルギアさんは静かな店内を見渡した。



「……よくわかりませんけどぉ、怪盗塩犬案件なら鍵閉めてくれますぅ? あ、そこに置いてあるプラカードの中から臨時休業って書かれてるの出して表に引っ掛けといてくださいねぇ」


「はい」



 指示されたので、仕事での癖もあり素直に従う。

 こちらとしても色々考え無しの行動だったな、という冷静さは取り戻し始めていた。


 ……いや、うん、本当に今の、お客さんが多かったらそこから不信感を抱かれても仕方ない奇行だった……!


 ともかく臨時休業の札を出して鍵を閉め、他に客が居ない店内へと上がる。



「で」



 ベルギアさんは扇子を開き、口元を隠して静かにこちらを見た。



「どういう事ですか、とはぁ?」


「出した覚えも無ければ出すと言われた覚えも無い怪盗塩犬の予告状が出てました!」


「あー、成る程ぉ。模倣犯とかが出るには意外と遅かったですねぇ。まあやろうとしたところでメリットらしいメリット無い気がするしそんなもんかもしれませんけどぉ」



 わりとあっさり頷いたベルギアさんはパチリと扇子を閉じ、スマホを取り出して操作をし始める。

 (カオル)に作ってもらったという例のAIだとかで調べているんだろう。



「…………うっわ」



 ベルギアさんは聞き逃しそうな程の小さな声でそう漏らし、嫌そうに顔を顰めた。



「……えーっと、結論言っても良いですかぁ?」


「はい」


「これぇ、私が勝手に出したヤツですねぇ」


「今の今まで模倣犯とか言ってたのに!?」


「私が勝手に出したんですよぉ。ええ、色々問題があるのでそういう事にしちゃいましょーう」



 明らかに不自然だけど、ベルギアさんの不思議な雰囲気のせいで自然にも思えてきてどうしよう。

 今までの困惑する様子だとかは全部演技でした、と言われても違和感が無いのがベルギアさんだ。



「……というか、何故勝手に?」


「詳しい事情が話せないものでしてぇ。ともかくですねぇ、彼女の所有する飢えの狼牙を狙ってくださいねぇ。はいコレ画像」



 スマホ画面に映し出された、牙を飾りとして作られたイヤリングを見せられる。

 美術館とかで展示されていそうな作りだ。



「で、問題はこちらではなく彼女、ターゲットである牡丹一華と仲睦まじいとされた男性陣の行方不明率ですねえ。まあ簡単に言うと消えた理由が揉み消されてましてぇ、その理由については書類とかで残ってるはずなのでそれを確保、公開をお願いしますぅ」


「…………また俺は人間の闇を見ないといけないんですね」


「別にそれっぽいのを適当にばら撒いておけばぁ、目的の代物さえ奪えば後は警察の方々が痕跡は残ってないかとか言って調べて気付いてくれると思いますけどぉ」


「俺はパラ見で何となく理解出来るような器用さ持ち合わせてないんです!」


「ああ、うん、はい、成る程ぉ」



 事実だけど納得された。

 あっさり納得してもらえたのは助かる事のはずなのに、どうしてこう物悲しい気分になるんだろう。



「ともかくぅ、歴代当主の近辺で発生する行方不明云々についての案件を暴露。これが大事ですよぉ。多分逃げつつあちこち走り回ってれば開いてる部屋があるはずなのでそこ入ってくださいねぇ。トラップとかありませんからぁ」


「……な、何か、いつもよりやたらと情報量ありません? いつもはもうちょっと雑なのに」



 どこにあるかわからないんで走り回って見つけてくださいねぇ、ファイト!

 普段のベルギアさんなら大体こういう雑さで無責任に言ってくるはず。



「しかも明らかにトラップがありそうなところに……?」


「トラップは無いから大丈夫ですよぉ」


「……今日に限ってやたらと情報があるの、どういう事なんですか? 勝手に出したっていうのも違和感あるし……」


「それよりも今回の予告状、何時頃とかじゃなくピッタリの時刻を指定してるので遅刻厳禁じゃないんですかぁ?」


「うわああああそうだった! 辛い! 何時に来てね系は辛い! ギリギリに行っても良いのか余裕を持った方が良いのか多少遅れるのはアウト判定出されるのかサッパリだし! 店側としては時間に合わせて用意してるから予約より早い時間に来られるとそれはそれで困るけど集合する側としては時間までに来てないと遅刻扱いされたりするジレンマ!」


「仮眠取るならお部屋貸しますよぉ?」


「遠慮します…………」



 何だか色々とおかしい気がするが、ベルギアさんが俺を見捨てて裏切る、という事はしないだろう。

 どうせ何かを考えたりは苦手なので、言われた通りに従うだけだ。





 十分前から警察に見つからないよう潜入して待機しつつ、時間通りに登場して見せた。

 ベルギアさんには時間キッチリ指定は二度とやらないでくださいと言っておこう。


 ……時間通りのはずなのに、前にはもっと早く来いとかって泣きつかれたりもしたし……。


 しかも何故か警察の方々に泣いて縋られ捕まえられかけた。

 今思い返しても異常だし異様だし異変過ぎる。


 ……ともかく、開いてる部屋開いてる部屋。


 足止め用アイテムとして作ってもらった内の一つを使用したわけだが、思った以上に喧しかった。

 ソレのお陰で逃げ出せたのでまあ良しとしつつ、廊下を駆けて周囲を確認。

 こういうお屋敷だの邸宅だのはやたらと部屋数があって、余ってる部屋ってどういう扱いになってるんだろうとか思ってしまう。


 ……にしても陳霞(チェンシィア)さん、怖かった……。


 店で偶然出会って挨拶した時点でも、こう、日本人なので外人相手はちょっと警戒してしまうというのもあるし、何より万が一正体を見破られたらというのもあり、うん、凄く怖かった。

 しかし怪盗塩犬として相対した時の方がずっと怖かった。

 店で同じ客として話した時はちょっと片言だけどかなり日本語が得意な人、という印象。

 なのに怪盗塩犬として相対したら本気で仕留められかけた。

 前から思っているけれど、警察の人ってわりと攻撃繰り出してくるような気が。



「あ」



 そう思いつつ変な曲がりくねり方をしている廊下を駆けていると、見つけた。

 開いている部屋ではなく、壁に背を預けてもたれ掛かって立っているモダン大吉を、だ。



「モダン大吉!」


「叫ばなくても良い事をわざわざ叫ぶな怪盗。貴様そういうところだぞ」


「うぐ」



 正論が痛い。



「とにかく、早くこの話を終わらせてやれ。俺は誰がどうなっていようと興味は無いが、狐仮面は何としてでもこの件を公にして救ってあげたい、と言っていたからな」



 はて、どういう事だろう。

 ベルギアさんはいまいち核心の部分を教えてくれなかったので何を言いたいのかサッパリだが、モダン大吉はこちらの様子を窺う事無く壁を押す。

 それと同時、壁が回った。



「隠し部屋!?」


「そうだ。見るからに壁がずれていたが、貴様の性格上、気付かず通り過ぎる気がしてな……」


「ぐぐぐ」



 否定したいけれど今の今までそんな違和感を抱いていなかったのでぐうの音も出ない。

 え、そこの壁にずれなんてあったの? という感じ。



「良いから来い。そして全てを明かしてやれ」



 その言い方に違和感を覚えつつも、俺は先を行くモダン大吉の後に続いた。





 その隠し部屋は、入り口が隠されているだけのとても広い部屋だった。

 書類が多い応接室、と言われれば納得してしまいそうな部屋。


 ……窓もあるしなあ……。


 外から見れば確認出来る仕様の部屋。

 こちらとしては逃走経路があるのはありがたいが、ここに一体何が隠されていると言うんだろうか。

 そう思いつつ書類を確認していけば、不審な点が幾つも発見された。



「……この発注書は」


「処分用だろうな。人間の一人や二人くらいはそうやって処分が可能なんだろう」


「あっさり言わないでくれ知りたくない!」


「それよりも前に、貴様は遺体の損傷についてが書かれている部分をしっかり見ろ。俺としては貴様がどこまで理解するか等どうでも良いが、狐仮面はそうは言わないだろうからな」



 本当にコイツは狐仮面に心酔してるんだなあ、と他人事として思う。

 というか遺体の損傷なんて見たく無いんだけどと思いつつ、俺は確認した。


 ……ん?


 何というか、おかしい。

 いや本当どう言えば良いのかわからないのだが、明確におかしいのだ。

 俺もあまり計算出来る方ではないが、書類にある遺体の処分用だろう火力がどうとかコンクリートがどうとかの情報からすると、遺体が五体満足では無いような気がする。

 五体満足というか、肉部分よりも骨の処分に困っているような。


 ……火葬場と連携でもしてるとか?


 しかしそういう感じでも無いし、焼いたお骨についてを書いているようでも無い。

 まるで、



「……まるで、人の肉を削ぎ終えた人骨の処分、みたいな……」


「こっちにも面白い物があったぞ」


「え?」



 机の上に腰掛けたモダン大吉は愉しそうに口角を吊り上げながら、その指にとあるカードを持っていた。

 そこに書かれているのは、今回送られたいつもと違う予告状。

 ソレの、下書きと言える代物だった。



「……え、コレがここにあるって事は、あの人が勝手に出したとかじゃなくて」


「私が出した物ですよ」



 声に反応して入り口の方を見れば、そこには牡丹一華が穏やかな、しかし悲し気な笑みを浮かべて立っていた。

 出入口を封鎖するように立っている瑠璃(ルリ)さん達はこちらを捕まえに飛び掛かってくるでも無く、無言のまま様子を窺っている。

 牡丹一華による自白、あるいは証言が確保出来るかもしれないから、だろうか。



「その予告状は、私が出したんです。ソレを出せば警察の方が来てくださると思って。…………それこそ、権力やお金で潰されたりしない、ちゃんとした警察の方が来てくれると、そう思って」



 悲し気に眉を下げたまま、牡丹一華は一歩踏み出しにこりと笑った。



「本物の怪盗塩犬が来なくとも、警察の方が事情聴取して色々と調べてくれるようなら良し。本物の怪盗塩犬が来て、私の罪を暴いてくれるなら尚良し。そう思ったんです」


「…………男性の遺体を処分するという書類があったが」


「ええ、私が殺した方々です」



 私が食い殺してしまった方々です、と牡丹一華は泣きそうな顔で、尚も微笑む。



「私、困った事に惚れっぽいんですよ。優しくされたり、好意があると告げられたらすぐにドキドキしてしまうくらいには」



 でも駄目なんです。



「好きな相手であればある程、食べたくなってしまうんです。それも物理的に食べたくなってしまう。気付いた時にはもう手遅れで、ハッと気付いた時には周囲が真っ赤で、口の中に鉄の味がして、愛しい人は動かなくて」



 恋を覚えてから、そんな事が何度もあったんですよ。

 牡丹一華は揺らがぬ笑みを浮かべながら、しかし涙を零さずそう言った。



「これはきっと、かつて親族を殺したオオカミを殺し、挙句その体の一部を装飾品にした報いなのかもしれません。あるいは、一族の性質をオオカミのせいだと仕立て上げたのかも」


「…………貴女は何を言っているんだ?」


「あら、知っていて来てくれたんじゃないんですか? 知っていて、助ける為に、罪を暴きに来てくれたものとばっかり」



 まあどちらでも良いんですけど。



「どちらであれ、私が自白したという形を取らせてもらえた方が良いですもんね」


「……私達には、話が見えないのですが」


「簡単な事ですよ、刑事さん」



 牡丹一華は瑠璃(ルリ)さんに対し、とても綺麗な笑みを向けた。



「私が望まぬ、しかし事実として人殺しであるという事。そして私がそれらを告げようとしても、揉み消されてしまった。そういう事です」



 笑みは揺らがず、姿勢もしっかりと保ったまま、牡丹一華は美しく佇んでいる。



「牡丹家の一族は、代々人食いの性質があるんです。気に入った相手を食べてしまう。気に入れば気に入る程に食べたくなってしまって耐えられない。そして問題は、牡丹家のソレは先祖代々続いていて、牡丹家は古くから続く家柄である事」



 皮肉な事に、積み重ねられた実績のせいで、私は自首すら許されなかった。



「牡丹家に潰れられては連鎖的に倒産する家が、事業が、後ろ暗いものが沢山あるという事ですよ。だから牡丹家が潰れるような事は、あってはならない。そのせいで自首など出来ず、人を食らっても周囲が揉み消すんです。食べてしまった私が絶望のさなか、全てを明かそうとしても、それら全てを揉み消されてしまう」



 牡丹一華の言葉に、瑠璃(ルリ)さんは眉を顰める。



「…………故に、怪盗塩犬が予告状を出したからという名目で、自身の罪を暴かせようと?」


「はい」



 その笑みはとても美しい。

 ようやく迎えが来たと喜ぶシンデレラのような、眠りに身を任せるネロのような、そんな美しさだった。



「怪盗塩犬の予告状が来たとなれば、警察は動く。それには牡丹家を潰されたくないと思う他の方々も口出し出来ないでしょうね。だって怪盗塩犬のやり遂げた功績はニュースでも連日語られていて、こちらには全力で後ろめたさがあるんですから」



 そう思って、私は怪盗塩犬の名を使わせていただきました。

 言い、牡丹一華はこちらへと頭を下げる。



「勝手に名を使ってしまってごめんなさい。それでも私は、一刻も早くこの事を告げたかったんです。もう好きな人を食べたくないんです。いっそ独房に入らせてくれれば私だって問題無く過ごせるかもしれないのに、周囲の人達はそれを許してくれなかった。食べる事を良しとして、数人が犠牲になれば良いだけだと言って、自分達の為にそこに、当主の座に居れば良いと言いました」



 顔を上げた牡丹一華は笑っていた。

 その瞳からボロボロと大粒の涙を零し、笑っていた。



「好きという思いは本物だから、正気に戻ると同時、発狂してしまいそうになるんです。だんだんと気が狂っていくのがわかるんです。人に惹かれる基準がその人の人柄とかじゃなく、美味しそうかどうかに変わっていくんです」



 牡丹一華は皺になる程強く、自身のスカートを握り締める。



「どうか私を捕まえて有罪にしてください。死刑か無期懲役にしてください。牡丹家の血を絶やさせてください。この衝動はどうにもならないと、私自身でわかるんです。わかるから苦しいんです。惚れっぽい自覚もあるからこそ、生きている限り、誰かに惚れて食べて絶望するのもわかるんです」



 言いながら、彼女は瑠璃(ルリ)さんの方を向いて両手を差し出した。



「私が知る限りの全てをお話ししますから、どうか私を減刑しないでください」


「…………ああ、確かに承った」



 瑠璃(ルリ)さんは憂いた気配を滲ませながらも、感情を表に出さず、手錠を取り出し牡丹一華の手首に手錠を掛けた。



「必ず、貴女を有罪に導こう。それだけの事実があるのなら、間違いなく貴女は有罪だ。罪は暴かれ、裁かれるべきなのだから」


「はい」



 どんな贈り物よりも嬉しい言葉であるかのように、牡丹一華は安堵したように微笑む。

 自身に掛けられた手錠が最上の贈り物だとでも言うように。



「…………」



 一側面から見れば人食いの大量殺人者だけれど、別の側面から見れば彼女こそが被害者でもあった。

 そんな事実に、そして情報を得たベルギアさんが不審な態度で自分が出した予告状だと言い張ってでも俺をここへ来させた事に、何ともしんみりした気分になってしまう。

 もっとも、そんな感傷に浸れるのも一瞬の事だった。



「……陳霞(チェンシィア)


「わかってイル」


「え」



 ふわりと頭上から影が差した。

 既に日は沈んでいるので、これは明かりとの間に影の発生源があるという事。

 それを理解する前に、眼前に大きく右足を上へと向けている陳霞(チェンシィア)さんが見えた。



「うおわっぶな!?」


「チィッ!」



 慌ててしゃがめば、真後ろにあった机に阻まれて陳霞(チェンシィア)さんの踵落としは届かなかった。

 机へと直撃した衝撃をいなすように、陳霞(チェンシィア)さんは踵落としの威力をそのまま蹴りへと変化させ、上へと跳んで回転しつつ着地する。

 これがサーカスだとか中国雑技団とかを見ているのであれば拍手を贈りたいところだが、そういうわけにもいかないのが辛いところ。


 ……というかいつの間にかモダン大吉が居ない!



「シャアッ!」


「うわあっ!」



 立ち上がると同時に拳が迫ってきたので、足で引っ掛けてソファを立たせて盾にする。

 畳返しの応用みたいなものだ。


 ……軽いソファで助かった!


 ソファに拳を引っ掛けて横へと退ける陳霞(チェンシィア)さんの動きは素早い。

 しかし、多少の間が発生すればこちらのものだ。


 ……三十六計逃げるに如かず!


 モダン大吉が逃げるのに使ったんだろう窓は、いつの間にか開いていた。

 普通に音もするだろうし風が吹き込んだりもしてるんだから気付けよという話だろうが、そんな事に気を向けられるような話題じゃなかったので致し方なし。

 ともかく、俺はその窓から飛び降りて逃亡を図った。





 いやもう酷い目に遭った。

 本当に酷い目に遭った。

 まさかあそこから普通に飛び降りつつ攻撃してくるとは思わなかったし、足が速いというよりは瞬発力やジャンプ力がとんでもないし、あと木をメキョッてやれる拳ってどうなんだって感じだった。


 ……漫画じゃああいう警察多いけど、実際に相対する立場としては勘弁して欲しいタイプだ……。


 狐仮面が姿を見せて、瑠璃(ルリ)さんにしか思えない声真似で隙を作ってくれたから逃げれたものの、そうじゃなかったらかなり手間取っていた事だろう。

 逃げる、という点においては自信があるので、一応どうにかは出来ていたと思うけれど。



「それで、これが偽物らしい飢えの狼牙。こっちが狐仮面が投げて寄越してくれた本物らしい飢えの狼牙です」


「あー……コレは実際狐仮面が投げて寄越したっていう方が見るからに本物ですねぇ」


「一般人にはそんなの区別つきませんよ!」



 もー、と怪盗塩犬の格好から普段着へと着替えた俺は店内にある畳の上に寝転がる。

 行儀が悪いとかは知らん。俺は不法侵入や強奪を繰り返す怪盗なので今更だ。



「というか今回の、牡丹一華が予告状出したんですよね? コレを奪ってく必要無かったような気が……」


「ま、そうなんですけどねぇ」



 扇子で口元を隠し、ベルギアさんはクスクス笑う。



「あとベルギアさん! 最初誤魔化しましたけど、今回の予告状本当に出して無かったんじゃないですか! 何でわざわざ勝手に出したなんて!」


「理由はわかると思いますけどねぇ」



 にっこり、と圧のある笑みを向けられた。

 言わずともこの程度わかれ、という笑みだ。



「…………否定するのは簡単でも、それを見捨てるなんて出来なかったから」


「ええ、そういう事ですよぉ。アレは彼女が出した必死のSOS。勿論怪盗塩犬が来なかった時用に偽物を用意し、時間を過ぎても来なければいつの間にか偽物にすり替えられている、という手で調べさせようとしたんでしょうねぇ」


「うへえ」


「彼女にとっては、そうする以外に自身を捕まえてもらう方法が思いつかなかったんでしょう」



 私もソレを無視出来る程、人の心は捨ててませんからぁ。

 ベルギアさんはそう言って扇子をパチンと閉じる。



「困っている人、苦しんでいる人……苦しめられている人、助けてもらえない人、助けを求める事が出来ない人。そういった人知れぬ被害者を救いたい。私は行動力こそありませんがそう思っていますしぃ、火和良(カワラ)さんもそう思っているから怪盗塩犬なんて役をやってくれているわけでしょう?」


「……まあ、そうですね。俺はあまり賢く無いので、ごり押しが過ぎる気がしても、こういう方法が合ってるって感じです」


「なら良いじゃないですか。彼女は間違いなく疑いようのない加害者ですけどぉ、間違いなく、助けを求める事すら許されない被害者でもあったんですからねぇ」


「…………はい」



 捕まる事が救い、というのはわからない。

 けれど彼女のあの安堵の笑みを思い出す。


 ……きっと、良かったんだろうな。


 ただ悪人が捕まるのとは毛色が違って、他のやり方もあったんじゃないかと思うけれど、彼女にとってはこれこそが思い描いていた幸せなんだろう。

 なら俺は、彼女の幸せが確固たるものになりますようにと祈るだけだ。

 立場としては結局第三者でしか無い俺に出来るのは、それだけなのだから。



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