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神命迷宮  作者: 雪鐘
女王編
43/681

41.危惧する未来

「すまない、遅くなった」


 着替えから戻ってきた師隼は灰青の着物に黒の羽織で現れた。


「ふふふ…師隼ったらそんな事言わなくても、竜牙も日和ちゃんも責めるタイプじゃないのにね?」


 くすくすと笑う麗那は日和と竜牙に視線を向ける。

その表情はどこか意地悪にも感じた。


「さて…そうだな、回りくどいのはやめて、早速本題に移ろう。先日出たという女王について聞こうか」


 仕切り直す師隼は竜牙に視線を向ける。

重々しく竜牙が口にするのは、先日の女王の一件だ。


「商店街に1体現れた。最初に対応したのは夏樹と日和だ。日和が玲に連絡したのがこっちに流れてきた。そのまま私と夏樹で倒した」


 淡々と応える竜牙に、師隼の瞳孔が大きく広がった気がした。

小さく息を吐いて後頭部を掻く。


「…それで終われば、わざわざ僕が帰ってくる必要は無いんだけどね」

「……ああ、日和が女王の性質を言い当てて、弱体化させている。それと応援を呼ぶ最中にこめかみを火傷したらしい」

「すみません、あまりに突然だったのと電話するのに必死で気付かなくて…それは私の不注意です」


 ばつが悪そうに答える竜牙をフォローするように日和も割り込んで答える。

師隼は小さくため息を零した。


「夏樹の風で跡が残らなかったと聞いているし問題はないけど、妖と戦えば普通に死ぬ事もある。あまりに危険だから出すぎた事はしてはいけないよ。その対策は後でしよう。

 それと…女王の弱体化については、知識があったのかな?」


 師隼の言葉は櫨倉命の時ほど重たくは無かったが、それでも厳しい物言いだ。

そして深く探りを入れてくるような師隼の目は日和の視線に合わさった。

それだけで空気が重たく感じ、言葉が詰まる。


「え…と……いえ、知りません…。でも、言わないといけない気がして…」


 はぁ、と師隼はまた短いため息をつく。


「これに関しても危険な行為だ。まあ、竜牙から強く言われて反省しているだろうから、私からは何も言わないでおくよ。君が理解しているのなら、それでいい。だからこそ、こうやって私が帰ったと聞いてすぐに来ているのだろうしね」

「その…すみませんでした」


 日和は居ても経っても居られず、素直に謝る。

師隼は今までよりは柔らかな表情になると、下向きになった視線を再び日和に向けた。


「反省をしたなら、次は次回に備えないとならない。その為にも日和は少し講習を受けようか。…明後日の午後、時間はあるかい?」

「講習……はい、大丈夫です」

「じゃあ、この話は次回にまわすとして…練如」

「――はい」


 日和の返事に師隼は頷き、名を呼ぶ。

先ほど一瞬で姿を消した式が、短い返事と共に一瞬で師隼の隣に(ひざまず)いて現れた。


「日和、紹介するよ。彼女は練如、金詰家の式紙だ」

「金詰家の、練如……式紙?」


 にこりと微笑む師隼の横で練如は軽く頭を下げ、また上がる。

その表情は例により、分からないままだが。


「そう、『かみ』は『かみ』でも紙の方の紙。金詰家では独自の術があるんだ…それが式紙。特殊な紙を媒体に作られる式神の別個体だよ。竜牙達とはまた少し違うんだ」

「独自の技術……。練如、さんには…主はいるんですか?」


 練如は首を振り、ぼそりと何か、唇が動いた。


「んー…一応いるよ。あと、練如で良い、と言っているよ」


 練如という新たに現れた式紙は師隼を通してでないと話すつもりはないらしい。

師隼は苦笑しながら練如の通訳をする。


「では、よろしくお願いします。練如」


 日和が頭を下げると、練如も小さく頭を下げた。

その反応も中々判断が付かない。


「じゃあ日和、右手を出してもらっていいかな」

「…?こう、ですか?」


 困っているところへ師隼からの指示があり、日和は右手を前に出す。

師隼はその下に滑り込ませるように人型に切り取られた白い用紙を入れると、日和の手に自身の手を重ねた。


「式紙・練如の新たなる主として契約を言い渡す。術士・金詰日和の力を受け、その契約を全うせん」


 日和の右手が師隼の言葉を受けて強く光り、ふわりと舞い上がった日和の髪がぱちりと小さな電気を帯びて光る。

たった数秒の光は白い用紙に注ぎ込まれ、日和はずっと不思議そうな顔をしていたが、焦げ茶の髪に更に金色が混じり術士の力を使った事を証明した。


「師隼、今のは…」

「君のお父さんからの言伝(ことづて)でね。

 『日和が少しでも術士と関わるのであれば練如を式にしてくれ』って言うので、少し早いけど頃合いかなと思ったんだ。これで練如の主は、君だよ」


師隼の言葉に日和は練如を見る。

練如は微動だにせず、ただ日和に頭を下げているままだ。


「ただ、まあ…練如は君の力を受けて生きるようになっただけで日和はまだ何も変わらないよ。練如を使役できるようになるのはまだ先だろうし、精々自身の力で酔う事が減るようになるくらいだ」

「えっと…ありがとう、ございます…」


 ぺこりと頭を下げる日和に、師隼は優しく微笑む。


「当分はまだ、こっちに居て貰うけどね。いいかな?」

「練如が良ければ、それでいいです」


 まさか父が日和に式神を用意しているとは思わず、日和も心の中でどこか緊張していた。

感覚は全くなかったが、初めて術士の力を使ったらしい。

ただ手が暖かかっただけで、よく分からなかった。

一瞬のような出来事だが、頭を下げた時に見えた自分の髪の色でやっと日和は金色の部分が増えた事に気付いた。


「これからも力を使うと髪の色が変わるんでしょうか…」


 無意識に、口から言葉が漏れていた。


「綺麗な金の混じった髪だけど…そうだね、君が術士の力を使いこなす時には綺麗な金色の髪をしているのだろうね」


 師隼は帯に刺していた扇子で日和の髪を撫でる。

時々きらきらと光る髪が、術士の力を所持しているという証である事を示していた。

日和はそのまま練如に連れられ、家に戻った。

竜牙は後に来る玲、波音、夏樹と共に別で話があるらしい。


「練如、ありがとうございました」

「…私の役目は主をお守りすること。それ以外にはない」


 練如は極端に口数が少ない。

それは、竜牙以上だった。


「そう…ですよね…。えっと…また明後日、会えますか?」


 日和の問いに、練如は小さく頷く。


「主が呼べば、私は行く。どこへでもだ」

「……会えるの、楽しみにしています」

「……主。私はいつでも戦える。主が求めれば、主が望めば、いつでも。主の力のあるままに」


 気付けば、練如は夕方の赤みの中で影も無く消えていた。

まるで残響の様な練如の声だけが響いた。




***

「やあ、皆揃ったようだね」


 竜牙・波音・玲・夏樹が揃い、師隼はにこりと笑う。


「私が外出している間に女王が現れたという報告、討伐に金詰日和が手助けをしたという報告を受けたよ。そこで、こちらでは金詰の遺産を日和に契約させた」

「な…事後報告ですか?」


 師隼の言葉を遮るように、玲が声を上げる。


「君ならそういう反応をするだろうね。だがこの際仕方がない。練如は早目に動けるようにした方が良いし、彼女の力酔いは今から更に間隔が狭まる。彼女の体の負担を考えても今が一番…いや、寧ろ遅いかもしれないな。

 それとも玲は…彼女に妖になって欲しいかい?」


 瞳孔の開いた師隼の瞳が玲を捉える。

玲は何も言わず、唇を噛みしめた。


「安心してくれ、すぐに術士になれとは伝えていない。彼女が自分から申し出るまでは一般人のままで居て貰うよ。彼女が少しずつ力を練如に渡す事で酔いづらくする程度さ」

「…日和、そんなに酷いの?」


 波音は眉を顰め、心配そうな表情になっている。

この術士達は溜め込むそばから常に力を使い、溜まらないようにしている。

何の訓練も受けていない、力のある一般人が日常をまともに過ごせるかどうかは想像つかないだろう。


「そうだね…先日体調を崩した割には、もう1週間ほどでまた体が悲鳴を上げ始めるんじゃないかな。彼女の感情次第ではあるが」


 師隼の予測に竜牙の表情が歪み、玲の表情は重い。

雨の日の日和を思い出し、また倒れこむ日和を想像しただろう。


「…それで日和さんに式神の契約をさせたのは分かりました…。でも、日和さんに女王の討伐の手助けをさせてしまった事は良いんですか?」


 夏樹の疑問に師隼は視線を合わせ、頷く。


「ああ、金詰日和は大変家の血が濃いらしい。

 彼女自身、妖から襲撃されやすいのが問題だが…手伝ってくれるなら寧ろ、そうしてもらった方が良いだろう。戦っている時に思考は巡らせられそうかい?」


 夏樹は力無く首を横に振る。

最初に出会ったのは日和と夏樹らしいが、どうやら本当に日和を守る事で精一杯だったらしい。


「……初めて女王を見ましたが、そんな余裕は無かったです」

「なら、それでいい。後は彼女さえ守れれば問題は無い」


 落ち込む夏樹に師隼はにこりと笑顔を向けた。

そこに竜牙が気鬱げに師隼に視線だけ向け、口を開く。


「…その為だけに、巡回を練如に任せ術士を集めたのか?」


 師隼は笑顔を崩さず、弄ぶように手元の扇子をばさりと開いた。


「今回は、本当は兄上の墓参りだけだったのだが…東京の分倍河原(ぶばいがわら)から連絡が入ったから、一緒に行ってきたんだよ。一つ報告があったみたいでね。覚えてるかい?櫨倉命が遭遇し、金詰日和を殺しかけたあの妖。確か牛と熊が混ざった姿をしていたと聞いたけど」


 師隼の目は笑っておらず、寧ろ怒りの様な圧を感じる。

夏樹以外の表情が、ぴくりと反応する。


「あれについてだが…新たな報告例が最近一つあって、麗那が見つけた時には狐面が一人やられていたらしい。

麗那が(フクロウ)と猫か何かを混ぜたような姿をした妖を捕らえて持って来たのでね、そのまま連れて行ったんだよ。そしたら、2()()()()()()()()()()()()()姿()だって結果を返された」

「は……?」

「そんな変な妖がいるの…?」


 師隼の報告に波音の表情は歪み、玲は怪訝な表情を向ける。

夏樹に至ってはどんな想像をしたのか、一瞬で表情が真っ青になった。

だが、互いに相容れるような容姿の生き物ではないのは確かだ。


「流石の分倍河原も初めて見たと驚いていたよ。何か普通じゃない事態が起こっている。金詰日和に関わる事なのかどうかもまだ分かってない。君たちも気をつける事だ」


 師隼の言葉に術士は頷き、解散となった。

その表情は酷く重く、三人も表情は暗かった。

師隼の屋敷を出ると広がる曇天の空、むわりと夏の気配を感じさせる蒸し暑さが更に気持ち悪さと煮え切らない気持ちを抱かせる。


「…ねえ、竜牙。私が来た時はもうやられかけていたけど…そんな気持ち悪い見た目してた?あいつ…」


 先に屋敷を出た竜牙に話しかける波音の言葉は沈んでいる。

竜牙は表情を変える事なく、言葉を選んでいるのか少し考え込むと、首を振った。


「確かに、牛とは言い難い胴体はしていたが…あの時は急いていたから……。言われれば不気味な見た目だったかもしれない」

「僕も日和ちゃんを助ける事しか考えてなかった。違和感は感じてたけど、そういう事だったんだね…」

「……まあ、あの状況じゃ仕方ないわよね…」


 玲は妙に納得しているようだが、珍しく波音がため息を吐く。


「僕もこちら側はよく見ておきます。何かあったら、すぐに応援要請します」

「その方が良いだろうね。全く関連の無い姿をした妖同士が合成された姿って言われても、それはそれで怖いけど。多分僕たちが会った個体はそこまで違和感のないものだったのかな」


 夏樹と玲は不安な表情を見せていた。

それをもばっさりと切り崩すように、竜牙は先に歩きだして少しだけ、後ろの三人を見た。


「姿はどうであれ、妖は妖だ。在れば斬る。それ以外に何の必要もない」


 酷く冷えた鋭い視線だけがそこにはあり、妖に向ける目を同じ色をしていた。

ここにいるのが正也であれば同じ空気が漂っていたのかもしれないが、やはり竜牙は異質だ。

三人の中にそういった心がありながら、その言葉を認める。


「あれぐらいの真っ直ぐな強さが欲しいわ」

「竜牙さん…かっこいい…」

「……」


 波音はないモノねだりのため息を吐き、夏樹は憧れの目の色に変わった。

玲は静かに、心の中でそれが出来る力と技術と願った。

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