18.日和と波音
夕食があっという間に済んでしまった。
「うーん…どうしよう?」
「私も巡回必要なくなったし、宿題でもやっちゃいましょうか」
「それもそうだね」
テーブルを綺麗にし、皿は手早く洗って宿題を広げた。
ここで一つ誤算だったのは、多少は時間がかかるだろう、と踏んでいたが日和も波音も躓いたり悩む事も無くさっさと済んでしまった事だ。
「貴女勉強はできるのね」
「そう…かな?あんまり気にした事はないけど…」
「中学は?」
「篠崎第一ですね」
波音の眉間に皺が寄った。
篠崎中は第三まであって、学力のランクがそれぞれ違う。
日和が通っていた第一はそれこそ、玲が在籍する特進クラスや国立等の名門校を目指すようなトップクラスとも言える学校だ。
「……将来、何か決めているものでもあるの?」
「ううん、全く。兄さんが通っていたのでそのまま私も同じ中学に進んじゃった」
何の気なく言葉を返す日和に波音の表情が更に歪んで頭を抱える。
「そんなお友達感覚で選ぶような中学だったかしら…?」
「ちなみに波音は何処ですか?」
「私?第二よ」
「波音も優等生ですよね…?どうして第二に?」
「こうして術士してるんだからある程度はしっかり勉学をして卒業できればそれでいいのよ。将来なんて決まってるし、上を目指すのが無意味だわ。玲とは違うの」
ふう、と息を吐く波音。
確かに玲は特進科に居てこっちよりも更に高いレベルの勉強をしている。
その理由はと言うと玲が『医者』を目指しているからだ。
「兄さんは医者を目指しているって聞いたけど…術士と医者を一緒にするの?」
ふとした疑問に日和は首を傾げる。
『二足の草鞋を履く』という言葉があるが、兼ねられる仕事なのだろうか。
「あいつの父も祖父も医者だもの。術士の力が失われても神宮寺の屋敷で働くでしょうね」
「あのお屋敷の中に医療機関でもあるんですか…?」
祖父が亡くなった時足を運んだ神宮寺家の屋敷は広すぎて、門からずっと真っ直ぐに進んだ大広間までしか全貌を知らない。
ただ、それでも立派な家屋に病院の設備が一切想像つかない。
先日波音と夏樹が戦っていたようにどう見ても危険のある仕事なので怪我をしない事は無いだろうが。
「まあ、あるのよ。あまり世話にはなりたくないけれど。貴女も世話にならないようにね?」
「えっ…あ、はい…!」
つん、とした表情で言う波音の言葉に日和はどきりと心臓を鳴らす。
父も祖父も妖に殺されたのだから自分が狙われない筈がないのだ。
極力お世話にはならない様にしよう、日和は心の中で小さく誓った。
「…さて、そろそろ行くわ」
「あ、そう?送――…気を付けて帰ってね」
席を立つ波音に送る、とは言えず言葉を濁す日和はその背をついて行く。
「それじゃ日和、また明日」
「うん…ありがとう、波音」
手を振って、最後は口角を上げて去っていく波音の背をじっと見て日和は玄関の扉を閉めた。
「……今日は、楽しかったな」
落ち着いてからふと過る寂しさに、小さく呟いた。
***
日和に玄関まで送ってもらい、私は日和の家を後にした。
巡回の必要は無いと言われたけれど、また少しずつ気を張りながら歩き出した。
「お主…波音か?」
柳ヶ丘を出る頃、不意に後ろから声がかかった。
「あ…ら…咲栂様、お疲れさまです」
水のように美しく透き通るような長い髪を後ろで結い、何枚もの着物を重ねたまるで平安貴族のような姿をした姫が、そこに居た。
名を咲栂――玲の式だ。
「うむ。お主も日和の元へいた所じゃろう?主様が任を降りた為に忙しなくなるだろうが、あまり無理はせぬことじゃぞ」
今はそこそこに機嫌が良いのか、にこりと美しく微笑んでいる。
「ありがとうございます。日和に関しては私だけじゃなく、術士皆で様子を見る事に決めましたから…咲栂様も今までに何度かお守りになられたのでしょう?」
挨拶ついでに頭を下げると、咲栂は少し眉を上げた後、表情を隠すように扇で口元を隠してパチンと扇を閉じた。
「まぁ、な。我が主様も優秀じゃ、問題は無いに等しい。…さて、童たちはもう帰り支度をするが、送ってやろうか?」
「いえ、咲栂様も早く戻りたいでしょう。お手を煩わせるわけにはまいりません。それでは」
相当機嫌が良いのか、まさか咲栂様から送ってやろうか?と言われるとは思わなかった。
妙に緊張して心臓が跳ねあがった。
咲栂の前を離れると、後ろから「ああ、またな」と声がかかった。
心臓がどうにかなりそうだ。
咲栂という式は、正直苦手だ。
礼節を弁えないと怒り出すのは見た目や雰囲気から溢れるほどの貴族感があるからだとはいえ、癇癪もあるし配慮が抜ければそれこそ津波が起こりそうだ。
昔は竜牙とも仲が悪かったそうだが、一々煽てて気を良くする咲栂と一切そういうのには揺らがない竜牙では確かに雲泥の差がありそうだ。
そういえば最近は竜牙にも接しやすくなった気がする。
元々そんな近い存在ではないが、正也が呪われたせいもあるのか、普段以上に姿を見るからか、他人の式という意識が減ってきた。
半分は日和のおかげもありそうだ。
日和もまた、不思議な人間だと思う。
私には感情が薄いのは気にかかるけど、素直で親しみがあり、私とは全く別の世界の人間だ。
危なっかしくてついつい心配してしまうし、ペースもよく乱されて大変だけど、一緒に居て楽しい。
「波音、ぶれてきたよ」
「…っ!!ごめん、焔…」
しまった、私は何を考えているんだろう。
とにかく今は、これから先の為にも出来る限り強くならなきゃいけない。
私だって、日和を守ってやるんだから――!
咲栂
?月?日・女・??歳
身長:170cm
髪:白藍
目:紺碧
好きなもの:主
嫌いなもの:不躾な人間
豪華なきらきらしい十二単、目鼻がはっきりしていて口も大きいちょっと中性的な顔立ち。
髪型は姫様カットで後ろは足首あたりで結ってあります。(髪の長さがそこまでとは言ってない)マジ平安姫。
動くの嫌い。歩く必要は無いの。だって水の上を滑ればいいでしょ?
美の上に立つ人と言いたくなる程身だしなみに気を付けている。勿論時代考慮済み。今は色んな美しさがあって良いね。