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神谷君のターン

 課長と駅で別れ、自宅に戻った。エレベータから降りると、玄関の前に人影があった。

 しゃがみ込んでいるその人は、カーキのミリタリーコートを着て、寒そうに縮こまっていた。


「神谷君――」

 私の声に顔を上げると、ポケットに仕舞っていた右手を上げ「オッス」と言った。

「何してんのー、今カギ開けるから」

 クッキーモチーフのキーホルダーがついた鍵を鞄のポケットから出し、ドアを開けた。

 すぐに玄関とリビングの電気を付け「どうぞ」と言った。

 神谷君は「おじゃましますー」と鼻声で言い、自分でスリッパを出してペタペタと歩いてソファに座った。コートに包まれた肩を上げて縮こまり、しきりに鼻を啜っている。

 私はコーヒーの準備をしながら電気ストーブの電源を入れ、神谷君の傍に置いた。

「何してたの?」

「何って待ってたんだよ」

「はぁ?」

「待ってたの。帰ってくるのを」

 意味が分からない。何で私の帰宅を、私の家の前で、あんな風にして待ってるんだ。締め出された子供かっ。

 急ぎで二人分だけ淹れたのでコーヒーはすぐに出来上がった。

「はいどうぞ」テーブルに置く。マグカップからは湯気が照明に向かって立ち上る。

「はいどうぞ」神谷君が小さな小さなビニール袋をテーブルに置いた。

「何これ」

「開けてみ」

 私は言われるがまま、そのビニールを開けた。中にはギターの形をしたキーホルダーと、何故か黄緑色のギターのピックが入っていた。そのピックを見て笑わずにはいられなかった。

 表には「神谷」裏には「予約済!」と黒いマジックで書かれていた。

 神谷君は素知らぬ顔でコーヒーを飲んでいる。「暖まるー」とひとり呟いている。

 私はギタースタンドからリッケンバッカーを持ってきて、適当にチューニングすると、神谷君がくれたピックで、ビートルズのストロベリーフィールズフォーエバーのコードを弾いた。

 神谷君もこの曲を知っていたらしく、「あ」と言って耳を傾けていた。

 全て弾き終えると「凄い」と言って手をぱちぱち叩いた。

「俺、ビートルズの曲の中でこの曲が一番好きなんだよね」

「へぇ奇遇、私は二番目だけどね」

「一番は何?」

「ノルウェイジャンウッド」

 村上春樹かよ、と突っ込まれた。

「沢城さん、ストロベリーフィールズの日本語訳ってみた事ある?」

「ないよ」

「今度見てごらん、課長が言いそうなセリフだから」

 想像がつかないけれど、「うん」と言っておいた。

「で、今日はこのキーホルダーと、予約票を渡しに来てくれた、という事?」

 部屋はだいぶ暖かくなり、さっきまでしきりに鼻を啜っていた神谷君も、コートを脱いで、大人しくなった。

「竹内さんが言ってたじゃん、好きな人にはプレゼントあげていいって」

 あぁ、私は頭を抱えた。やっぱりそう来たか。

「パパにはネクタイあげたんでちゅか?」

 ソファの隣に腰掛ける神谷君の脚を思いっきり蹴とばした。

「俺にはないの?」

「コーヒー」

「へ?」

「コーヒーで我慢しなさい。ここのコーヒーは神谷君しか飲みに来れないんだから」

 多分「神谷君しか」という部分に反応したのだろう、やたらとニコニコしながらマグカップを両手で握っている。

「予約票は再発行できます。無くなったら必ず申請してください」

「普通予約票ってのは予約した人が持つものじゃないの?」

 減らず口の神谷君がこの時ばかりは黙った。暫く黙ってからドヤ顔で言った。

「いいんです。神谷君ルール発動だからー」

 仕方がない人だな、と思って少し笑った。

 この、肩肘を張らなくていい空間が、何だかとても居心地が良い事に気付き始めた。

 本当はもっと早くに気付いていたのかも知れない。

 神谷君とこうして同じ部屋にいて、同じソファに座って、他愛もない話をしているこの時が、とても心地が良い。

 神谷君は相変らずニコニコしながら、ヘタクソなストロベリーフィールズフォーエバーを歌っている(とりあえずビートルズに謝れ)。

 彼の予約なら本当に――本当に受けてもいいかな。そう思い始めていた。

「課長には何を貰ったの?」

「マフラー」

 手に持ってそれを見せた。

「俺が買ったピックの黄緑の方が、良い色だな。俺様の圧勝。それにギターのキーホルダーもある。数でも圧勝」

 ちょっと貸して、と私の手からマフラーを分捕り、じーっと見ている。何を確認したのかは分からないけれど、すぐに「はい」と返してきた。

 それを受け取ろうとした瞬間、手首を掴まれ身体を引き寄せられた。短くキスをされた。


 頭の中がチカチカした。心臓が喉から出そうに苦しい。何すんだこの男。

「何、何なの急に」

 掴んだ手を離さない。私の目をじっと見つめたまま彼は言った。

「俺は本気で言ってるんだからね。本気で沢城さんの事を予約してるんだからね。その本気を、今の行動で見せてみました」

 そして手を離し、残っていたコーヒーを飲み干し「ごっちそー」と楽しそうに言った。

 あぁコイツ本当に頭が沸いているとしか思えない。何なんだ。頭ん中カオスか。

 とんだサンタクロースが我が家に来たもんだ、と思った。

 でも、心のどこかで、そんなに悪い気はしないな、と思っていたのも事実。

 「好きだ」と言われると好きなってしまう魔法。

 クリスマスにサンタが持って来たのは、この魔法かも知れない、と柄にもなく思ってしまったのであった。


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