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クリスマス

 駅前はジングルベルの音楽や鐘の音、緑や赤、金や銀の装飾で溢れ、会社の掲示板にも「組合主催 クリスマス会」なんて物が張り出されたりしている。


「クリスマスなんてこの世からなくなってしまえばいい」

 お昼ご飯を食べていると神谷君が急にそんな事を言い出したので、私も涼子も目を合わせて首をかしげた。

「神谷君、どうしたんだ?」

 涼子がそう訊ねると、神谷君はごくごくと喉を鳴らして麦茶を飲んだ。

「俺は今年、一緒に過ごす人がいない。一緒に過ごしたい人は好きな人と過ごすんだ。だからこんな行事、無くなってしまえばいい」

「神谷君、今年のクリスマスは平日だし、クリスマスって別に恋人と過ごすための日じゃないから」

 そう言うと、何故か軽く睨まれるのだった。おぉ、怖い。

「涼子は彼に何かあげるの?」

「うーん、ベースのストラップが欲しいとか言ってたし、そんなにお金掛けられないし、そんなもんかな。みどりは?」

 最近ずっとそれで頭を悩ませていたのだった。

「考えてはいるんだけど、奥さんにばれちゃうような物もアレだし、課長が自分で買いそうな物をあげないとねぇ。ネクタイとか?」

「父の日ちゃうでー」

 神谷君の鋭い突っ込みが入った。

 涼子は、蚊帳の外になりつつある神谷君を会話に引っ張り込んだ。

「神谷君は好きな子に何かあげて、再告白とかしちゃわないの?」

「え、恋人じゃなくてもプレゼントってあげていいの?」

「いいんじゃない?それを切っ掛けにお付き合いが出来るかも知れないよ、チャンスだよ」

 もう何も言ってくれるな涼子さんよ。相手はここにいるんだから。それが言えないのが歯がゆい。今は私が蚊帳の外だ。

「で、その好きな人ってのは誰なの?」

 興味津々の顔で定食のコロッケにソースを掛けながら訊いている。

「それは言えないよ。ね、沢城さーん」

 箸が止まってしまった。何故私に振るんだ、コイツ。

「何、みどりは知ってるの?」

 私は両手をブンブン振って全力で否定した。箸を片方落としてしまった。

「知らない知らない。神谷君、意味不明だよ、大丈夫?」

 普段の私なら「ふざけんなコノヤロー」ぐらい言えるんだけど、会社では出来ない。

 箸立から新しい箸を一本出し、昼食を続けた。

 この微妙な友人三角関係みたいな図式から、早く脱したい。とりあえず、課長との間を涼子が知ってくれたことで、会話がしやすくなったのは事実。



 クリスマス当日は仕事だったので、帰りに課長とサンライズで待ち合わせをした。

「今日は僕が先だったね」

「すみません、お待たせして」

 いつもの様にカウンターに座り、コートとマフラーを脱いだ。店員さんがハンガーを持ってきてくれたのでそこに服を掛け、あとは店員さんにお任せした。

 課長は先にビールを呑んでいたので、私はドリンクをオーダーした。


 カウンターにバイオレッドフィズが運ばれてきたので、課長の飲みかけのビールとグラスを合わせた。「メリークリスマス」眼鏡の奥の目はすぼめられ、口角がキュっと上がった。

「僕ね、女の子にクリスマスプレゼントあげるなんて久々過ぎて、選ぶのに何時間掛かったか」

 そう言いながら長方形の平らな箱を取り出した。

「わぁ、開けていいですか?」

「どうぞ、お気に召すかどうか」

 後ろのテープを丁寧にはがし、包装を解くと、中には綺麗なエメラルドグリーンのマフラーが折りたたまれていた。カシミアと書いてある。

「わぁ、綺麗な色――」

 思わず見惚れた。本当に綺麗な色だった。宝石のエメラルドをそのまま写したような、深いエメラルドグリーンだ。

「ありがとうございます。嬉しいです。実は私もプレゼント、買ったんです」

 細長い箱の形ですぐにばれてしまうと思いつつも、それを手渡した。

「ん?この形はもしかして?」

 包装を解き「あ、正解。でもこんな素敵なネクタイは持っていないよ」

 箱ごと持ち、自分の首元に持って行き「似合うかな?」と細い目を更に細めて笑って見せた。

「凄くお似合いです。良かったです、この柄にして」

 私はマフラーを箱から出し、首に巻いて見せた。「どうですか?」

「凄く似合うよ。今日着てきたベージュのコートにも凄く映えると思うよ」

 そう言われ、「じゃぁ着けて帰ろうかな」とそれを簡単に畳んで紙袋に入れた。

「僕はさすがに着けて帰れないけど、年始一発目はこのネクタイにしようかな」

 ニコニコしながら箱を袋の中に仕舞った。

「クリスマスって不思議だよね」

「何でですか?」

 私は首を大げさに傾げて見せた。

「大人になるとサンタなんて来ないのに、こんなに嬉しいんだから」

「そうですね」

「僕はプレゼントがなくても、沢城さんと一緒にこうやっていられるだけで嬉しい」

「それじゃクリスマスが関係なくなっちゃいますよ」

 顔を見合わせて笑った。


 店から出る時に、着けてきたマフラーを鞄に仕舞い、課長から貰ったマフラーを首に巻いた。

「凄く似合う」

 そう言われ、私は全身の血液が顔に集中するのが分かった。改めて言われると凄く恥ずかしい。

 店を出て、駅まで歩いた。

「課長が夏に奥様と腕を組んで歩いてるのを見て、凄く羨ましかったんです」

「うん」

 課長は穏やかに頷いた。

「でもこうやって、クリスマスを一緒に過ごせて、プレゼントまでもらえて、これ以上望んじゃいけないなって今は思ってます」

 課長は私の横顔を見て「優しいね」と言った。

「こんな不憫な恋愛をさせてしまっているのに、君は文句一つ言わない。本当に優しいね」

 本当は文句の一つや二つ、言いたい。腕を組んで歩きたい。手を握って歩きたい。夏には奥さんに会わないで欲しかった。居室の――あの写真は剥がして欲しい。

 でもそんな事は言えない。私は永遠に、本当の一番にはなれないのだから。

 だったら不満を漏らさず、笑って時を過ごしたい。

 同じ阿呆なら踊らにゃ損、損。そんな場違いな言葉が頭をよぎり、思わず一人でこっそり笑ってしまった。


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