(七)風の知識
◆ 風の知識
村へ戻る途中、ミレナは何度も足を止めた。
最初は、身体が疲れているのだと全員が考えた。
だが、三度目に止まった時、ミレナは街道ではなく、遠くの山を見ていた。
「どうしましたか」
ハルヴェンが尋ねる。
「雨が降ります」
空は晴れている。雲も少ない。
「この辺りに?」
「違います」
ミレナは山の向こうを指した。
「もっと遠くです。冷たい流れと暖かい流れが重なって……」
言葉が止まる。
「なぜ、分かるんでしょう」
ネアが淡緑色の流れを見る。
「先ほど表へ出た知識が、まだ近くにあるのかもしれません」
「知識?」
「風の流れを読む方法です」
「方法を考えたわけではありません」
「精霊王の知識は、考えて思い出すものばかりではありません。身体を動かすように、初めから知っている形で出ることもあります」
「でも、私は今、雨が降る場所を見た気がしました」
「見た?」
セトが聞き返す。
「空から」
ミレナは自分の言葉に戸惑った。
「違います。ここにいました。さっきまで、草地に」
「風の精霊王の知識には、遠方の流れも含まれているのでしょう」
ネアが言う。
「知識なのに、景色があるんですか」
「通常の知識なら、景色や感情は伴いません」
「では、記憶?」
「それも、まだ分かりません」
ミレナは山から目を離した。
「少し休みたいです」
◆ 見たことのない場所
村へ戻ったミレナは、自宅へ帰る前に、借りた家で休むことになった。
一人で歩かせることを、ネアが止めたためだった。
ミレナは長椅子へ横になった。
目を閉じても眠れない。
まぶたの裏へ、知らない景色が浮かぶ。
高い山。深い谷。地面の上を滑るように進む影。海へ流れ込む大きな川。
「また見えます」
ミレナが言った。
近くに座っていたネアが顔を上げる。
「何がですか」
「知らない場所です」
「先ほどと同じ?」
「たぶん」
「目を開けられますか」
ミレナは目を開けた。
天井が見える。
見慣れない借家の天井だった。
それでも、山と川の景色は消えない。
「今は、ここも見えています」
「二つ重なっている?」
「はい」
「どちらかへ意識を向けないでください」
「向けなくてもあります」
ミレナは額へ手を当てた。
「私は、あの川を知っています」
「昨日まで知っていましたか」
「いいえ」
「名前は?」
「分かりません」
「場所は?」
「分かりません。でも、どこへ続くかは分かる気がします」
「知識に景色の形が付いているのかもしれません」
「それは、私の記憶と何が違うんですか」
ネアはすぐに答えられなかった。
※第25話「分けられたミレナ」は全八回です。
続きます。
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