(一)人が扱う精霊
◆ 人が扱う精霊
人が扱える精霊に、意志はない。
火を起こし、水を集め、風を動かす。
術者の働きかけに応じて形を変えるが、自分で考えて動くことはない。
目に見えるほど集まれば淡い光の粒となるが、一粒一粒に命があるわけでもない。
だからこそ、人間は精霊を扱うことができる。
少なくとも、それがこの世界の常識だった。
白い光が森の中を走った。
直後、太い木の幹へ斜めの傷が刻まれる。
斬撃を放ったセトは、それが浅いと判断するより早く横へ跳んだ。
直前まで立っていた地面へ、巨大な前脚が落ちる。
土が弾けた。
舞い上がった小石が頬を打ったが、確かめている余裕はない。
セトは着地と同時に身を低くした。
頭上を黒い影が通過する。
大型魔獣が振り回した、もう一本の前脚だった。
人の胴ほどもある。
爪だけでも短剣より長い。
当たれば、防具の有無など関係ない。一撃で骨まで砕かれる。
「重いだけじゃなくて、速いな」
セトは右手を握り直した。
その手に、金属の剣はなかった。
◆ 白刃
周囲に漂う白い光が集まり、握った手の先で細長く固定されている。
鍔も柄頭もない。
白く発光する、簡素な剣だった。
意思を持たない精霊を集め、剣の形へ固定する。
それがセトの使う剣状精霊術である。
セトは白い剣――白刃を下段に構えた。
目の前の大型魔獣が低くうなる。
四つ脚の獣に近い姿をしているが、普通の獣とは比べものにならないほど大きい。立ち上がらなくとも、肩の位置がセトの頭より高かった。
黒褐色の毛に覆われた体には、ところどころ灰色の硬い板が浮き出ている。
頭部から伸びた二本の角は前方へ湾曲し、目の周囲まで硬い外殻に守られていた。
先ほどから何度も斬っている。
だが、深い傷は一つもない。
刃が通りやすい腹や脚の内側を狙おうとしても、巨体に似合わない速さで向きを変えてくる。
ここまで硬いとは思っていなかった。
街道から少し外れた森で気配を感じ、確認へ来た判断そのものは間違っていない。
放置すれば、いずれ人の通る道へ出ていた可能性がある。
問題は、自分一人で倒せる相手ではなかったことだ。
◆ 飛び石
大型魔獣が口を開いた。
威嚇ではない。
セトは白刃を横へ寝かせる。
直後、魔獣の口から土と石がまとめて吐き出された。
精霊術と呼べるほど整ったものではない。
ただ力任せに地面を削り、砕いたものを押し出している。
それでも、正面から受ければ無事では済まない。
セトは白刃を振り抜いた。
白い剣筋が、刀身の長さを越えて走る。
飛来した石の塊が二つに割れた。
続けて二度、三度と振る。
大きな石だけを切り、小さな破片は腕で顔をかばいながら受けた。
全てを斬る必要はない。
致命傷になるものだけを落とせばいい。
土煙の向こうで、大型魔獣が動く。
姿は見えない。
だが、地面から伝わる振動が急速に近づいていた。
セトは後ろへ下がらず、斜め前へ踏み込んだ。
土煙を突き破って現れた角が、旅装の脇をかすめる。
まともに受ければ吹き飛ばされる。
だが、頭を下げて突進している今なら、目の周囲を狙いやすい。
セトはすれ違いざまに白刃を振り上げた。
白い斬撃が、硬い外殻の隙間へ入る。
大型魔獣が叫んだ。
血が散る。
初めて、明確に傷を負わせた。
だが、浅い。
眼球には届いていなかった。
◆ 砕ける刃
セトが振り返るより早く、魔獣の後脚が跳ね上がった。
「っ!」
白刃を盾のように構える。
衝撃が腕を突き抜けた。
固定していた白い刃が大きくたわみ、光の粒となって散る。
セトの体は地面から浮き、背中から木の幹へ叩きつけられた。
一瞬、息が止まる。
視界が白く染まった。
痛みを確かめている時間はない。
セトは崩れ落ちる勢いを使って横へ転がった。
直後、木の幹へ角が突き刺さる。
太い幹が軋んだ。
大型魔獣が頭を振ると、木の表面が大きくえぐれる。
あれを体に受ければ終わる。
セトは片膝をつきながら右手を伸ばした。
散った光が再び集まり始める。
白刃を作ることはできる。
だが、右腕が痺れていた。
握る力が戻りきっていない。
肋骨にも痛みがある。折れてはいないと思いたいが、大きく息を吸うと右脇が刺すように痛んだ。
大型魔獣がこちらを向く。
傷つけられたことへの怒りか、先ほどまでよりも呼吸が荒い。
逃げ切れるか。
セトは周囲へ視線を走らせた。
◆ 逃げられない森
木々の間隔は狭い。
体の大きな魔獣には不利な場所だが、先ほどの動きを見る限り、木を盾にする程度では止まらない。
街道の方向へ逃げるわけにもいかなかった。
なら、ここで足を削るしかない。
白刃が再び形を作る。
完全な長剣にはしなかった。
腕への負担を抑えるため、先ほどよりも短い。
セトは立ち上がり、左足をわずかに引いた。
大型魔獣が地面を蹴る。
真正面から受けるつもりはない。
突進の軸を外し、前脚の内側を斬る。
一度で切断できなくとも、同じ場所へ重ねれば動きを鈍らせられる。
そう判断した瞬間だった。
赤い光が、セトの頭上を通過した。
熱が遅れて頬へ届く。
「どけ!」
少女の声が落ちてきた。
セトは反射的に後ろへ跳んだ。
次の瞬間、炎をまとった何かが大型魔獣の頭部へ激突した。
鈍い音が森に響く。
突進していたはずの魔獣が、横へ押し流された。
巨体が地面を削りながら転がり、二本の木を巻き込んで止まる。
「……なんだ?」
※第1話「炎の少女」は全二回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/




