王様の面接(前編)
「企業は人なり」
「これが当社の社訓であり、会社の芯と言っても良い。新入社員、中途社員に関わらず、採用したら大切に、社会に貢献できる人材になるよう育成することが、使命であります」
入社式で社長が毎年行う訓示である。当社はエステサロンを全国に展開している。
「外見の美が内面の美を育む」
人気女優がこのフレーズと共にCMに出演したことで、サロンの知名度が一気に広まった。
「社長、会員にはコスメとの抱き合わせ販売を全店舗マストにします」
人事部次長の久世幹雄は、私の上司だ。私は人事部採用担当の一社員に過ぎない。新入、中途を含め、社員の採用は久世が全てを任されている。私は全ての採用面接に久世のアシスタントとして同席している。
「スペックで人を見る、面接の王道だ」
久世の口癖だ。
「佐野、今日の面接相手のスペックは?」
佐野は私の名前だ、佐野瞳。私は久世に履歴書を渡す。
「なるほどね〜、まぁ大したことないな。こんなの面談するだけ時間がもったいないな」
「しかし久世次長、この方はうちの商品のヘビーユーザーでもあるそうですよ。感想も細かく別紙に書かれて…」
「そういうのが無駄。こんなの読んでもらえると思ってるのかな」
こんな調子である。書類選考を通過して、わざわざ入社希望者を呼んでおいてこれである。
「他には?少しはハイスペックなヤツいないの?俺の目に叶うやつに会いたいもんだよ」
久世はハイスペックなのだろうか。
ある面接でのこと。女子大学四年生。彼女の母親が当社の顧客であるとのこと。
「御社の施術を受けて、母がどんどん気持ちが明るくなっていく様子を見ました。私もぜひ…」
「ごめんね、そんな志望動機は聞き飽きていてね。なんかこう、刺さらないんだよ。エモーショナルじゃない」
こちらから質問した志望動機に対する解答を遮るとは、失礼極まりない、刺さらないなんて何を言っているのだろうか。カタカナ語を使える俺カッコいいとでも思っているのだろう。
別の女子大生、彼女は服飾学部在籍。勉強の為に海外のファッションショーを幾つも見学し、美に関心を持ったという。私はその活動力を評価したいと思い、久世に推した。
「でもさ〜服飾学部なのにアパレルじゃないの?四年も勉強して結果がエステってさ、なんか一貫してないよね」
彼女はそんな久世に対して、一生懸命に話している。
「仰る通りです。その上で、私はどんな素晴らしいファッションも、美という基本があって初めて成り立つという事を確信しました。ですから将来的には世界のモデルを支えられる様なエステティシャンとして…」
「浅いよね動機が。海外のショー見て気がついたのがそれ?視点が狭いというかさ、ナローだよね」
「ナロー」と「狭い」は同じ意味では?「ワイド」に「広い」視点を持てとでも言うのか?
さすがに今回は私は彼女に助け舟を出した。
「久世さん、美を研究したい一心で海外のショーを観て回るなんて、簡単に出来ません。その行動力と探究心は、必ず仕事に活きると思います」
「それが行動力なんて思っている時点で甘いよね。やっぱり行動力というのは…」
久世は何一つ評価をしなかった。少なくとも私の目には、評価を「する気がない」としか映らないのだ。
それだけではない。評価基準が自分の基準のみで、他人の意見を聞き入れない。応募者を評価する王様にでもなったつもりなのだろう。取得資格についても、常に否定的な評価を下す。
ある時、トリリンガルの女子大生の面接があった。彼女は商社勤務の父親の転勤で、2歳から16歳までを海外で過ごしてきた。日本語が若干英語訛りなのが、海外経験の長さを感じさせた。
「数カ国で過ごしてきたってことですけど、あなたのそのスペックと当社のビジネスは何の関係がありますか?私としては、ノーサンクスかな」
「ノーサンクス」??なぜ英語で対抗しようとしているのだろう。英語が全く話せない久世に対して、彼女はトリリンガル。背伸びが過ぎる…ダサ過ぎる。
「正直に言って、当社には勿体ないくらいのご経験と能力をお持ちです」
私がこの様に伝えると、彼女は顔をほころばせた。そして、海外の美容の現状や、それを通じた自分の人生プランを話してくれたのだ。将来は自分で店舗を持つこと。海外で、まだまだ美容が行き届かない発展途上国で広めたいという希望を持っていた。
「そういう大きいことはさ、誰でも言えるんだよね。トリリンガルだけ引っ提げてこられても、うちとはミスマッチだな」
「一つ伺ってもよろしいですか?」
彼女は手を挙げた。
「今日面接の機会をいただいた事に感謝致します。参考までに、私が書類選考を通過した理由と、本日私の何がいけなかったのか教えていただけますか」
毅然と、久世を見据えて彼女は言った。
「え?いや、まぁそういうことはさ…何ていうか、ここで言う事ではないと思うな」
明らかに久世は焦っていた。優位な立場に立ったと思い、一方的に攻めていた。しかし、彼女の理路整然とした質問に対し、全く答えられていない。
大した理屈も理由もない。ただ、優位な立場でいたかっただけの話なのだ。しかも面接は、一方がするものではない。こちらもまた応募者から評価をされる立場なのだ。
「久世さん、せっかくお越し下さったんです。ぜひ、私からも質問にお答えになるべきだと思います」
彼女に助け舟を出したのではない。久世の矛盾を問い詰めたかったのだ。
「結果は後日。質問に対するお答えは差し控えます。大体、質問は受け付けていません。立場考えてね」
そう言うと、憮然とした表情で久世は部屋を出ていった。
久世は何がしたいのだろう。人の経歴や資格に難癖をつけ、追い返す。その立場に立って言いたい放題言うのが心地よいのだろう。
最悪な部類の性格だ。当社の「内面の美」という言葉が最も似合わない男だ。
数日後、再び応募があったのだが、応募者のスペックは驚くべきものだった。スペック至上主義の久世も、この人なら納得せざるを得ないだろう。
私は久世に、履歴書と職務経歴書を渡した。それを見て、久世の表情はどんどん厳しくなっていく。眉間の皺が深い。
これ程の高スペックの人材など、喜んでも表情を強張らせるのはおかしい。一体どんな基準で判断しているというのだ。
今回の応募者は、医師免許を持ち、さらに司法試験に合格した現役の医師。そして弁護士会に登録もしている。彼女の専門は皮膚科であり、エステの世界でこれ以上肌を知る人はいないのではないかとすら、私は思う。
今回の面接では、久世は始終不機嫌な態度を取っていた。
「医師免許に弁護士資格をお持ちでありながら、なぜ弊社に。もしよろしければ弊社の法務部門に来て頂きたいくらいです」
私はそう伝えた。久世は面倒くさそうに椅子にふんぞりかえり、ペンを回している。本当に性格の悪い男だ。
「別に医師も弁護士も求めてないんですけどね。やめてもらえます?求めてない資格で面接に来るのは」
久世は嫌味を込めて言い放った。
「久世さん、いくら何でも失礼です。これ程の方が来てくださったら、こんなに強いことはありません。私達の仲間になって下さろうとしているんです」
私は反論した。その後彼女は椅子から立ち上がった。
「エステはきちんと勉強します。また、皮膚科医だから言える、化粧品とお肌との組み合わせのお話も出来ると…」
「求めてません!うちのコスメはね、どんな人にでも合うんです!」
「いえ、それは少々危険な考え方です。お肌に合うものを一緒に探して…」
「だから求めてないっつってんの!あなたもしつこいね。何?資格を自慢しに来たの?」
久世は苛つきを隠さなくなっていた。どこまでも器の小さい男だ。
「ちょっと久世さん!謝るべきです。礼儀がありますよ。面接は人を査定する場ではありません!」
私は左遷覚悟で久世に怒った。我慢ができなかった。私の言葉に、久世は不貞腐れて部屋を出ていった。
「あの、本当に申し訳ありません。弊社としてお詫びをせねば…」
私は必死で頭を下げた。
「良いんですよ、大丈夫。佐野さん、ありがとう」
「どうして私の名前を?」
後編へ続く




