35.
学院の正面にある車寄せでは、馬車の渋滞が起きていた。
年末年始を家族で過ごすのは、この世界も変わりがないようで、黒の十日間を前に、人々は移動を始める。
もちろん冬期休暇に入る学院の生徒や教職員も同じで、学院内がどこか慌ただしい雰囲気に包まれていた。
前世の学校や会社と違うのは、この日から休みと定められているわけではなく、それぞれ必要な授業が終われば、さっさと帰ってしまうのだ。
ガドリアーナ王国はそれなりに広いし、交通手段といえば各地を結ぶゲートと呼ばれる魔道具の門と、馬車と馬なのだから、それも仕方がないのかもしれない。
王都に屋敷がある私やメグと違い、遠方の人間は、家に着いた途端とんぼ返りすることになりかねない。
ゲートの使用料などを考えると、自宅には帰らず、学院の寮で過ごす者も少なくない。
隣国出身のリリ=ルルやカルムなどがそうだ。
小さなトランクに、身の回りのものや読みかけの本、そして家族へのお土産を詰めて、私は定期馬車乗り場へと向かう。
車寄せに並んでいる、華美な装飾の四頭立ての馬車を眺めながら。
「クリス」
不意に声をかけられて振り返ると、メグがこちらへと向かってくるのが見えた。
「会えて良かったわ。これ、預かっていたから」
そういって差し出したのは、一通の手紙。
「トレイシーから。昨日、領地に帰ったから」
水色の封筒に、若草色のリボンと小さな白い花。
相変わらずお洒落だな、と思いつつ、私はそれを受け取った。
スティー子爵家は、王都に屋敷がなく、領地まで帰らなくてはならない。官位もお持ちでないため、新年に王宮で行われる初白の宴には、参加しないのだろう。
「なんだか、寂しいわね」
メグが、ぽつりと呟いた。
「冬期休暇なんてあっという間なのに、それでも皆と会えなくなるのが、寂しいわ」
メグの顔を見て、私は思わず笑みを浮かべてしまう。
「私も。皆に会えないの、寂しいって思ってた」
顔を見合わせて、どちらからともなく笑った。
車寄せの馬車を見て、
「時間、かかりそうだね」
「諦めてるわ」
メグは軽く肩をすくめた。
本来、学生の馬車の利用は、学院の定期馬車のみとなっているが、何事にも例外はある。王族や高位貴族は、それだ。
ましてや、現在学院には王太子に侯爵家の子女が二人、東大帝国の皇子までいるのだから、馬車が渋滞するのも無理もない。
「ルドヴィは、帰らないの?」
「ええ、王宮に滞在するそうよ。それで、王宮からの馬車が五台になったらしいわ」
その言葉を聞いて、私はきっともの凄く複雑な表情をしたに違いない。私の顔を見たメグが、くすくすと笑いをもらした。
「帝国のお出迎えの大使と、ルドヴィの側仕えや侍従に、身の回りの品々。それに殿下のお迎え。むしろ五台で済んだのがびっくりなくらいよ」
「そういうものなの?」
「そういうものよ」
メグは楽しそうに笑う。
ミラナート伯爵家も、決して貧しくはないし、貴族としては比較的裕福な方だと思う。けれど、侯爵家や王族の話は、スケールが違いすぎて、言葉を失ってしまう。
普通のといっていいか解らないが、一般的な貴族令嬢な私は、学院からの定期便で町の市門で、ミラナート伯爵家の馬車に乗り換える。
「またね。冬期休暇楽しんで」
私の言葉に、一瞬メグの眉間にしわが寄る。
「楽しめればね。クリスも、素敵な休暇を」
微笑んで、馬車の方へと戻っていくメグを見送って、私も、定期馬車の乗り場へと向かう。
カルソン侯爵家の侍女の皆さんが、トランクや衣装箱を積み上げていたのは、見えなかったことにした。五台で済んだ、といっていたけど、カルソン侯爵家の馬車は何台来ているのだろうと、そんなことを思いながら。
ふと。
さっきメグから渡された、トレイシーからの手紙を改めて見直す。
わざわざ冬期休暇の前に手紙をよこすなんて、なんだか嫌な予感しかなかった。
定期馬車の時間まで、まだ少し余裕があった。
散々迷った挙げ句、恐る恐る封を開ける。
書き出しは、普通に、リボンのお礼と試作として渡されたキャンディーの話。
トレイシー曰く、肌にいい薬草を使ったけれど、味は保証するというもの。
そんな他愛のないことが綴られて、先に領地に帰ることになって残念だけれど、冬期休暇を楽しもうという言葉で締めくくられていた。
思ったより普通だな、と思っていた私は、追伸と日本語で書かれていた一文に、目が吸い寄せられる。
『アップデートについて、やっと思い出したの。重大発表。ヒロインがもう一人増えるの』
「はあぁっ!?」
思わず。
思わず、私は大声を上げてしまっていた。
冬期休暇が明ければ、ゲームが始まる。
始まるけれど、これって、あまりにも前途多難すぎないだろうか。
ヒロインに一切関わらないようにしていた、トレイシーの気持ちがほんの少しだけ解った気がする。
ゲームが始まらないと、アールレイ様には会えない。
会えないけれど、でも、なにが起こるか解らない。
どうして、こうなった。
待ち遠しいような、それでいて泣きたくなるような、そんな複雑な気持ちのまま、私は新しい年とゲーム開始を迎えることになりそうだ。
どうか、恋愛イベント以外は、何事も起こりませんように。
心の底から、妖精に願わずにはいられなかった。




