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26.


 幸いなことに、軽い打ち身と擦り傷程度で、私もトレイシーも大きな怪我はなかった。念のため今夜は、学院の医務室で様子を見ることになった。明日の午前中には、神殿から治癒士が来て、私達の治療をしてくれるらしい。


「本当に、本当に、無事で良かった」


 ミントグリーンの瞳に涙を浮かべて、キャメロン先生が同じ台詞を何度も繰り返していた。


 学院の医務室は、前世の学校の保健室というより、大部屋の病室のような部屋だった。六つあるベッドは等間隔で並べられ、それぞれにカーテンが下げられている。部屋の奥には、大きな机と薬品棚、そしてソファーとテーブルが置かれていた。

 私とトレイシーは、そこでキャメロン先生とメーレ卿と対面していた。


「申し訳ありません。まさか、妖魔が入り込んでいるとは」


 先生の後ろに立っているメーレ卿が、神妙な面持ちで謝罪の言葉を述べた。頭に巻かれた包帯が、痛々しい。


「いいえ。油断をしていたのは私も同じです。ここ何年か、あの鐘が鳴ることはなかったものですから」


 学院の大鐘楼の鐘は、この直轄領に危険が迫ったとき鳴るのだそうだ。入学してすぐにそんな話を聞いた記憶はあるが、そこまで気にとめていなかった。妖精職人である建築師の手による壁と、同じく妖精職人の魔道具師が作った魔道具による結界で領地は守られており、学院にいたってはさらに強力な結界魔法があるのだから、鐘が鳴ることなどないと聞いていた。


 「恐ろしい思いをさせてしまいましたね」


 そうしてキャメロン先生は、私達に小さな箱をそれぞれ手渡した。


「怖い夢を見ないように、ささやかなお詫びです」


 箱を開けると、そこには七色の飴が一つ、入っていた。先生がわざわざくれるということは、これはただの飴ではないんだろうな。


「あの、何年かってことは、前はよく鳴っていたんでしょうか」


 トレイシーの質問に、キャメロン先生はメーレ卿を振り返る。それから、


「ええ。そうですね。魔獣の侵入はよくありました。妖魔も、年に数回は。それでも“鍵”の皆さんのおかげで、学院には大きな被害があったことはないのですよ」


 口の端をほんの少しだけ上げて、先生はそう告げる。それはつまり、町の人達には被害があったということなのだろう。あのときの、妖魔の姿を思い出して、体を震わせる。


「しばらくは、外出禁止となります。皆さんは、私達教職員と“鍵”の皆さんで守りますから、安心してください」

「……はい」


 トレイシーは俯いたまま小さく頷いた。


「アンドリューは、その、大丈夫だったんでしょうか」


 私の言葉に、メーレ卿は優しげな笑みを浮かべた。

 アンドリューもあの場にいて、大けがではないものの全くの無傷ということはなかったはずだ。けれど、医務室には彼の姿はなかった。


「アンディでしたら、大丈夫ですよ。擦り傷程度です」


 良かった。でも、どうして彼が剣を持って、あそこに駆けつけたりしたのだろう。そんな私の考えを見透かしたかのように


「グランクト辺境伯領は大樹海と隣接してますし、妖魔と出くわすことも少なくないと聞いています。彼は嫡男ですから」


 メーレ卿の言葉に納得する。アンドリューは、次期辺境伯として、幼い頃から鍛錬を重ねていたのだろう。実際、彼は同い年のウェインやカルムより、しっかりとした体つきをしている。パメラ先生が"鍵"と鍛錬をしていること教えてくれたのも、彼だった。きっと、学院に来てからも鍛錬を続けていたのだろう。


「今日はゆっくり、休んでください。なにかありましたら、枕元の結晶に声をかけてくださいね」


 しばらく講義のスケジュールが変則的になること、試験の作品提出日が延びること、メグやリリ=ルルには、明日には会えるということ。それらを告げて、キャメロン先生はメーレ卿と共に医務室を出て行った。


 こぼれ落ちたため息は、私のものだけではなかった。



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