24.
店長を含めた数人の店員に、恭しく頭を下げられる。初めての経験ではないけれど、なんとなく落ち着かなくて、私は真っ先に開かれた扉から外へと歩み出た。
そのときだった。
鐘が鳴り響いた。
それは明らかに、時を告げる町の時計台の物とは違っていた。重厚で空気だけでなく、大地や建物を震わせるような、心をざわつかせる音だった。
「皆様、こちらへっ」
背後から、叫ぶように声がかかる。振り返ろうとしたそのとき、突風が吹きぬけた。
投げ出されるように、石畳に体がたたきつけられる。気を失いそうな痛みに耐えて、起き上がると、すぐ傍に倒れ込んでいるトレイシーの姿が見えた。
なにが起こったのだろう。
あの鐘は、まだ鳴り響いている。通り沿いの店は軒並み鎧戸を下ろし、扉も閉ざされている。あれほど賑わっていた通りには、人っ子一人いない。
いや、通りの先、そこになにかがいた。草色のローブを身にまとい、目深にフードをかぶった長身のなにか。一見人に見えるけれど、違う、となにかが告げる。全身が粟立つような感覚。首筋がチリチリとする。息が苦しい。これは、紛れもない、恐怖だ。
やっと起き上がったトレイシーが、声にならない悲鳴を上げる。
それは、ゆっくりと被っていたフードを脱ぐと、草色の瞳を愉悦に歪ませ、告げた。
「見ぃつけた」
白く透明な肌に長い銀色の髪。草色の切れ長の瞳も、朱色の唇も、通った鼻筋も。それは美しいといえるのに、それに勝る禍々しさがあった。身の毛がよだつような、息をすることもままならないような、恐怖。
全身に力が入らない。震えが、止まらなかった。
「美味しそうなのが2匹、と言いたいところだけれど、空っぽかぁ。つながってはいるんだけどねぇ」
くすくすと楽しそうに笑う。それの言う2匹が、私とトレイシーのことだと解って、息をのんだ。顔を上げれば、店へと引き戻されるメグとリリ=ルルが見えた。
良かった。二人は、無事だ。
本能で、解る。これが、妖魔。
妖精でありながら、魔に身を堕とした者達。
あの鐘の音は、学院が妖魔の襲来を告げるもので、目の前にいるこいつは間違いなく妖魔だ。魔獣を生み出し、災厄や病気を引き起こし、人を食らうもの。
全身が冷たくなっているのが解る。手も足も動かすことが出来ない。震えてしまって、力が入らない。
「どちらかは食べて、どちらかは」
ショーウィンドウに並んだケーキを選ぶような気安さで、私とトレイシーをなめ回すように見つめている。
助けて、と叫びたいのに、声が出ない。息をしようと口を開いても、吸うことも吐くこともまともに出来なかった。
おぞましい笑顔を貼り付けながら、それは一歩一歩、踏みしめるかのようにこちらへと近付いてくる。絶対的強者が、獲物をいたぶるかのように、私達に絶望を味わわせるために。
死にたくない、こんなところで、死にたくない。
お願い、誰か、誰か、誰か。
「助けてっ」
私が叫ぶのと、それはほぼ同時だった。




