23.
「よろしいですか。くれぐれも、中央区から出てはいけませんよ。護符はちゃんと身につけていますか。皆さんが付けているブローチの薔薇の色が紫になるまでに、この中央広場に戻ってきてくださいね」
町の中央広場で、私達は一列に整列してキャメロン先生の話を聞いていた。
よく晴れた昼下がり。妖精学の試験も終わったことだし、今日の講義は課外授業にしましょうと、先生は町へと連れ出してくれたのだ。
あれからメグが妖精との対話に成功し、その後カルム、ウェインと続いた。そうして昨夜アンドリューが糸を紡いだと聞いて、未だ作品を作ることが出来ないのは私を含めて四人だけとなった。ルドヴィとフェルズは、魔力の使い方が違うのだから仕方がないとして、私とトレイシーが出来ないのは何故なのか、さっぱり解らなかった。
「息抜きですよ、息抜き。楽しんでくださいね」
解散、と笑顔でキャメロン先生は手を叩いた。
「どこに行く、メグ」
「クレイトン商会に行きたいんですけれど。クリス達は、どこか行きたいところ、あるかしら」
前を歩いていたリリ=ルルとメグが、ほぼ同時に振り返る。
「あ、私はべつに」
「ノア通りなら、美味しいお菓子を出すカフェがあると聞きましたの。そこに行ってもよろしいでしょうか」
「そうね。商会の後でもいいかしら」
そうして私達は、人で賑わうノア通りの方へと歩き出した。視界の端に、キャメロン先生と話し込むアンドリュー達の姿が見えた。
「ルドヴィ達、不参加なんだって?」
「ええ。予定外だから、護衛が間に合わないとか」
「それで、フェルズ様が先生に抗議していたんですのね。ちょっと、驚いてしまいました」
「あたしは、ちょっとほっとした」
あの二人がいると、どうしてもリリ=ルルは萎縮してしまう。
前に町に来たときも、同じ馬車の隅で、身を縮こませていた。安心して欲しくて握った汗ばんだ彼女の手の感触を、今でも覚えている。そのせいか、どうしても私達三人は、あの二人、特にフェルズに対して、あまりいい感情を持っていない。淑女のお手本みたいなメグですら、言葉に棘があるくらいだ。
そうして他愛のない話をしている内に、貴族の街屋敷のようなクレイトン商会の前に、たどり着いていた。
白い壁面に、アーチ型の窓。ガラス越しに、最新の魔道具、美しく染め上げられた布、流行りのドレスなどが飾られているのが見えた。階段を数段上がったところにあるのは、白く大きな両開きの扉。その両側には、紺色の制服を着たドアマンが立っていた。
確か、この店の正面部分はレイノルドが妖精職人として初めて手がけた仕事だったはずだ。キラキラとした瞳で、自慢気に語るシーンがあったのを覚えている。
「いつか君と俺の店を作ろう」
エンディングで彼はそう言って、主人公にプロポーズするんだっけ。
「成金趣味」
ぼそり、と呟いたのは、案の定トレイシーだった。思わず冷たい目で、彼女を見てしまう。
「だってそうでしょう。プレイしてたときから思ってたのよ。この窓枠や扉の銀の装飾とか、壁のレリーフとか。それに」
そうして彼女は建物を見上げる。ほとんどが2階建ての店舗のノア通りで、この店だけが5階建て。増築したのも、たしかレイノルドだった。
「でもまあ、王国一の商会だし」
「だからよ」
こそこそと内緒話をしているうちに、メグとリリ=ルルはさっさと階段を上がって行ってしまう。扉を開けたドアマンを見ることもなく、当たり前のように店内へと入っていくメグの後に、リリ=ルル、そして私とトレイシーが続いた。
「これは、カルソン侯爵令嬢マーガレット様。ご来店ありがとうございます。よい魔絹が入ってございます。ご覧になりますか」
すかさず、見るからに店長クラスという人が現れ、メグへと声をかける。その隣りにいた女性店員は、
「メッシュナー侯爵令嬢様、新しく入荷しました飾り紐がございます。ご案内させてくださいませ」
そうして二人をそれぞれに案内して行ってしまう。その素早さに私達が呆気にとられていると、
「ミラナート伯爵令嬢クリスティン様。みずみずしい“カイザルの薔薇”にお目にかかれて光栄です。本日は、素材をお求めでしょうか。もしお時間がありましたら、マダム・ティティの最新のドレスが今朝届いたのです。ぜひ、ご覧になりませんか。薔薇の刺繍とレースが見事な一品ですわ」
「スティー子爵令嬢トレイシー様。砂糖菓子と新作のジャムがございますが、いかがでしょうか。新しく入荷いたしました、七色糖は、一見の価値がございます」
いつの間にか私達も、きっちりと制服を着た店員に張り付かれていた。言葉遣いや身のこなしもさることながら、爵位だけでなく、誰がどの妖精職人見習いなのかも把握しているあたり、感心を通り越して薄ら寒いものがある。隣国出身のリリ=ルルの生家まで、知っているだなんて。
とりあえず、必死で作り笑いを浮かべながら
「大丈夫です。その、店内を見て回っても、いいでしょうか」
「ぜひ。なにかございましたら、お呼びください」
一礼して立ち去っていくのを見て、私はほっとする。トレイシーへと目をやると、彼女も疲れたような笑顔を浮かべていた。
この手厚い対応は、私が伯爵令嬢だからなのか、妖精職人見習いだからなのか。
「さすが“カイザルの薔薇”。妖精職人相手のメルリウス支店で、ドレスだの装飾品だの勧められるの、クリスぐらいよ」
「やめて」
泣きたくなるから。
メグもリリ=ルルも別室に案内されたらしく、店内に姿は見当たらなかった。どれぐらい時間がかかるか解らないけれど、いい機会だからゆっくりと店内を眺めさせてもらおう。トレイシーもそうするらしく、棚の方へと向かった私の隣に並んだ。
「にしても、外もだけど中もお金かかってるわね」
土足で歩くのもためらうほどの毛足の長い絨毯。棚にもガラスのショーケースにも、様々な素材が美しく陳列されている。窓ガラスもそこにかかっているカーテンも、どれもこれも、全て妖精職人の手による一級品だ。トレイシーの言うとおり、そこら辺の店とは明らかに格が違う。
私は見本として飾られている布をなんとはなしに、手に取った。飾ってあったときは青みがかった緑だったのに、触れた途端、美しい藤色へと変化する。名のある染色師によるものなんだろう。むらなく染まったそれを見て、つい、ため息をついてしまう。
「クリスも、やっぱりだめなの」
トレイシーが囁くように、尋ねる。
「うん。魔力の使い方は間違ってないと思うのよ。なんていうか、こう、魔力を巡らせることはわかるし、それが暖かいというのも解るのよ」
魔力を内へ内へと向け、そして暖かく膨らませる。でも、そこまでなのだ。光の珠も生まれることなく、霧散してしまうのだ。当然、魔力が指先へと流れることもなく、鈴の音も聞こえない。それは、トレイシーも同様だった。
「どうしてだと、思う?」
そう訊き返してみると、
「それが解ったら、苦労しないって」
紅茶の缶を手にしたトレイシーの横顔を黙って見つめる。今日は水色の髪をリボンと一緒に編み込んで、後ろへと流している。肌も綺麗だし、薄化粧に見えるけどきっちりとメイクしているあたり、
「トレイシーって、お洒落だよね」
「ありがと。薬師になれたら良かったんだけどね。化粧水とか日焼け止めとか、作りたかったんだけど、選べなかったわ」
「トレイシーが作った基礎化粧品、欲しかったなー」
「“カイザルの薔薇”には不要じゃない」
そう言って彼女はくすくすと笑う。確かに、クリスティンに生まれ変わってから、簡単なお手入れだけで、吹き出物一つ出たこともない。日に焼けて痛い思いをすることもなければ、白い肌には傷一つなく透明感を保っている。
これもある意味ゲームの強制力なのかしら。
カイザル家の女性なんて、特別な手入れをしているわけでもなく、その美しさは衰え知らずなのだから、正直恐ろしい。
「そういえば、思い出した? アップデート情報」
『フェアリーズ』の2周年記念のアップデート情報。私はその発表前に死んでしまったけれど、トレイシーは告知後に亡くなったらしい。
そこで、新規の追加攻略対象の三人が公開され、その一人が、ルドヴィだった。
あとは一つ上の先輩の妖精職人見習いと、伯爵家の子息だという話だ。先輩の方は、入学したときに、在学しているのを確認してあるんだとか。そういうところ、トレイシーはしっかりしているというか、抜け目ないというか。
「それがね。新しい攻略対象者のビジュアルと簡単なプロフィール。あと、なにかびっくりするような話があったのよ。チラ見せで、次回発表するって」
それが思い出せないと、トレイシーはあのときも言っていた。
「まあ、今はそれどころじゃないものね」
「そうよね。チュートリアルがクリアできないって、結構深刻な状況よね」
確かに。ゲームの新規情報も重要だけれど、チュートリアルでもある最初の作品作りの方が重要だ。妖精とも対話が出来ない、作品も作れないとなったら、
「ゲーム開始前に、バッドエンド!?」
「それは、避けたい」
トレイシーの言葉に、私は本気で何度も頷いた。




