11.
「心配だよね。もうすぐ、試験だし」
サンドイッチを食べながら、私が呟くようにそう言うと、リリ=ルルはスプーンを持つ手を止め、メグがほんの少しだけ眉根を寄せた。
学院に入学して、冬の休みに入る直前に行われる初めての試験。
今年入学した職人見習達が、初めて自分の作品を作り上げ、お披露目するのだ。自分の守護妖精の力を借り、材料を集め、最初から最後まで自分一人で。
入学して最初の三ヶ月で学ぶことは、妖精という存在についてだ。妖精というものがどういう存在で、どんな力を持っているのか。妖精職人にとって守護妖精とはなんなのか。
妖精職人は、自分の守護妖精と対話し心を通わして、作品を作り上げていく。妖精の力を借りることにより、人の手では作ることのできないもの、魔力を持ち様々な効果を持つ物や到底人の手では作り得ない精巧な物や恐ろしく巨大な物などを作り上げるのだ。
「思い出したら、食欲なくなってきたなー」
そう言ったリリ=ルルの朝食の皿は、見事なくらいに空っぽだった。
「それだけ食べられれば、十分だと思いますけれど」
「うーん、デザートの分が入らない」
しょんぼりしているその顔があまりにも可愛らしくて、私はサンドイッチと一緒に持ってきたクッキーを差し出した。
「妖精と対話する、というのが今ひとつ、感覚として解らないのよね」
メグがそう言いながら、自分の皿の上のオレンジを、リリ=ルルのそれに載せる。
「講義をきちんと受けていれば大丈夫だって話でしょ」
妖精から直接名付けられた時点で、誰もが妖精職人となる素地はあるのだから、そんなに心配することはないと、妖精学の講師であるフランク・プレー・キュメロン先生が仰っていた。
正直、私もそこは心配していない。
なぜなのかというと、この試験、ゲームでいうチュートリアルなのだ。
最初の選択のあと、その妖精に言われる。
“じゃあ、まず、貴女の作品を作ってみましょう”
そうして、用意された素材と材料で、初めての自分の作品を作り上げるのだ。だから、妖精と対話ができないとか作品を作ることができない、なんてことはないはず。たぶん。
では、私がなにを心配しているかというと、それはその作品の出来について。
実は、このときに作成した物が攻略対象者との出会いイベントへとつながっている。習作と呼ばれる物から、奇跡の逸品と称される物まで。その作品のできが良ければ良いほど、たくさんの攻略対象者と出会える。アールレイ様とのイベントを起こすためには最低でも極上品程度の物は作らないと駄目なはず。
ゲームを思い出して、私はげんなりする。
『フェアリーズ』はお仕事系乙女ゲームと言うだけのことはあり、このお仕事部分に力が入っていた。
定期試験の他、講師から課題を出されたり、町の住人や他の生徒、ときには貴族から依頼を受けたりして品物を製作していくのだが、この製作が厄介だったのだ。
レシピに関しては、学院から課題と一緒に手渡されたり、文献なども図書館に行けば簡単に入手することができた。
問題は、材料収集と製作結果についてだ。この二つに関しては、主人公の“運”というのが大きく関わっていて、同じタイミングで店に行っても材料が手に入らなかったり、製作をしても粗悪品が出来たりする。しかもその“運”については、完全な隠しパラメータで、確認することとが出来ないうえ、この製作に関しては一切の課金アイテムがないという鬼仕様。ただひたすら、トライアンドエラーを繰り返すしかなかった。
“運”意外にも、ゲームしている当日の月齢とか星座の位置とかも要素として加えているんじゃないかっていう考察記事もあったけれど、その真偽は定かではないし確かめようもなかった。
せめて運気がアップするアイテムとか、“運”パラメータの上げ方が解れば良いんだけれど。
そんな物は、ゲームでもこの現実でも存在していない。
ただひたすら、作り続けるしかないんだよなぁ。
ゲームでそうしていたように。できあがった物が満足いくまで、繰り返し製作は出来たから、もう根気と魔力勝負だよね。
「悩んでいても仕方がないわ、今日の講義で試験内容がわかるんだし、お互い頑張りましょう」
メグのその一言に、私もリリ=ルルも、頷くしかなかった。