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聖傑  作者: 如月誠
第四章 雪月華編
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第六十話 酒場の親子

 その街灯は、まるで迷い人を導くかのように等間隔に設けられていた。見通しの良い平坦な道。踏むと鳴るぐらい硬くなった雪は、それだけで多くの人が通った証だと示している。


 響里たち一行がしばらく歩みを進めていると、小さな村があった。


 レンガ調の家屋が数棟。商店の類なのか、屋根には看板らしきものがある。教会もあり、丘の段状にもポツポツと建物があるが、こちらは民家だろう。


「よがっだ……人だぁ……」

「アタシ史上、最大の喜びが今、この瞬間訪れているわ……」


 村人の姿を見て感動する芝原と陽ノ下。

 何かしらの動物の毛皮を防寒着として羽織り、その下はチュニックというやつだろう。寒さをしのぐには少し物足りない気がするが、これだけ厳しい環境下だ。身の回りを整えることさえ困窮しているのかもしれない。

 見知らぬ三人の来訪に、村人たちがチラチラと目線を向けてくる。

 どことなく違う人種を警戒してのことか。中世時代の建築物や村人にとっては響理たちは紛うことなき異邦人。不審な輩がやってきたとでも思っているのかもしれない。


(世界観はミーアレントに似ている……かな?)


 素直に響里はそう感じた。

 少しだけ懐かしい空気。もう存在しない、かの地で戦った記憶が鮮明によみがえってくる。煙突から香る、燻製を焼いた匂いもそっくりだ。どこかであの場所と繋がっているのでは……なんて、ありえない想像が働いてしまう。

 月村自身も、創造の土台に西洋系を選んだのだろうか。


「もうさ~、アタシ凍え死ぬ寸前だよ~。早いとこどっかに入ろうよ~」

「賛成。暖を取れる場所っつーと……宿か? いや、ちょっと待て。俺、手持ちが……」

「アタシも今月、懐事情がピンチなんよね……。って、異界はアタシらのお金通用すんの? 知らんけど」


 ゴソゴソと財布の中身を確かめながら、芝原と陽ノ下がささやき合う。


(そ、そうか。)


 思いっきり失念していた。もっとも単純な問題を。

 通貨だ。

 もし異界が独自の貨幣でやり取りされているとなると、滞在は一気に厳しくなる。

 これまでの異界は英傑との出会いによって衣食住は確保できていた。今にして思えばかなりの幸運だったわけだ。

 思わぬ難関を前に、三人は黙り込む。おまけに誰かの腹の虫まで鳴る始末。芝原の視線が、即座に陽ノ下に向く。


「お前……」

「う、うっさいな。仕方ないじゃん、それどころじゃなかったんだから!」


 陽ノ下が顔を赤らめながらお腹を押さえる。苦笑する響里も、彼女ほどではないが疲労感はある。どうにかして寝食を確保しないと、月村を助け出すどころではない。

 ――直後だった。

 くぐもった叫び声が、町中央の広場辺りから聞こえた。その右手にある酒場らしき店から今度は何かが割れるような甲高い音が立て続けに響く。


「な、なんだ……?」


 何かトラブルだろうか。啞然とする響里。

 酒場のドアが勢いよく開け放たれた。外のベンチで呑んでいた村人たちが一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「ヒャーハッハッハ! お前が悪いんだぜ、さっさと俺たちの言うとおりにしないんだからよぉ!!」


 酒場から出てきたのは三人組の男たち。

 鍛え抜かれた胸筋を自慢したいのか、着用しているのは革のチョッキ一枚。相貌はいかにも粗野で、刺青まで施している者までいる。

 見るからにガラの悪い連中。どうやら酒場でひと悶着起こしたのは彼等らしい。


「うわぁぁあん! お母さん、お母さん!」


 泣き声が聞こえてきた。男の丸太のような太い腕の中で、まだ幼い黒髪の少年が必死にもがいている。

 そして、酒場から這って出てきたのはエプロン姿の女性。少年と同じ黒く長い髪を後ろで団子状に結っている。


「やめとくれ! 息子には手を出さないでおくれ!」


 女性の顔はひどく歪んでいた。左頬が赤黒く変色して腫れ、唇が裂けて血が滴っている。


「俺たちはな、単純にお願いしているだけなんだよ。食料を分けてくださいってな。それなのに拒むからいけないんだぜぇ? こっちも生きていかなきゃいけないもんでな」

「ウチだってやっとの商売なんだ。タダであげるほど余裕はないんだよ!」

「だから仕方ないよなぁ? こういったガキは高く売れる。それでやり繰りしていくしかないわけさ」


 下卑た笑い声が三人の男たちから上がる。


「……何あれ。人さらい?」

「……かもしれない。ただ事じゃないね」


 眉間に皺を寄せる陽ノ下。低温な声色には、隠そうともしない嫌悪感が滲み出ていた。


 どうやら女性が経営している酒場に野盗たちが押し入った、ということらしい。

 こういった土地だ。作物は育つはずがなく、食料調達は困難。ああいった強盗紛いに食料を奪おうとする連中が出没するのはよくあることなのだろう。

 遠巻きにいる村人たちも、冷ややかに様子をうかがっている。



「さあ……、どうする?」


 子どもを抱えた男はニヤニヤ笑いながら女性を試すように問う。どうやら彼が三人の中でのリーダーらしい。

 泣いて助けを乞う我が子を見捨てられるはずがなく。逡巡の末、女性は観念したように項垂れた。


「……分かったよ。好きなだけ持っていきな」

「ハッハー! だよなぁ。ったく、余計な意固地は損するだけだぜぇ、おばさんよ!!」


 屈した女性の姿を嘲笑う男たち。交渉ですらない脅しを前に、彼女は地面の雪を握りしめる。そして、リーダー格の男の足に縋った。


「だからもういいだろう、さあ、息子を早く離しておくれ!」

「ん~、どうしようかな。せっかく手に入れた貴重な()()だしな。このまま貰っていくとすっかなぁ!」

「な……!? 約束が違うじゃないか!」

「うるせえよ、クソババア!」


 鈍い音が響き、母親が呻き声を発した。リーダー格の男が母親を振り払おうと、ぞんざいに蹴り飛ばしたのだ。

 倒れた母親を見て、響里はすかさず駆け寄ろうとした。しかし、それよりも先に背後から風が通り抜ける。陽ノ下だ。我慢ならないとばかりに、男たちの方に向かっていく。


「あんたら何やってんのよ!」

「……あぁん? なんだこのクソガキ?」


 唐突に割り込んできた陽ノ下を、少年を抱えた男が睨みつける。


「いい大人が汚い真似すんなっての。子どもを人質に取って恥ずかしくないわけ!?」


 大柄な男たちを前にしても陽ノ下は臆さず突っかかる。彼女の性格上、不条理は許せないのだ。

 それだけじゃない。母子家庭な自分と目の前の親子を重ねてしまった故の憤怒。そんな風に響里の目には映った。


「おいおい、お嬢ちゃん。人聞きの悪いこと言うなや。俺たちはな、食うもんに困ってたから少し分けてくれって頼んだだけなんだ。それをまるで犯罪みたく言われちゃ、こっちも参っちまうぜ」

「白々しい。暴力を振るっておいて何言ってんだか。いいから、とっととその子を離してあげなさいよ。じゃないと、ただじゃおかないから」

「お~、怖いねぇ。お兄さんたちチビっちゃいそうだ」


 男がわざとらしく股間を押さえると、仲間の二人が笑いを上げた。少年を抱えたその男がリーダーか。他の二人は特に口を出さず、男の言動に追従するだけ。

 と、面白半分にからかっていたリーダー格の男の瞳が猫のように細くなる。


「……だが、よく見ると嬢ちゃん可愛い顔してんじゃないか。だったらどうだ? このガキと嬢ちゃんを交換ってんなら言うことを聞いてやるぜ」


 その言葉を合図として、仲間の二人がそっと移動を開始。陽ノ下の逃げ道を塞ぐように、彼女を取り囲む。


「どこまでもゲスね。答えはノーよ」


 鼻で笑い、吐き捨てる陽ノ下。


「じゃあ、痛い目見てもらうしかねぇよなぁ! 後悔すんじゃねぇぞ、このクソガキ!」


 抱えていた少年が、地面に落ちる。舐めきった相手に馬鹿にされ、逆上したリーダー格の男が殴り掛かる。

 一方、陽ノ下は落胆したような嘆息。最初からそうしていれば話は早かったのに――、とでも言いたげに。

 陽ノ下の顔面を捉えたかに思えた男の拳。それが届く寸前で、陽ノ下は忽然と姿を消した。力加減を考えもせず全力で振り切ったために、男は大きくバランスを崩す。

 陽ノ下は男の遥か上を跳躍していた。軽やかに舞い、回し蹴りを男の頬に見舞う。重量のありそうな巨躯の男の身体が錐揉み状に吹き飛んだ。

 まるで曲芸。

 着地も見事に決めた陽ノ下は、リーダー格の男が倒れ伏す様を愕然と見つめる仲間の男たちに向けて、にこやかに挑発する。


「かもーん」


 手の平を返し、指先で煽る陽ノ下。

 仲間の男たちがナイフを取り出す。やぶれかぶれとばかりに二人同時に地を蹴った。

 しかし、その足はすぐに止まる。

 陽ノ下の全身からゆらゆらと立ち昇る、陽炎のような波動を見たのだ。それは熱を帯び、やがて灼熱の炎へと変化。彼女を中心として荒れ狂い、一瞬で雪を溶かしていく。

 さらに、男たちは絶句することになる。


 陽ノ下の背後に揺らめく炎が、人の、それも麗しい女性に形を成す。


 英傑――ダリア・ベルローニ。


 銀城栄介が創り上げた異界“ミッシリオ”にて、伝説とまで謳われた女マフィア。炎獅子の女帝という異名に相応しく、喧嘩殺法ながら炎を纏い相手を灰燼へと帰す。

 格闘技を習う陽ノ下との親和性は非常に高く、彼女の昂りに感応したためにダリアが出てきたのだ。


「バ、バケモン!?」

「ひぃぃぃいいいいい! に、逃げろぉぉおおおおおおお!」


 情けない声を上げる二人の男たちは、気絶したリーダー格の男を担ぎ、一目散に走り去っていった。


「バケモンって、失礼だなぁ。アンタたちの方がよっぽどブッサイクな面じゃないの」


 不満そうに鼻息を荒げ、炎を鎮める陽ノ下。さすがというべきか、例え聖傑の力を借りなかったとしても、あの程度の悪漢ならあっさりと倒してしまっただろう。

 安堵した響里と芝原は、陽ノ下のところまで歩み寄る。

 すると、たちどころに拍手が沸いた。陽ノ下を称える口笛まで鳴り、調子のいい村人たちには呆れつつも、彼女はピースサインで返す。


「おーおー。戦うのが怖いって言ってたのは、どーこのだーれかさんよ?」


 意地悪な笑みを浮かべる芝原を「うっさい」と軽くいなし、陽ノ下はしゃがみ込んで少年を抱き起こして雪を払ってあげる。柔らかな少年の黒髪を撫でながら、ニコッと白い歯を見せた。


「もう大丈夫だよ。ケガはなかったかな?」


 恐怖から解放されたからだろう、呆けていた少年が涙ぐんで陽ノ下に勢いよく抱きついた。


「うぅ……ぐすっ。ありがと……!」

「おっとっと。ははっ、よしよし」


 尻もちをつきながらも、陽ノ下は少年の背中を優しく包む。微笑ましい光景に、響里も頬が緩む。

 それにしても意外なのは、一人っ子のはずの陽ノ下が子どものあやし方を心得ていることだ。もしかすると、御伽町内でも近所の子どもたちと混じって普段から遊んでいるのかもしれない。その光景が容易に想像できてしまうから面白い。


「助けてくれてありがとう、お嬢ちゃん。恩に着るよ」


 エプロン姿の母親が陽ノ下に頭を下げる。


「いえいえ。おばさんこそ、あいつらに乱暴されて痛かったでしょ。早いとこ治療した方が――」

「なぁに、こんなのたいしたことないよ。息子が無事だったんだ。それで十分だよ」


 母親が息子を強く抱きしめた。


「アンタには何かお礼をしなくちゃね。何でも言っとくれ」

「いえ、お気遣いなく。アタシはトーゼンのことをしたまでだし」


 立ち上がろうとした陽ノ下。そのとき、地鳴りのような大きな音が盛大に聞こえてきた。腹の虫である。犯人は再び陽ノ下。まるで湯気が出そうなほど顔を紅潮させた彼女は、ぼそりと言った。


「あの~、それじゃご飯を少しばかり頂けたらな~って。ウチら、何も食べてないもんで。お願い、しゃす」


 ぽかんと、口を開けていた母親。陽ノ下の後ろにいる男子二人も、なぜか申し訳なさそうに頭を下げる。なんとも単純明快なお願いを聞いて、母親は豪快に笑った。







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