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配信までの段取り3

 秋山さんが緊張していると分かった以上、僕はここから先に進めるのはもうちょっと後でもいいと思い、パソコンの前から一旦離れる。

 そして、学習机に近づくと二つのコップにオレンジジュースを注ぎ、その片方を秋山さんへと差し出す。


「これでも飲んで、一息つきなよ。配信は始まればもう止まれないし、実際もうちょっとやるべきこともあるしね」

「ありがとう」


 秋山さんはそれを受け取り、軽く一口飲む。


「でもさ、何かの賞とかで壇上に上がる時の方が緊張しない? そっちの方が緊張すると思うんだけど」


 そして、一旦配信の話題から内容を変えるべく、学校の話題へと話を変える。

 いきなりの話の変わりように秋山さんは「え?」と驚きの声を漏らしつつも、


「ん〜、どうだろ。慣れたと言えば嘘になるし、慣れてないって言うのも嘘になるかな? 実際、それを聞かされて、壇上に上がる前までは緊張してるしね」


 と自分のその時の心境を語り始めてくれた。

 よしよし。

 いきなりの話題の変更についてきてくれないと思っていたが、自然と乗っかってきてくれたことに僕は安堵する。


「やっぱり緊張するんだ。それは意外。壇上に上がる常連みたいな印象だから、そんなことはないと思ってた」

「当たり前でしょ? 私をなんだと思ってるの?」

「……ハイスペックすぎる優等生?」

「ロボットみたいになってない?」

「さすがにそれは言い過ぎでしょ。さすがの僕でもそんな風には思ってないよ」

「それならいいんだけど……」


 秋山さんはその言葉を信用していないようで、僕を見る目は少しだけ冷たいものへと変わっていた。

 が、僕は気にしないことにして話を続ける。


「でもさ、それに比べると配信なんて緊張するようなことでもないよ。カメラ配信で顔を映すわけじゃないし」

「え、そうなの⁉︎」


 秋山さんはその言葉に驚いたらしく、声のトーンが一オクターブ上がっているのが分かるほど、大きな声を上げる。


「え? カメラ配信すると思ってたの?」


 僕もちょっとだけ驚きが隠せず、そう尋ね返してしまう。


「だって配信ってそういうものじゃないの? 私、そう思ってたんだけど」

「あー……それは……」


 僕は思わず言葉を濁してしまう。

 脳裏に浮かんだのは説明不足という単語。

 素人がもし配信という言葉を聞くのであれば、そう思ってしまうことを計算に入れていなかったせいである。

 もし、最初から説明していれば秋山さんはそれほど緊張していなかったのかもしれない。そう思うと、少しだけ悪いことをしたような気がしてしまう。

 だからこそ、こう説明するしか出来なかった。


「もし秋山さんがカメラ配信したいって言うなら出来るんだよ? ウェブカメラもあるから。ただ身バレや映すのが僕の部屋になるから、それはどうかなって思って。ほら、女性っぽさもない部屋だし」


 そう説明すると秋山さんは僕の部屋をグルッと一周見渡す。

 そしてちょっとだけ苦笑。


「そうだね。男性っぽい部屋だね」

「そうそう。だからラジオ配信が精一杯かなって思ってたんだけど、カメラ配信したい? それならそれーー」

「ううん。カメラ配信じゃなくていいよ。別に私はそこまで自分をさらけ出したいわけじゃないし、ただラジオ的な感じで配信してみたかっただけだから」

「そっか。じゃあ、そういう感じでいこう。なんか勘違いさせてごめんね」


 僕はそのことに関して、頭を軽く下げながら謝罪する。

 だからこんな感じで化粧とかしてきたのか……。

 同時に秋山さんが化粧してきたり、ちょっと高そうな服を来てきた理由も分かったような気がして、少しだけ残念になってしまった。

 どうやら僕は変な感じに秋山さんに好意を寄せてしまっているらしい。

 苦しい思いをしたばかりなのに。


「大丈夫だよ。私も勘違いしてたし。ねぇねぇ、それより聞きたいことがあるんだけどいい?」


 秋山さんは微笑みながら僕を許してくれたかと思うと、突如意地悪そうな顔になり、僕にそう尋ねてきた。

 なんとなく嫌な予感がして、目を秋山さんから逸らして、オレンジジュースを一口飲む。


「ダメって言ったら?」

「もしかして『僕のためにこんな服装や化粧してきてくれたんじゃないのか?』って思ったりした?」


 僕の返答をして、秋山さんはそう聞いてきた。

 見透かされていた。

 しかも、それを聞かれた瞬間、身体が一瞬ビクッと震えてしまった。

 おそるおそる秋山さんに視線を合わせる。が、その「ふ〜ん」と僕の反応から答えが分かったらしく、楽しそうな笑みを浮かべていたため、慌てて視線を逸らす。


「僕の『ダメ』って返答したはずだけど?」

「知らな〜い」

「『知らない』じゃなくて!」

「カメラ配信とかそういうのちょっとは意識してないってのは嘘になるけど、もともとこういう服装で来る予定だったから、そんな残念がらなくてもいいよ」

「何ですか、そのフォローは」

「私を緊張からほぐしてくれようとしたご褒美かな?」

「バレバレっすか」

「バレバレだよ」

「ちぇ」


 僕は思わずそう言ってしまう。

 バレないような工作は一切してないけれど、それを口に出して言われるほど恥ずかしいものはないからだ。

 しかも、最終的にネタにされてしまうほど、悔しいものはない。

 そう思うと自然に大きなため息が口から出てしまった。


「ありがとうね。本当、優しいね」


 不意に聞かせれた秋山さんの感謝と褒め言葉。

 聞き逃すはずがなく、「え?」と聞き返してしまう。

 しかし、秋山さんはもうそのことに触れるつもりがないらしく、


「それで私は次は何をすればいいの?」


 と配信についての質問をされてしまう。

 その言葉の意味について、ちょっとだけ聞いてみたかったが雰囲気的には答えてくれそうになかったため、諦めざるを得なかった。


「パソコンの設定に関しては教えながらしないといけないからーー次はTwitterの方の名前かな? その名前で配信するつもりだから、よく考えた方がいいかも」

「あ、名前ね。それはもう決まってるんだ。漢字は決まらないけど」

「別にカタカナでもいいけどね」

「とりあえず少しだけ待って」

「はいはい」


 緊張もほぐれ、さっきより楽しそうな雰囲気で名前を決め始める秋山さん。

 その様子を見ていると、最後はからかわれたけれど、緊張をほぐした甲斐というものがあったと素直に思えた。

 同時にどんな名前にするのか、僕は少しだけワクワクしていた。

 平凡な名前をつけるのか、それとも完全にキラキラネームのような漢字を掛け合わせて読むようなものになるのかはその人のセンス次第。

 その人のセンスを間近で見られるチャンスなどないからだ。

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