初心者達。
両親は、デートらしい。こっちはヴィジョンを遊ぶつもりなので、ホテル前でお別れ。
一口にヴィジョン対応施設と言っても、色々有る。集団戦、あの5対5のような、を実現出来る場所も在るし、1対1の自由対戦を出来る場所も在る。
「ハウス・ホイッスル」
主に、1対1の戦闘を味わえる、初心者用の舞台。ちなみに日本エリアでは、「決闘茶屋」と言う名になっている。
貴族の館、と言うべきか。クラシックな外観には、当然のように季節の花々の咲き乱れる庭園が付いている。
「でかい」
高さも相当のものだ。3階建てくらいか。中には、最新鋭の設備が、余裕を持って配置されている。これほどまでに敷き詰められた、機材。それでも、くつろぎのスペースを維持出来ている。
ここは、アトランティスを代表する施設、ではない。無数に存在する小規模ヴィジョンユニット施設の、1つでしかない。それが、この質の高さか。
一歩踏み入れただけで、野牛には分かった。単純に高い絵を飾るより、遥かに贅を凝らしている。この新規の箱の、ゆとり有る幅の設計などと。科学技術が優れているとか、そんなレベルに留まっていない。人員と時間と金銭を無制限に使ったな。・・・企業?
他の客も、頑張ってプレイしている者、それを茶でも飲みながら見ている者、ソファにくつろぎながら大型モニターで観戦する者。
ここでは、水分を取っても良さそうだ。ウェイターが持って来てくれる。テーブル席では、ケーキまで。
柔らかく優しい音楽が流れる。ゲームセンターをイメージしていたが。まるで、本屋だ。それも、専門書でいっぱいの。
雪尽は、これなら長居しても平気かなと思った。野牛と戦草寺は、リアディウムの大会などで歓声と雑音には慣れっこだ。意外な事に、威業と始業も少し苦手だった。聴覚が潰されるので、騒音の多い場所からは遠ざかりたかった。
空いている席を見つけ、まず野牛と戦草寺の試合。始業、威業、雪尽は初めて間近で見る。ついでに先生も見ていた。
観戦にかかる者達は、各自、飲み物を。己業は、鏑矢サイダー、屋島味。始業は、紅茶、エル・グレイ。まるで異なる星のような味わい。新規で珍奇で、新鮮な。紅茶を好き好む始業の、最近ハマっている味だ。威業は、オメガコーラ。己業と威業は、定番の炭酸飲料だ。雪尽は、青茶。これまた定番の健康飲料だ。先生も、雪尽と同じ物を。野牛と戦草寺は、模擬戦が終わってからだ。
いつも通り、削りにかかる泉鬼と、初っ端から倒しにかかるミノテリオン。
言うまでも無い事だが、シルエットのデータは持ち込み可能だ。でなければ、会っての対戦すら不可能。プロクラスのデータは、常にリアディウム公式に保存されているので、場所によっては自由対戦可能。それもまた、ネット対戦が熱く要望される理由でもある。
良く見ている2人。
良かった。自分より遅く、威業より弱い。これなら、遊べそうだ。兄のやっている競技とあれば、魑魅魍魎の跋扈する常世の国かと思っていた。常人の世だ。始業は、少し安心した。
・・・。これ、って。お兄ちゃんと、思い切り、遊べるんじゃないの?威業は、少し血が熱くなった。
「ふう」
「どうでしたか?」
この場には、雪尽も先生も居る。初心者を巻き込み、一緒に遊べれば、それが一番楽しいだろう。仲間を増やすのも、一興。
野牛の付けていたゴーグルを触ってみて、付け方を教わる先生。威業も、戦草寺から教わっている。
「ああ。威業は、おれとやるか」
先生に、いきなり威業を当てるのは。二度とやる気を起こさせない自信が有る。威業には、その程度の力は身に付けさせている。己業が、威業の相手を。
「じゃあ、私が」
戦草寺が、先生と。そして、始業は野牛と。雪尽は、威業の終わりを待ち、己業と。
始業なら、一般人を圧し折って遊んだりはしない。
まだまだ、空きの席は有る。この会場は、全体で言えば小さい。もっと大きく、人の集まっている場所も有るのだ。それでも、取りあえず全員で観戦しつつ、やる事に。
先生の操る標準シルエットは、レオ。剣士タイプであり、最も扱い易いシルエットの一つだ。取り回しが良く、攻撃性能もそれなり。何より素直に動く。己業が、いきなり使いこなしたクレナイなどは、速い事は速いが、そのスピードを操るには熟練を要する・・・はずなのだ。己業は自分の動きを再現出来て嬉しがっていた。つまり、あの速度で、普通に動いている、と言う事になる。
肩慣らし、ヴィジョンへの慣らしを兼ねているので、戦草寺と一緒に準備体操などしていく。全ての動きを、柔軟に、丁寧にシルエットは行う。その素直さに、千誌は驚いた。
「これは、すごいものですね」
「はい。私も、もう慣れてしまいましたけど、現実以上に動けるこの空間。とんでもないですよね」
戦草寺にも自覚は有る。現実の肉体は、まさかここまでは動かない。どれだけ薙刀を振ろうと、決して疲れない、筋肉痛も起こさない。ただ、心の消耗は存在する。確かに、疲労感は感じている。現実には有り得ない動きを何百となく何千となく体験する精神。現実とリアディウムのラグは、間違い無く実在する。
ちなみに、ヴィジョンへの接続は、1日1時間を目安に、と説明書には書かれているし、強制切断機能も有る。が、部室で使う人間、管理者が部員自身なので、そんな機能は用いられてこなかった。
レオを手足として動かす千誌。その動きには、若干のぎこちなさも見られるが、戦草寺は、逆に安心していた。己業の例が有ったので、実は他の人は、リアディウムに簡単に慣れて行くのだろうかと、自分の資質の無さを疑ったりもしたのだ。
戦草寺も軽く手加減しつつ、千誌の初陣を優しく手助けした。リアディウム人口が増えるのは、純粋に嬉しい。
始業は、兄が使ったと言うクレナイを選択。野牛は、戦う前から嫌な予感に支配されていた。
「始業。一切、手加減しなくて良い。野牛先輩なら、全然大丈夫だ」
「うん。よろしくお願いします!」
「任せたまえ」
ふふふ。嬉しいような怖いような。己業に頼られるのは、悪くない気分だが。
手加減、と言ったな。己業に言われなければ、この私を相手に手心を加えるつもりだったのか、初心者が。
斧を構える大男。だが今は、男か女か判別出来ない。牛の角の生えた兜を被っているからだ。これが、ミノテリオンの武装状態。頑強な防御を身にまとい、力と言う力を斧に込め、全てを打ち砕く。回避は、何も考えない。だからこその分厚い鎧兜。無骨、無頼、無遠慮。攻撃以外、何も要らない!
オオ!
突っ立ったままのクレナイに、全速力で攻撃をしかけるミノテリオン。クレナイの防御なら、一発で沈む!
ひらり
千畳海苔は、造作も無く避けられた。
・・・知っていた。己業が推す妹なら、そんなレベルだろうさ!
完全に振り落とした、大地にめり込んだ斧は、しかし間を置かず、移動したクレナイに襲い掛かった!
「ふむふむ」
ひょいっと
また、紙一重。
オオオ!!
斧の振りは、まるで遅くならない。一瞬一瞬に、標準シルエットが塵になる一撃が、全力で振り回され続けている、のに!
フッ
脇腹。大きく右方向にスイングした斧の、下から入り込んできた。憎い動きだ。左脇腹に生じる一発の拳撃。
しかし20ポイント。残り980ポイント。
野牛は、初心者を相手に教えると言う発想を、完璧に捨てていた。「これ」は、己業級の、強敵だ!!
うーん。遊びのつもりだったけど。良い気迫だなあ。本気で行って、良いのかなあ・・。
フ
消えた!己業と同じ!!だが、結果は、違うぞ!
オ
皮鎧が、爆裂する。ミノテリオンのカウンター必殺技。鎧を砕くために、1試合1回限り、そして至近距離限定。当然、防御力は存在しなくなるし連戦では使い物にならないが。威力は、信頼に値する。
クレナイは、咄嗟にガードした両腕に2回ずつの攻撃判定、そして150ポイントのダメージ。
決まった。新技だったが、成功したようだ。秘呪札先番にヒントを得て体得したカウンター。己業との試合で、全くの当たらなさの余り、カウンターが欲しいと戦草寺を頼ったのだ。その際、カウンターは、リスクを背負って撃つものだと教わった。秘呪札先番は、絶対的な先手。にも関わらず、奥の手でもある。一度しか使えないからな。それを撃つためなら、敵の先手を逆に食らっても良い。その程度のギャンブルに身を浸す覚悟は、した。そうして、カウンターは撃つのだ。戦草寺の、戦意あふるる顔は、野牛をして欲情させられた。戦いたい。
それはそれとして。
やはり、己業の妹か。
削り取ったは良いが。それ以上は身動きすら許されず。ミノテリオンは、延々と殴り倒された。ご丁寧に、武器から始まり、決着量の許す限りの部位破壊をされながら。
「どうだった?自由に戦えるのは、楽しいだろ」
「うん。でも、すごいね。食らっちゃったよ」
1度の部位破壊もされていない、完全勝利。だが、これは以無の者にとって誇れる結末では在り得ない。あれを、あの攻撃を、現実に食らっていたなら。こちらの敗北だった。1発食らった時点で、始業は、ミスったと思っていた。初戦だろうが何だろうが関係無い。本当の戦いでは、相手はこちらを初心者だからと手加減したりしない。満足の行く結果ではなかった。
妹は、刺激を受けたようだ。良い感じだ。己業は、この妹に、何かをしてやりたかった。学校では、それなりに楽しんでいるようだが。全力を出せるのが、家族の側だけとは、寂しいだろう。かと言って、適当にそこらの格闘などやらせては、対戦相手に怪我をさせてしまう。世界には無論、己業達と匹敵する強敵も実在するが、一々世界に飛び立って一戦交えるのも、だるい。出来れば、手近で、毎日戦いたい。
リアディウムは、ヴィジョンは、もしかしたら。良いかも知れない。
「参った。以無恐怖症になりそうだ」
野牛は、冗談として言った。笑い話として、軽い自虐として。初心者に、苦も無くひねられた、2度目の経験として。
だが、始業は、自身の力を外で抑えている始業は、真面目に受け止めてしまおうとした。
「こんなもんじゃあないですよ。おれの妹は」
だから、己業は始業の肩を抱いて言った。手に力を込め、しっかと抱き寄せて。全力を以って、大威張り出来る。自慢の妹よ。
「羨ましいほどの仲良し兄妹だな」
「うん!」
何時の間にか、いや、すぐ側に居たのだが、威業が己業に抱き付き言った。
始業は、ただ己業の手を握るだけ。
「んじゃ、威業。やるか」
「うん!!」
以無の者が手塩にかけて育てた、最新最高性能の産物。それが、以無 威業。同年齢の頃の己業を超えている実力。だが、これからだ。人間は、どうなるか分からない。病気、怪我、精神的挫折、失恋、なんとなく。人間が何かをやめる理由は、無数に有る。威業は、己業に良く懐いている可愛い子だ。だが、それが最大の特徴。もし、己業でなく、威業が後継者となったなら。己業抜きで、威業はやっていけるのか。もちろん、己業は威業を支えていってくれるだろうが。威業自身の動機が、無い。己業には、モテたい、モテモテになりたい、恋人が100人くらい欲しいと言う、強い動機が有る。有名なアクションスターとかさ。以無の力なら、なれるんじゃね?と言う淡い期待も、持ってた。威業は、ただ兄や姉と遊びたい以上の動機を、まだ持っていなかった。だから、威業はまだ以無を継ぐ資格が有るかどうか。鬼業の目からは、判断出来ていない。始業は、論外。欲望が薄過ぎる。親としては、愛すべき優しさ。だが、それは、一個の生命体としては、単なる弱さでしかない。そこの所は、己業にも良く言い含めてある。優し過ぎる始業を、己業、お前が守れ。
クレナイ対クレナイ。以無対以無。それは、誰の目にも分かりやすい、人を超えた者同士の戦いだった。




