鬼業、旧交を温める。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、すごいなあ・・」
威業は、弱くはなかった。全くの初心者であり、小学6年生の身体能力としては破格。だが。
「ふふん。お兄ちゃんを見習って、もっと頑張ろうな。威業は、良い線行ってる」
「うん!」
超自慢げに威業に説教する己業。
威業は、暴走した。疑似感覚で拡張された世界。そして、自在に動く体。肉体の制御を失い、暴れ狂った。細部には、鍛え込んだ精密な動きが光ったが、己業には一撃たりとも当たらなかった。
無茶苦茶な反応速度と、クレナイの限界を超えた移動速度で、野牛、戦草寺の、リアディウムを知っている人間組みの度肝を抜いたが。それだけだ。
それでも、ヴィジョンなら、リアディウムなら、傷付かない。問題無く、戻って来た。暴走と言っても、身体制御を失った程度で、神経系が壊れたわけではない。もちろん、その時点で以無を名乗る事を許されなくなるレベルの失態だが。余興だ。すごろくで負けたからと言って恥じる武術家は居ない。そんな程度の問題でしかない。大丈夫。うん。
観戦に回った野牛は、普通のコーヒーを注文した。これまた、入れたてなのだから恐ろしい。これが、此処の標準か。戦草寺は、青茶。自分の家のお茶と比較したり。
そして雪尽。
「手加減してよ」
「ああ」
雪尽のセンサーとプロテクションの腕輪を付けてやる。ゴーグルも。雪尽の全てを、おれが握っている。
すっげえ気持ち悪い笑顔の己業を見て、3人の女性は、少々判断を早まった気がした。何とか、目の前の情景を麗しい友情の結果と思い込もうと努力する。人の顔を見て、気持ち悪いとか。失礼だろう。
「行くぞ!」
「うん」
雪尽の前でイイとこを見せようと張り切る己業を見、人間には必ず欠点が有るのだと、3人は世界の理を知った。
雪尽の選んだ標準シルエットは、プリンセス・ホワイト。正直、初心者には扱いづらいシルエットだが。可愛かったので、見た目で選んだ。
やはり、最初は準備運動から。クレナイの速度は、常人なら速過ぎる。それでも、己業は、常時動きの制御をかけ、ブレーキをかけ、速度に劣るプリンセスと全く同じ動きを再現していた。
「本当に、怪物なのだと理解出来る」
「はい」
野牛と戦草寺には分かる。人間業では、ない。絶対的な速度を発生させてしまうクレナイ。どうやって遅くした?ゲームバランス的に、絶対に発生しない現象なのに。
分かってしまえば、答えは簡単。素の動きが速いクレナイ。ならば、一々、逆の力を発生、反動をかけてやれば、遅くなるだろ。誰でも出来る。
と、馬鹿な怪物は思った。準備体操の時点で、遅いと言う事は。体をゆっくり折り曲げる運動で、反動をかけさせている。足を曲げる、腕を曲げる動き。そんなゆったりした動作の中に、超絶的なコントロールが含まれている。自分の、クレナイの速度を完全に把握した上で、今初めて見たプリンセスの動きと完全に同調させている。自らの肉体性能を完璧に理解出来ていなければ、不可能な動き。
リアディウムの世界では、速度ボーナスが発生する。つまり、人間の力が、少なからず影響するのだと知っていた。逆も、有りだろ。反動反発をかければ、それはブレーキになる。簡単だと、己業は気負いもせず思っていた。
兄のやっている事をおぼろげに感じ取った始業。全く分からないが、滑らかな動きに見とれる威業。
うん。良く動く。現実でこれをやると、体が痛くなる。リアディウムならではだなー。
プリンセス・ホワイトは遠距離高火力型。複数のモードを使い分ける特殊タイプでもある。
「えっと・・こう、かな」
モード・ブラックナイト。黒のエネルギーを放出。相手に致命的なダメージを負わせる、特筆すべき高火力モード。ただ、この状態では、プリンセス自身の防御力も最低レベル。速度と特殊効果のクレナイより、更に低くなる。距離を詰められると今度は自分が終わってしまう、極端なモードだ。
ある程度、遊んだ後は、モードチェンジ。的はもちろん、クレナイだ。
「面白いなあ」
動く的である己業も楽しい。
プリンセスの人気は高い。その理由は、使って面白いからでもあるが、見ていても面白いのだ。
真っ黒な雰囲気のプリンセスが、今度は光り輝き始めた。
モード・ホワイトデイ。7本の柱を振り回す高火力中距離型に変わった。このモードもまた、無闇に火力が高いが、柱は触れずに操らなければいけない。泉鬼のお札と同じく、プレイヤーの能力が問われる。操れるなら、柱は攻防一致の高性能武装。標準でありながら、かなり強いシルエットだ。
プリンセスには、更に上のモードも存在するが、今の雪尽の技量では、出現させられないようだ。
「おお。上手い上手い」
「そう?」
「ああ。楽しいぞ、雪尽」
己業の嬉々とした感情に触れた雪尽は、自分も嬉しくなり、少し笑みをこぼした。
発動。
モード・デッド・オア・ビューティ。右手に特殊効果、左手に反射効果、そして速度はクレナイレベル。全リアディウムプレイヤーに、これ未調整だろ、と思わせた超強シルエット。それが、プリンセス・ホワイト、デッドモード。
あらゆる能力と武装が標準シルエット最上位に位置する代わりに、1分を経過すると、自滅してしまう、種が分かれば怖くないシルエット最上位でもある。
野牛は、驚いていた。初心者が、いきなりプリンセスを使いこなしている。それは、柱も黒のエネルギーも、未熟な動きだが。初心者は、まず、動かせないものだ。己業と親しいと言え、雪尽自身は、普通の人間のはず。どうなっている。
分かる。何故だか知らないけれど。己業をあやすのに比べれば、このお姫様は、まだ言う事を聞いてくれる。己業は、わがままだからなあ。
そう言う事だ。
「久しいな」
「お久しぶりです。・・ええ、と」
「今は、以無。以無 龍実」
「そうでした。以無夫人、お久しぶりです」
「おい」
完全スルーを食らった以無 鬼業は、取りあえずツッコンでおいた。
相手は、30代ほどの働き盛り。筋骨隆々とまではいかないが、しっかりとした体付き。強いて言えば、龍実に似た面差し。
「冗談だ。相変わらずで何よりだ。鬼業」
「ああ。お前も健康そうだ。良いもん食ってんだろーな」
「ふん。変わらんよ」
減らず口の応酬。せっかくの、グレートアトランティス最高権力者の部屋が、子供部屋になってしまった。
ここはアトランティス最中央部に位置する、最も安全で逃げにくい場所。つまり、トップ専用だ。他の幹部クラスも、中央に近い部屋をあてがわれている。
鬼業達がこの部屋に来るには、昨日手続きを踏まなければいけなかった。顔見知りでも、顔パスとは行かない。
「ソクラノ・プラテニウス。あなたの素晴らしい働きによって、この海上都市は維持、発展されているのだと分かります。並ぶべくもない、立派な働きです。アトランティスの血を引く者として、とても嬉しく思います」
「恐悦至極。まこと、もったいなきお言葉」
現グレートアトランティス支配者は、龍実の前にひざまずき、頭を垂れた。その閉じた目には、涙が光っていた。
「ほら」
鬼業から手ぬぐいが差し出された。
「・・・おお」
・・・・・・こんな時は、龍実様からハンカチをお借り出来るのはないのか。
プラテニウスの学んだ知識との食い違いが生じていた。
「んで。どうなんだ」
「順調、と言える。おそらく、20年内に行動に移せる」
「早いな。それならおれもまだ、現役で動けるな」
「ああ。お前に合わせた、と言うのは言い過ぎだが。期待しているぞ」
プラテニウスを立たせ、すげえ高いソファに腰を下ろした3人。ロボットワーカーが忙しく動き回り、お茶とお菓子を用意してくれる。
「あまり急がせてはいけませんよ。必ず何処かに無理が生じるものです」
「はい。かなりの面の自動化を実現しました。これも、その一つです」
お茶を用意し終えて、側に控えるロボットを撫でる。
「忠実ですね」
「はい。そして、死を恐れず、命令に絶対服従する。完璧な兵士です」
「それは良いが」
金持ちなんだから、美人のメイド用意しとけよ。
鬼業は、脇腹をつねられ、女の勘を改めて脅威に思った。
「各地に散り働いているアトランティスの民。彼らもまた、何時でも動けるはずです」
「ですが。既に、この地で生の意味を知った者は、放っておきなさい。民草に別れを強いては、なりません」
「しかし。彼ら自身のために、なりません」
こればかりは、プラテニウスも譲れない。
だから、鬼業が居る。
「おれ達が、居る。任せろ」
「それは。そうだが」
地球の者ばかりに任せるのも、寝覚めが悪い。
「もう、親戚じゃねえか」
「ううむ・・」
クスリと笑う龍実を見て、むう、とまた口を曲げるプラテニウス。
「にしても、すげえ偶然だな。意図的じゃないんだろ?」
「ああ。こちらからプレゼントにでも送る事は出来るが、抽選に関与はしていない」
始業が、アトランティスのチケットを当てたのは、あくまで偶然なのだ。
「私達と、こちらの縁を感じられて、嬉しかったですよ」
「私もです。来て頂けて、お声を聞けて。感涙を禁じ得ませんでした」
ロボットに、おつまみ持って来てと頼んでいた鬼業。了解を返し、ロボットは去る。
「マジですげえ。柔軟だな」
おつまみ、としか言ってない。それで、行ってしまった。
「ああ。堅物だがね」
そう言う風に設計したのだが。
「抽選に関与していないと言ったが。出来ない、のだ」
「は?」
なんか知らんけど、コンピュータいじれば出来るだろ。プラテニウス自身に技能が無くても、作った奴にやらせりゃ良い。
「人間による犯罪、ハッキングを防ぐために、自衛機能を持たせてある。私ですら、侵入、コントロールは出来ない」
淡々と、事実を述べる。
「いや・・・。どうやって、メンテするんだ。詳しくないが、コンピュータは、常にアップデートを繰り返してなければ使えなくなるんじゃないのか」
「その通り。彼ら自身は、常に進歩している。その基本思想は、私達が作った。だから、大丈夫」
人間に仕える事。人間を助ける事。それだけは、完全なブラックボックスとした。そして、それ以外の全てを、常時進化の対象に。そうして、機械は、人間を超えた。
「ふうん」
正直、怖いと思った鬼業。だが、専門家が大丈夫と言っているなら、まあ。
「大丈夫なのですね?」
「はい」
自信満々、でもない。それでも、ちゃんと龍実の目を見て、頷いた。だから、鬼業は信じた。こいつは、龍実には絶対に嘘をつかない。
「例をお見せします」
プラテニウスの指示によりロボットが夕食のメニューを差し出す。
「今日はステーキとビールで」
「ダメです。食べ過ぎです。ステーキを野菜ミックスステーキか野菜たっぷりハンバーグに変えます。ビールをノンアルコールビールに変えます」
「こんな具合です」
人間の指示を断った!ロボットが!しかも、人間の指示を待つまでもなく、自己判断によってメニューを変えた。いや、まだ話を聞いてくれそうではあるか。おそらく、夕食の準備が始まるまでは、聞き入れてくれるだろう。
・・・・ん。これは、安全装置じゃないのか?あれだ、レンジにも洗濯機にも有る仕組みだ。使用者が危険に巻き込まれる恐れの有る際、スイッチが入らなくなったり、扉のロックがかかるアレ。
「その通り。従業員全員のデータは登録されている。各自の肉体ごとに必要な栄養素の量、食べ過ぎのラインも、機械が自動的に判断してくれる」
理屈としては、ロボット家政婦、もしくは栄養士。人間は、毎日の細々としたものに悩まなくて済む。何をすべきか、何をすべきでないか、無用な悩みから開放され、健康体までも手に入れられたのだ。
「すげえ便利だな。安くなったら買わせてもらおう」
「ええ」
「はは。市販出来るかどうかは」
アトランティス内の安全基準はクリアしている。これも、機械検査によって分かった事なので、人為的な見逃しや甘い基準などはない。
だが、アトランティスの技術は、高過ぎる。この世界の販売網をズタズタにしてしまうだろう。かと言って商業的な世界支配を狙っているのでもない。あくまで、普通の商売敵ポジションを保った方が良い。管理センターも、この判断を支持してくれた。
「ま。楽しませてもらうぜ。子供達は、もう全力で遊んでるらしいが」
「ああ。遠くから見ていた。始業様は、龍実様に良く似ておいでだ」
ロボットに、身を乗り出しては危ないですよ、と言われるまで、双眼鏡で見ていた。前述した通り、監視カメラなどの悪用が不可能なので、機械的に見る事が出来ない。アナログで、自分で見るしかない。
古い馴染みと顔を会わせ、茶菓子、つまみもごちそうになり、良い気分で別れた。
「元気そうだったな」
「ええ」
歩けば分かる。丁寧に作られた街並み。人間のために最適化された空間。
てくてく元気良く歩く鬼業と、少し不安そうな龍実。
「どした」
「20年。それまで、何事も無ければ。あの子達が、無事に成長出来れば」
妻の手を取り、握る。
「そんなに経ったら、あいつらもおっさんおばさんだぜ。心配には、及ばんよ」
そうでなくとも。おれが、何とかする。この、以無鬼業が。




