タイトル未定2026/08/17 03:24
週末の夜のネオンが眩しく溢れる中を、人々が歩く繁華街。
その繁華街を通り過ぎ、ひっそりと佇むbar「ジェシカ」
カウンターの中で、グラスを磨くバーテンダーのマスター。
カウンター席に座っている、水田菓子メーカー営業部の馬場と友光ちはる。
ホールではホール担当の白田流花が、テーブル席に座る男性客二人に料理を出しながら、静かに談笑。
厨房では、たきこが腕をふるっていた。
カクテルを飲んでいたちはるが、テーブル席に座っている男性客の相手をしている、流花をそっと眺めてマスターに聞いてきた。
「マスターシロと、うまくいっている?」
ちはるの問いにマスターはグラスを磨きながら、黙ったまま静かに微笑んだ。
何も言わないマスターに、ちはるは面白くない顔をしてカクテルを飲んだ。
「マスターとシロちゃんが、喧嘩をするはずがないだろ」
ちはるの隣で、酎ハイを飲んでいた馬場が言った。
テーブル席から離れた流花はカウンター席に行き、空のグラスをマスターに渡しながら、追加のお酒をオーダーした。
「ハイボール二つ、お願いします」
「はい」
マスターはハイボールを作り出し、流花は空いたテーブル席の片付けをした。
カウンターの中でハイボールを作るマスターに、ちはるは言った。
「マスター田中君って、知ってる?」
ハイボールを作るマスターの手が、一瞬止まった。
馬場が慌てて言った。
「ば、馬鹿!マスターにそんなこと聞くなよ!マスターが知るはずないだろ。わざわざ、風波を立てるようなことをするなよ」
「知らなかったら、尚更のこと。こう言うことは、ちゃんと教えた方が良いのよ」
マスターは、きっぱり言った。
「知っています。田中君、白田さんの大学の友達ですね。白田さんが、田中君と一緒にいるところを見かけて聞きました」
「知ってるんだ……」
驚いているちはるに、マスターは流花を呼んだ。
流花は空いたグラスをお盆に乗せて、カウンター席に向かった。
マスターは、カウンターの隅に行った。
流花は手にしていたお盆をカウンターに置き、マスターからお盆に乗ったハイボールを受け取った。
ハイボールを受け取る時、マスターは流花に小さく何かを言った。
マスターの言葉に驚いた流花は、言葉少なげにマスターを睨んだ。
「ちょっと、見た?なによあれ!」
少し離れたカウンター席で言葉を交わしていた、マスターと流花にちはるは興奮した。
「付き合っているんだから、んなの当たり前だろ」
「アタシが敢えて、身を引いてあげたのに。アタシが見ている目の前で、イチャついて……ムカつくぅ〜」
「何を、言っているんだ。初めから、マスターに相手になんてされていなかったくせに」
馬場は、笑いながら言った。
「マスター、シロに何を言ったのかしら」
「知るか!」
マスターが馬場とちはるの前に戻ってきて、マスターはちはるに聞いてきた。
「友光さんは、田中君のことを何故知っているのですか?」
「新商品が出たから見に行った時、シロの友達らしい二人の会話を、偶然聞いて知ったのよ」
……『友達らしい二人の会話』大学の入学式の時に見かけた子だな。流花がたまに口にする『なぎちゃん』って子か。
マスターは、黙ったまま頷いた。
馬場が、思い出したように言った。
「スイちゃん、遅いな」
「水田さんが、来るんですか?」
マスターの問いに、ちはるが答えた。
「スイも誘ったのよ。来ると思うけど、遅いなぁ」
ちはるの言葉に反応をしたように、ドアの上に付けている鐘が鳴った。
反射的に、馬場とちはるは振り向いた。
黒いロングヘアで白いパンツを履いた、背の高い女性が店に入ってきた。
ちはるは、思わず声を上げた。
「高飛車女!」
カウンターの中でグラスを洗っていたマスターの表情が、少しだけ変わった。
……緑さん。
店に入ってきた女性は、昼間マスターが実家の診療所で勤めている、看護師長の紫野緑だった。
緑は『黙っていて』と言いたげに、マスターに向けてそっとウインクをした。
ちはるの隣に座った緑は、ちはるに聞いてきた。
「高飛車女って、私のこと?」
「そうよ。この店で一度会ったわよね。あんたは、覚えていないだろうけど」
「覚えているわよ、友光ちはるさんでしょ」
数年前の出来事のことなのに、自分のことを覚えていたことに、ちはるは驚いた。
「そう……アタシのことを、覚えていたんだ。でも、あんたは今夜もアタシに名乗る気はないでしょ。そんなあんたには『高飛車女』で充分よ」
「高飛車女か。良いね!それ。この店で、私は高飛車女ね」
緑は楽しそうに笑い、側で聞いていたマスターと流花は吹き出しそうになった。




